小室浅間神社の御朱印|受付時間・初穂料・アクセス・境内の見どころを紹介【山梨】
山梨県富士吉田市にある冨士山下宮小室浅間神社へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
この記事では、冨士山下宮小室浅間神社の御朱印、御朱印の受付時間、初穂料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
参拝日:【2026年5月14日】
御朱印の種類
通常御朱印/月替わり・季節限定御朱印/境内社「大塔宮」の御朱印など数種類
初穂料:500円~
受付場所:境内左側の社務所
受付時間:9:00〜17:00
※御朱印の受付時間や初穂料は変更される場合があります。参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

とっても素敵なデザインの直書き御朱印、富士山や神馬のスタンプが押された季節限定御朱印です。
「冨士山下宮小室浅間神社(ふじさんしもみやおむろせんげんじんじゃ)」
所在地:山梨県富士吉田市下吉田3-32-18
駐車場:無料駐車場あり
・富士急行線「下吉田駅」から徒歩約4〜5分
中央自動車道「河口湖IC」または東富士五湖道路「富士吉田IC」から約15分
社務所受付:9:00〜17:00
拝観料:無料
・管理人の参拝状況
参拝した時間帯:平日の午前中(10:45~)
境内の混雑状況:数名の観光客の方がいました
御朱印の待ち時間:約5分
滞在時間:約20分
山梨県富士吉田市に鎮座する「冨士山下宮小室浅間神社」。
地元の方々からは「下浅間(しもせんげん)」や「下宮さん」の愛称で親しまれています。
周辺の超有名スポットである新倉山浅間公園や北口本宮冨士浅間神社に負けず劣らず、実は深い歴史とユニークな魅力、そして強力なパワースポットが詰まった素晴らしい場所なんです!
今回は、その創建の歴史、ご祭神、そしていただけるご利益を詳しく解説していきます。

緑の杜に映える、鮮やかな朱色の鳥居
豊かな鎮守の森に囲まれた境内の入り口で、私たちを温かく迎えてくれる美しい朱色の鳥居。
青空に向かってまっすぐ伸びる木々の生命力と、厳かな佇まいの社殿へと続く参道に、一歩足を踏み入れる前から心がすっと洗われるような神聖な空気が漂います。

職人の技が光る、気品あふれる手水舎
参拝の前に心身を清める手水舎は、伝統的な建築美が詰まった見逃せないスポット。
格式高い重厚な屋根を支える梁には、繊細で躍動感のある見事な木彫りが施されており、思わず足を止めて見入ってしまいます。
清らかな水の音に耳を澄ませながら、歴史の息吹を肌で感じてみてください。

神事の歴史を今に伝える神馬像
境内の一角で静かに参拝者を見守る「神馬社」。
中を覗くと、今にも動き出しそうなほどリアルで気品に満ちた白馬の神馬像が祀られています。
古くから馬との縁が深く、毎年秋には馬の蹄の跡で占う伝統的な流鏑馬祭りが行われるこの神社ならではの、歴史と信仰の深さを象徴するスポットです。

富士山の女神を祀る、厳かで清々しい拝殿
参道の先に現れる拝殿は、大同2年(807年)の創祀から地域を見守り続けてきた神社の中心地です。
歴史の深さを感じさせる木造の社殿を前に、静かに手を合わせれば、日々の忙しさを忘れて心がじんわりと満たされていくのを感じます。

思わず笑みがこぼれる、日枝社のかわいい「三猿」
境内社「日枝社」で出会えるのが、石造りの「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿像です。
日枝社の神様のお使いとされるお猿さんたちが、ぎゅっと目を閉じたり、耳や口をふさいだりしている姿はどこかユーモラスで愛嬌たっぷり。
古くから「余計な悪事に関わらず、清らかな心で過ごせますように」という願いが込められた、隠れた癒やしの見どころスポットです。

豊かな福を呼び込む、室宮恵比寿社
「室宮恵比寿社」は、七福神の一柱としても広く親しまれている恵比寿様をお祀りするお社です。
古くから商売繁盛や大漁追福、家内安全の神様として地域の人々の暮らしを支えてきました。
緑豊かな木々から差し込む温かい木漏れ日に包まれながらお参りをすれば、たくさんの福をあふれんばかりに授けてくれそうな、優しい空気に満ちています。

朱色の橋と布袋尊に癒やされる、風情豊かな神池
境内の奥へと進むと現れる、まるで日本庭園のような美しさを湛えた神池。
ふくよかな笑顔で福を運ぶ「布袋尊」が佇み、静かな水面には鮮やかな朱色の太鼓橋が綺麗に映り込んでいます。
さらさらと流れる水の音や揺れる木々の葉擦れに包まれながら、時間を忘れてのんびりと佇みたくなる、隠れた絶景癒やしスポットです。

樹齢600年の巨木に宿る神秘、歴史を語り継ぐ「大塔宮桂之古跡」
本殿の傍らにどっしりと根を下ろす、市指定文化財の巨大な桂の御神木。
南北朝時代の悲劇の皇子・護良親王(大塔宮)にまつわる伝説を今に伝える、境内随一の歴史パワースポットです。
見上げるほどに圧倒的な生命力を放つ大樹を前にすると、まるで時が止まったかのような不思議な静寂に包まれ、この地が紡いできた遥かな歴史のロマンが心に深く染み渡ります。
実はこちらの御神木には、歴史の教科書には載っていない切ない愛の物語が隠されています。
護良親王は後醍醐天皇の皇子で、卓越した軍事才覚を発揮して鎌倉幕府を滅ぼした最大の功労者でした。
しかし、その後の政治対立によって足利尊氏・直義の兄弟に警戒され, 鎌倉の土牢に幽閉されてしまいます。
そして建武2年(1335年)、わずか28歳の若さで非情にも暗殺されてしまいました。
親王が討たれた際、鎌倉の地に足利の刺客が投げ捨てた親王の御首(みしるし)を、側室であった雛鶴姫が涙ながらに拾い上げました。
「せめて足利の手の届かない平穏な地へお連れし、手厚く葬りたい」
姫は親王の首を愛おしそうに懐に抱き、忠臣たちと共に夜陰に乗じて鎌倉を脱出します。
険しい山道を越え、甲斐国(現在の山梨県)を目指して逃げ延びました。
しかし、当時の雛鶴姫は親王の子を身ごもっていました。
過酷な逃避行の末、現在の山梨県都留市朝日曽雌(あさひそし)の山奥にたどり着いた時、姫はついに産気づき、激しい疲労と寒さの中で力尽き、悲しくも息を引き取ってしまいます。
※その場所には現在、雛鶴神社が建てられています。
生き残った忠臣たちは、姫の遺志を果たすため、さらに西へと御首を運びました。
そして、当時から関係が深かった下吉田の小室浅間神社(下浅間)へとたどり着き、境内の桂の木の根元に、親王の御首を密かに、かつ手厚く埋葬したのです。
この悲劇から約680年の時を経て、この伝説は美しい絆の物語として現代に語り継がれています。
この御神木である桂の木は、新緑の季節になると「ハート型」の可愛い葉をたくさん茂らせます。
地元では、悲劇の最期を遂げながらも親王を命がけで愛し抜いた「雛鶴姫の深い愛情」が宿っているとされ、この桂の葉を御朱印帳に挟んでおくと良縁が舞い込むという、とてもロマンチックな「縁結びのパワースポット」として親しまれるようになりました。

境内のすぐ隣にある神馬舎では、元競走馬や可愛いポニーたちが暮らしています。
柵の近くでそっと見守っていると、「こんにちは!」と挨拶してくれるかのように、人懐っこくすぐそばまで近寄ってきてくれました。

つぶらな瞳でこちらを見つめるお馬さんたちの姿に、旅の疲れも一瞬で吹き飛ぶこと間違いなし。
1回300円で大好きなニンジンなどのエサやり体験もできる癒やしスポットです。
毎年9月18日・19日に開催される流鏑馬祭りは、山梨県の無形民俗文化財に指定されています。
一般的な「的を射る」流鏑馬とは異なり、馬が駆け抜けた「蹄の跡」の形を見て、その年の吉凶や農作物の豊凶を占うという、全国的にも極めて珍しい占いの神事です。
参道を歩いていると目を引くのが、桜の木にある「ハートの形をした大きなコブ」。
御祭神の木花咲耶姫命が桜の語源とされることから、現在では「縁結びの神桜樹」として祀られており、恋愛成就の強力なパワースポットとして女性やカップルに大人気です。
冨士山下宮小室浅間神社の歴史は、今から1200年以上も昔の平安時代初期にまで遡ります。
社伝によると、延暦12年(793年)に征夷大将軍である坂上田村麻呂が東征の途中、この地(小室の里)から雄大な富士山を仰ぎ見て戦勝を祈願しました。
その後、数々の苦難を乗り越えて大勝を収めた田村麻呂は、神の加護に感謝を捧げるため、大同2年(807年)にこの神社を創建したと伝えられています。
中世には、甲斐の守護大名である武田家(武田信虎・信玄・勝頼三代)の祈願所としても篤く信仰されました。
また、富士吉田一円の旧11ヶ村を護る「総鎮守の産土神(土地の守り神)」として、古くから地域住民の暮らしと富士山信仰の中心であり続けています。
小室浅間神社にお祀りされている主祭神は、全国の浅間神社の総本宮などと同じく、富士山を象徴する麗しき女神です。
御祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
木花咲耶姫命は、桜の花のようにはかなくも美しく、また火中での出産を成し遂げたという力強い神話を持つことから、多岐にわたるご利益を授けてくれます。
🔸 縁結び・恋愛成就:良縁を結び、大切な人との絆を深めます。
🔸 安産・子宝:無事な出産と、子孫繁栄を見守ってくれます。
🔸 勝負運向上:坂上田村麻呂の大勝にあやかり、人生の勝負時に力を貸してくれます。
🔸 五穀豊穣・火難除け:地域の産業を護り、災いから家を守ります。
富士山麓の富士吉田・忍野エリアには、浅間神社を中心に歴史ある神社が点在しています。
御朱印の受付時間や初穂料、アクセス、駐車場、実際の参拝時の混雑状況を現地レポで紹介しています。
・新屋山神社の御朱印を現地レポ
・新倉富士浅間神社の御朱印を現地レポ
・忍野八海浅間神社の御朱印を現地レポ
・北口本宮冨士浅間神社の御朱印を現地レポ
・新倉山浅間公園の桜まつり混雑対策まとめ
⛩️ 参拝後記
賑やかな観光地から少し離れ、澄んだ空気と静けさに包まれた冨士山下宮小室浅間神社。
1200年の歴史に想いを馳せ、可愛い神馬たちに癒やされながら、ハートのご神木に素敵なご縁を願ってみてはいかがでしょうか?
富士五湖エリアを訪れた際は、ぜひ足を運んでみてくださいね!
この記事では、冨士山下宮小室浅間神社の御朱印、御朱印の受付時間、初穂料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
参拝日:【2026年5月14日】
🖌️ 御朱印の種類と初穂料
御朱印の種類
通常御朱印/月替わり・季節限定御朱印/境内社「大塔宮」の御朱印など数種類
初穂料:500円~
受付場所:境内左側の社務所
受付時間:9:00〜17:00
※御朱印の受付時間や初穂料は変更される場合があります。参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。
管理人がいただいた御朱印

今回いただいた冨士山下宮小室浅間神社の御朱印
とっても素敵なデザインの直書き御朱印、富士山や神馬のスタンプが押された季節限定御朱印です。
📋 基本情報
「冨士山下宮小室浅間神社(ふじさんしもみやおむろせんげんじんじゃ)」
所在地:山梨県富士吉田市下吉田3-32-18
駐車場:無料駐車場あり
🗺️ 交通アクセス
🚃 電車でのアクセス
・富士急行線「下吉田駅」から徒歩約4〜5分
🚗 車でのアクセス
中央自動車道「河口湖IC」または東富士五湖道路「富士吉田IC」から約15分
📝 参拝情報
社務所受付:9:00〜17:00
拝観料:無料
・管理人の参拝状況
参拝した時間帯:平日の午前中(10:45~)
境内の混雑状況:数名の観光客の方がいました
御朱印の待ち時間:約5分
滞在時間:約20分
🚶 管理人の参拝記
山梨県富士吉田市に鎮座する「冨士山下宮小室浅間神社」。
地元の方々からは「下浅間(しもせんげん)」や「下宮さん」の愛称で親しまれています。
周辺の超有名スポットである新倉山浅間公園や北口本宮冨士浅間神社に負けず劣らず、実は深い歴史とユニークな魅力、そして強力なパワースポットが詰まった素晴らしい場所なんです!
今回は、その創建の歴史、ご祭神、そしていただけるご利益を詳しく解説していきます。

緑の杜に映える、鮮やかな朱色の鳥居
豊かな鎮守の森に囲まれた境内の入り口で、私たちを温かく迎えてくれる美しい朱色の鳥居。
青空に向かってまっすぐ伸びる木々の生命力と、厳かな佇まいの社殿へと続く参道に、一歩足を踏み入れる前から心がすっと洗われるような神聖な空気が漂います。

職人の技が光る、気品あふれる手水舎
参拝の前に心身を清める手水舎は、伝統的な建築美が詰まった見逃せないスポット。
格式高い重厚な屋根を支える梁には、繊細で躍動感のある見事な木彫りが施されており、思わず足を止めて見入ってしまいます。
清らかな水の音に耳を澄ませながら、歴史の息吹を肌で感じてみてください。

神事の歴史を今に伝える神馬像
境内の一角で静かに参拝者を見守る「神馬社」。
中を覗くと、今にも動き出しそうなほどリアルで気品に満ちた白馬の神馬像が祀られています。
古くから馬との縁が深く、毎年秋には馬の蹄の跡で占う伝統的な流鏑馬祭りが行われるこの神社ならではの、歴史と信仰の深さを象徴するスポットです。

富士山の女神を祀る、厳かで清々しい拝殿
参道の先に現れる拝殿は、大同2年(807年)の創祀から地域を見守り続けてきた神社の中心地です。
歴史の深さを感じさせる木造の社殿を前に、静かに手を合わせれば、日々の忙しさを忘れて心がじんわりと満たされていくのを感じます。

思わず笑みがこぼれる、日枝社のかわいい「三猿」
境内社「日枝社」で出会えるのが、石造りの「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿像です。
日枝社の神様のお使いとされるお猿さんたちが、ぎゅっと目を閉じたり、耳や口をふさいだりしている姿はどこかユーモラスで愛嬌たっぷり。
古くから「余計な悪事に関わらず、清らかな心で過ごせますように」という願いが込められた、隠れた癒やしの見どころスポットです。

豊かな福を呼び込む、室宮恵比寿社
「室宮恵比寿社」は、七福神の一柱としても広く親しまれている恵比寿様をお祀りするお社です。
古くから商売繁盛や大漁追福、家内安全の神様として地域の人々の暮らしを支えてきました。
緑豊かな木々から差し込む温かい木漏れ日に包まれながらお参りをすれば、たくさんの福をあふれんばかりに授けてくれそうな、優しい空気に満ちています。

朱色の橋と布袋尊に癒やされる、風情豊かな神池
境内の奥へと進むと現れる、まるで日本庭園のような美しさを湛えた神池。
ふくよかな笑顔で福を運ぶ「布袋尊」が佇み、静かな水面には鮮やかな朱色の太鼓橋が綺麗に映り込んでいます。
さらさらと流れる水の音や揺れる木々の葉擦れに包まれながら、時間を忘れてのんびりと佇みたくなる、隠れた絶景癒やしスポットです。

樹齢600年の巨木に宿る神秘、歴史を語り継ぐ「大塔宮桂之古跡」
本殿の傍らにどっしりと根を下ろす、市指定文化財の巨大な桂の御神木。
南北朝時代の悲劇の皇子・護良親王(大塔宮)にまつわる伝説を今に伝える、境内随一の歴史パワースポットです。
見上げるほどに圧倒的な生命力を放つ大樹を前にすると、まるで時が止まったかのような不思議な静寂に包まれ、この地が紡いできた遥かな歴史のロマンが心に深く染み渡ります。
🌳「大塔宮桂之古跡(おおとうみやかつらのこせき)」の由来
実はこちらの御神木には、歴史の教科書には載っていない切ない愛の物語が隠されています。
⚔️ 若き天才皇子の悲劇
護良親王は後醍醐天皇の皇子で、卓越した軍事才覚を発揮して鎌倉幕府を滅ぼした最大の功労者でした。
しかし、その後の政治対立によって足利尊氏・直義の兄弟に警戒され, 鎌倉の土牢に幽閉されてしまいます。
そして建武2年(1335年)、わずか28歳の若さで非情にも暗殺されてしまいました。
💔 寵妃・雛鶴姫の命がけの逃亡
親王が討たれた際、鎌倉の地に足利の刺客が投げ捨てた親王の御首(みしるし)を、側室であった雛鶴姫が涙ながらに拾い上げました。
「せめて足利の手の届かない平穏な地へお連れし、手厚く葬りたい」
姫は親王の首を愛おしそうに懐に抱き、忠臣たちと共に夜陰に乗じて鎌倉を脱出します。
険しい山道を越え、甲斐国(現在の山梨県)を目指して逃げ延びました。
🍂 都留の地での力尽きた最期
しかし、当時の雛鶴姫は親王の子を身ごもっていました。
過酷な逃避行の末、現在の山梨県都留市朝日曽雌(あさひそし)の山奥にたどり着いた時、姫はついに産気づき、激しい疲労と寒さの中で力尽き、悲しくも息を引き取ってしまいます。
※その場所には現在、雛鶴神社が建てられています。
🌱 小室浅間神社への到達と御神木の誕生
生き残った忠臣たちは、姫の遺志を果たすため、さらに西へと御首を運びました。
そして、当時から関係が深かった下吉田の小室浅間神社(下浅間)へとたどり着き、境内の桂の木の根元に、親王の御首を密かに、かつ手厚く埋葬したのです。
この悲劇から約680年の時を経て、この伝説は美しい絆の物語として現代に語り継がれています。
💖 ハート型の葉と縁結び
この御神木である桂の木は、新緑の季節になると「ハート型」の可愛い葉をたくさん茂らせます。
地元では、悲劇の最期を遂げながらも親王を命がけで愛し抜いた「雛鶴姫の深い愛情」が宿っているとされ、この桂の葉を御朱印帳に挟んでおくと良縁が舞い込むという、とてもロマンチックな「縁結びのパワースポット」として親しまれるようになりました。
🔎 ほかにも見どころがいっぱい

つぶらな瞳に胸キュン!愛らしい神馬たち
境内のすぐ隣にある神馬舎では、元競走馬や可愛いポニーたちが暮らしています。
柵の近くでそっと見守っていると、「こんにちは!」と挨拶してくれるかのように、人懐っこくすぐそばまで近寄ってきてくれました。

つぶらな瞳でこちらを見つめるお馬さんたちの姿に、旅の疲れも一瞬で吹き飛ぶこと間違いなし。
1回300円で大好きなニンジンなどのエサやり体験もできる癒やしスポットです。
足跡で占う奇祭「流鏑馬祭り」
毎年9月18日・19日に開催される流鏑馬祭りは、山梨県の無形民俗文化財に指定されています。
一般的な「的を射る」流鏑馬とは異なり、馬が駆け抜けた「蹄の跡」の形を見て、その年の吉凶や農作物の豊凶を占うという、全国的にも極めて珍しい占いの神事です。
ハートのコブがある「縁結びの神桜樹」
参道を歩いていると目を引くのが、桜の木にある「ハートの形をした大きなコブ」。
御祭神の木花咲耶姫命が桜の語源とされることから、現在では「縁結びの神桜樹」として祀られており、恋愛成就の強力なパワースポットとして女性やカップルに大人気です。
⏳ 坂上田村麻呂が創建!武田信玄も祈願した深い「歴史と由緒」
冨士山下宮小室浅間神社の歴史は、今から1200年以上も昔の平安時代初期にまで遡ります。
・はじまりは「戦勝祈願」の報賽(ほうさい)
社伝によると、延暦12年(793年)に征夷大将軍である坂上田村麻呂が東征の途中、この地(小室の里)から雄大な富士山を仰ぎ見て戦勝を祈願しました。
その後、数々の苦難を乗り越えて大勝を収めた田村麻呂は、神の加護に感謝を捧げるため、大同2年(807年)にこの神社を創建したと伝えられています。
・武田家や地域総鎮守としての崇敬
中世には、甲斐の守護大名である武田家(武田信虎・信玄・勝頼三代)の祈願所としても篤く信仰されました。
また、富士吉田一円の旧11ヶ村を護る「総鎮守の産土神(土地の守り神)」として、古くから地域住民の暮らしと富士山信仰の中心であり続けています。
🌸 主祭神は美しき富士の女神「木花咲耶姫命」
小室浅間神社にお祀りされている主祭神は、全国の浅間神社の総本宮などと同じく、富士山を象徴する麗しき女神です。
御祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
✨ 授かれる主な「ご利益」
木花咲耶姫命は、桜の花のようにはかなくも美しく、また火中での出産を成し遂げたという力強い神話を持つことから、多岐にわたるご利益を授けてくれます。
🔸 縁結び・恋愛成就:良縁を結び、大切な人との絆を深めます。
🔸 安産・子宝:無事な出産と、子孫繁栄を見守ってくれます。
🔸 勝負運向上:坂上田村麻呂の大勝にあやかり、人生の勝負時に力を貸してくれます。
🔸 五穀豊穣・火難除け:地域の産業を護り、災いから家を守ります。
富士吉田・忍野周辺の御朱印めぐり関連記事
富士山麓の富士吉田・忍野エリアには、浅間神社を中心に歴史ある神社が点在しています。
御朱印の受付時間や初穂料、アクセス、駐車場、実際の参拝時の混雑状況を現地レポで紹介しています。
・新屋山神社の御朱印を現地レポ
・新倉富士浅間神社の御朱印を現地レポ
・忍野八海浅間神社の御朱印を現地レポ
・北口本宮冨士浅間神社の御朱印を現地レポ
・新倉山浅間公園の桜まつり混雑対策まとめ
⛩️ 参拝後記
賑やかな観光地から少し離れ、澄んだ空気と静けさに包まれた冨士山下宮小室浅間神社。
1200年の歴史に想いを馳せ、可愛い神馬たちに癒やされながら、ハートのご神木に素敵なご縁を願ってみてはいかがでしょうか?
富士五湖エリアを訪れた際は、ぜひ足を運んでみてくださいね!
2026.06.02 00:45 | -Goshuindo-
愛宕山 南蔵院の御朱印|受付時間・志納料・アクセス・境内の見どころを紹介【埼玉県久喜市】
埼玉県久喜市にある愛宕山 南蔵院へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、愛宕山 南蔵院の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
御朱印の種類:関東八十八ヵ所霊場(第80番札所)の御朱印
志納料:500円
受付場所:境内にある寺務所(自宅を兼ねた母屋)
受付時間:9:00~16:00頃
ご住職が在宅していれば御朱印帳に直接書いていただけますが、不在時は書置きの御朱印が用意されており、本堂のお賽銭箱に志納料を納めるようになっています。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。
参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

関東八十八ヵ所霊場の御朱印をセルフ式の書置きでいただきました。
忍領三十三観音霊場第18番札所の御朱印は置いてありません。

ありがたいことに写真のような形で、ご住職様がご不在でも参拝者や巡礼者に御朱印が頒布できるように、庫裡(母屋)の玄関前に丁寧にご用意くださっています。
お会いしたことはございませんが、ご住職様の優しいお人柄を感じ、心がとても温かくなりました。
「愛宕山 福聚寺 南藏院(あたごさんふくじゅじなんぞういん)」
所在地:埼玉県久喜市菖蒲町新堀2585
霊場/札所:関東八十八ヵ所霊場第80番札所、忍領三十三観音霊場第18番札所
駐車場:無料駐車場あり
駅やバス停からは距離があるため、車での参拝がおすすめです。
・JR高崎線「桶川駅」または「北本駅」から徒歩約約2時間~2時間30分
駅から徒歩では現実的ではないためバスまたはタクシー利用も考慮してください。
桶川駅東口または北本駅東口からタクシーで約20分~30分(運賃目安:約3000円〜4000円前後)で到着できます。
・JR宇都宮線・東武伊勢崎線「久喜駅」から朝日バス(菖蒲仲橋行き)で「上町」バス停下車、徒歩約25分
・JR高崎線「桶川駅」東口から朝日バス「菖蒲仲橋行き」で、終点「菖蒲仲橋」バス停下車、徒歩約30分
・圏央道「白岡菖蒲IC」から約10分〜15分
白岡菖蒲ICを下りて、旧国道122号・県道313号線を経由するルートが最も近くてスムーズです。
・東北自動車道「久喜IC」から約20分〜25分
久喜ICから県道146号線や県道313号線などを経由し、菖蒲町新堀方面へ西に進む分かりやすいルートです。
推奨時間:9:00〜16:00頃
日中の明るい時間帯(常識的な時間内)であれば、境内に入って自由に参拝することができます。
※インターネット上の検索結果では、福岡県にある有名な「南蔵院(世界最大の涅槃像がある寺院)」の営業時間(9:00〜17:00)の情報が混ざって表示されることが非常に多いですが、久喜市の南蔵院とは別の寺院ですのでご注意ください。
参拝した時間帯:土曜日の午後(15:20~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:セルフ式
滞在時間:約15分
周囲をのどかな田んぼや農村風景に囲まれた「南蔵院」。
一歩境内に足を踏み入れると、こんもりとした木々に包まれた静寂で厳かな空気が流れる癒やしのパワースポット。
実はこの南蔵院、一見すると静かな里のお寺ですが、歴史を紐解くと戦国時代の激動の歴史や、すぐ近くにある「菖蒲城」の存在が色濃く関わっている、非常に奥深い由緒を持った古刹なのです。
ここからは実際に管理人が境内を散策して撮影した写真とともに、境内の様子や注目のスポットをご紹介します。

関東八十八ヶ所霊場・第80番札所「南蔵院」へ
入り口の右手に堂々と佇む石碑には「真言宗智山派 南蔵院」の文字が深く刻まれています。
ここは古くから多くの巡礼者が訪れる、関東八十八ヶ所霊場の第80番札所。
瓦屋根が美しい山門へとまっすぐ続く参道は、自然と心がすっと落ち着きます。
お寺の歴史と格式を感じさせてくれる、最初のシャッタースポットです。

参道に佇む「六地蔵尊」の深い意味
山門の手前、参道の左手で迎えてくれるのが、こちらの立派な「六地蔵」です。
木造の風格ある屋根(地蔵堂)に守られるようにして、6体のお地蔵さまが綺麗に並んで佇んでいます。
仏教において六地蔵は、私たちが輪廻転生する6つの世界(六道)から人々を救ってくださるといわれています。

参道沿いの荘厳な石仏群
南蔵院の参道には、このように歴史を刻んだ貴重な石仏が数多く残されています。
丁寧に整えられた台座の上にずらりと並ぶ姿は圧巻で、古くからこの地で重ねられてきた信仰の歴史を現代に伝えています。
所々に小さな石灯籠(香炉)も置かれており、今もなお大切に守られていることが伺えます。
歴史好き・お寺巡り好きにはたまらない、見応えのあるシャッタースポットです。

南蔵院の山門、額縁のように切り取られた本堂の美景
南蔵院のシンボルとも言えるこの山門は、左右に広がる趣ある石塀と調和し、お寺の格式高さを際立たせています。
門の柱や梁に刻まれたディテールからは、職人の丁寧な手仕事と伝統の重みがひしひしと伝わってきます。
開かれた門がまるで一枚の絵画の「額縁」のようになっており、奥に見える本堂や赤いのぼり旗、豊かな緑を美しく切り取っている、境内屈指のベストビューポイントです。

優しく微笑む美しい「観音菩薩像」
境内のなかに静かに佇む、こちらの美しい女性のお姿をした像は、人々の苦しみを除き、願いを叶えてくださるという観音菩薩(観音さま)です。
蓮華の台座の上に立ち、手には蓮の花(蕾)をそっと携えていらっしゃいます。
その慈悲深く穏やかな微笑みを見上げていると、日々の忙しさでささくれ立った心も、不思議と穏やかになっていくのを感じます。
青々と茂る緑を背景に、凜とした美しさが際立つパワースポットです。

真言宗の歴史を今に伝える、弘法大師さまと数々の記念碑が並ぶ聖域
南蔵院が属する「真言宗智山派」にとって、欠かせない祖師たちが祀られているのがこの場所です。
右側には「弘法大師千百五十年忌」の文字が刻まれた立派な塔があり、古くから地域の人々が大切にお大師さまを信奉してきたことが分かります。
のぼり旗に書かれた「南無興教大師」とは、新義真言宗の祖である覚鑁(かくばん)への祈りの言葉。
お寺巡りをしながら、仏教の歴史ロマンに浸ることができる貴重な空間です。

歴史を重ねた風情ある「鐘楼」
南蔵院の鐘楼は、四方の柱で重厚な屋根と梵鐘を支える、伝統的な造りになっています。
よく見ると、屋根の四隅には風鈴のような「風鐸」が下がり、手前には小さな石仏が優しく佇むなど、細部まで見どころが詰まっています。
周囲の穏やかな田園風景のなかに、大晦日の除夜の鐘や年中行事のたびに、深く厳かな鐘の音が響き渡る様子が目に浮かぶよう。
長い歴史を刻んだ木肌の質感と、中央に吊るされた青銅の鐘の佇まいは格別で、お寺らしい静寂と厳かな空気をより一層引き立ててくれるシャッタースポットです。

御本尊・不動明王が祀られる本堂
山門をくぐり、まっすぐ伸びる参道の先に佇むのが、南蔵院の「本堂」です。
大きく裾を広げた美しい瓦屋根と、歴史を重ねた重厚な木造の造りに思わず圧倒されます。
本堂の前には青銅製の香炉が置かれており、お線香の香りに包まれながら静かに手を合わせると、心がすっと洗われていくような深い安らぎを感じます。
のどかな田園地帯に隠れた、まさに日々の喧騒を忘れさせてくれる神聖な空間です。

歴史の趣を色濃く残す「愛宕社」
愛宕大権現といえば、古くから「火伏せ(防火)」や厄除けの神様として篤く信仰されてきました。
木の温もりを感じる素朴なお堂は、周囲の木々や手入れされた植栽と見事に調和しており、まるで古くからこの地を守り続けている鎮守の杜のような佇まいです。
本堂へのお参りとあわせてこちらにも足を運び、日々の暮らしの平穏を祈願してみてはいかがでしょうか。

南蔵院境内の見事な「庚申堂」
このお堂は、江戸時代から盛んに行われていた「庚申信仰」の貴重な足跡です。
格子戸の奥には、地域の人々が健康や長寿を願って建立した庚申塔が大切に護られています。
お堂の梁に施された彫刻や、手前に並ぶ一対の石灯籠など、細部まで丁寧な造りになっており、お寺の建造物としての見応えも十分。
南蔵院が長年、地域の人々の暮らしや祈りに寄り添ってきたことを教えてくれる大切な場所です。
このお堂を見ているだけで、昔の門前町の風景や、ここを訪れた大勢の旅人たちの姿が目に浮かぶような、歴史ロマンあふれる魅力的なスポットです。
南蔵院の創建は、いまから400年以上前、戦国時代が終わりを告げようとしていた慶長元年(1596年)と伝えられています。
その後、江戸時代の天和3年(1683年)に入寂(逝去)した僧・快印(かいいん)によって「中興開山」がなされました。
古くからこの地域(新堀・菖蒲地域)の守り神・祈願所として、以下のようなたくさんのご利益で里人たちの信仰を熱く集めてきました。
厄除け・安産子育・息災延命・ろくさん除け
(ろくさん除けとは、頭・胸・お腹など、体の特定の部位に起こる病気を払う祈祷のこと)
現在では、「関東八十八ヵ所霊場」の第80番札所、そして「忍領三十三観音霊場」の第18番札所にも指定されており、全国から巡礼の参拝客が訪れるお寺となっています。
南蔵院が位置する久喜市菖蒲町新堀という土地は、戦国時代、地域の中心であった「菖蒲城」のすぐ目と鼻の先にあります。
古河公方に仕えた武将・佐々木(金子)氏が室町時代(15世紀後半)に築城したとされ、武蔵国(現在の埼玉・東京など)の北東部を守る重要な拠点でした。
戦国時代には、後北条氏(小田原北条氏)の勢力下に入り、周辺では上杉謙信の軍勢との激しい領地争いも繰り広げられました。

菖蒲城跡
康正2年(1456年)古河公方・足利成氏の命により金田則綱(菖蒲佐々木氏)が築城、以降6代に亘り金田氏の居城となった。
城の竣工が5月5日の菖蒲の節句であったため菖蒲城と命名された。
5代城主・金田頼綱の時代に小田原北条氏に属する忍城の成田氏の支配下となった。
天正2年(1574年)北条氏政と上杉謙信が争った第三次関宿合戦の際、攻め寄せた上杉謙信の軍勢に城下を焼討ちにされたという。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐の際、小田原北条氏に属する忍城主・成田氏長に従ったため菖蒲城は廃城となり、6代城主・金田秀綱は所領を失なったため大塚姓を称し帰農した。
南蔵院が創建された「慶長元年(1596年)」のわずか6年前、天正18年(1590年)に豊臣秀吉の「小田原征伐」が起こります。
この際、豊臣方の前田利家や浅野長政らの大軍に攻められ、菖蒲城は激しい戦火の末に落城・廃城となってしまいました。
お城とその城下町が一度は荒廃してしまったこの地域を、復興させ、人々の心を癒やすために江戸時代直前に建てられたのが、この南蔵院だとされています。
城下町(武家や領民)の記憶がまだ生々しく残る時代に、新しく平和な時代を祈る象徴として、この地に不動明王が据えられたのです。
南蔵院の周辺を歩くと、かつて城下町の防衛や農業のために張り巡らされた古い堀や水路の跡(北沼落川など)が今も残っており、戦国時代の名残を肌で感じることができます。
⛩️ 参拝後記
関東八十八ヶ所霊場の第80番札所でもある南蔵院。
荘厳な本堂はもちろん、境内の左手に佇む弘法大師碑、庚申堂、そして山号の由来でもある愛宕大権現など、一つひとつのスポットに深い歴史と、古くから地域の人々が重ねてきた祈りの息吹を感じることができました。
御朱印巡りや歴史散策が好きな方には、ぜひじっくりと時間をかけて歩いてほしいおすすめの名刹です。
初夏には近くの「菖蒲城趾あやめ園」のあやめやラベンダーも見頃を迎えるので、あわせてドライブ旅の計画を立ててみるのもおすすめですよ!
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、愛宕山 南蔵院の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
🖌️ 南蔵院の御朱印の種類と志納料
御朱印の種類:関東八十八ヵ所霊場(第80番札所)の御朱印
志納料:500円
受付場所:境内にある寺務所(自宅を兼ねた母屋)
受付時間:9:00~16:00頃
ご住職が在宅していれば御朱印帳に直接書いていただけますが、不在時は書置きの御朱印が用意されており、本堂のお賽銭箱に志納料を納めるようになっています。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。
参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。
📖 管理人がいただいた御朱印

今回いただいた南蔵院の御朱印
関東八十八ヵ所霊場の御朱印をセルフ式の書置きでいただきました。
忍領三十三観音霊場第18番札所の御朱印は置いてありません。

セルフ方式の御朱印
ありがたいことに写真のような形で、ご住職様がご不在でも参拝者や巡礼者に御朱印が頒布できるように、庫裡(母屋)の玄関前に丁寧にご用意くださっています。
お会いしたことはございませんが、ご住職様の優しいお人柄を感じ、心がとても温かくなりました。
📋南蔵院の基本情報
「愛宕山 福聚寺 南藏院(あたごさんふくじゅじなんぞういん)」
所在地:埼玉県久喜市菖蒲町新堀2585
霊場/札所:関東八十八ヵ所霊場第80番札所、忍領三十三観音霊場第18番札所
駐車場:無料駐車場あり
🗺️ 交通アクセス
駅やバス停からは距離があるため、車での参拝がおすすめです。
🚃 電車でのアクセス
・JR高崎線「桶川駅」または「北本駅」から徒歩約約2時間~2時間30分
駅から徒歩では現実的ではないためバスまたはタクシー利用も考慮してください。
桶川駅東口または北本駅東口からタクシーで約20分~30分(運賃目安:約3000円〜4000円前後)で到着できます。
🚌 バスでのアクセス
・JR宇都宮線・東武伊勢崎線「久喜駅」から朝日バス(菖蒲仲橋行き)で「上町」バス停下車、徒歩約25分
・JR高崎線「桶川駅」東口から朝日バス「菖蒲仲橋行き」で、終点「菖蒲仲橋」バス停下車、徒歩約30分
🚗 車でのアクセス
・圏央道「白岡菖蒲IC」から約10分〜15分
白岡菖蒲ICを下りて、旧国道122号・県道313号線を経由するルートが最も近くてスムーズです。
・東北自動車道「久喜IC」から約20分〜25分
久喜ICから県道146号線や県道313号線などを経由し、菖蒲町新堀方面へ西に進む分かりやすいルートです。
📝 南蔵院の参拝情報
推奨時間:9:00〜16:00頃
日中の明るい時間帯(常識的な時間内)であれば、境内に入って自由に参拝することができます。
※インターネット上の検索結果では、福岡県にある有名な「南蔵院(世界最大の涅槃像がある寺院)」の営業時間(9:00〜17:00)の情報が混ざって表示されることが非常に多いですが、久喜市の南蔵院とは別の寺院ですのでご注意ください。
👣 管理人の参拝状況
参拝した時間帯:土曜日の午後(15:20~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:セルフ式
滞在時間:約15分
🚶 南蔵院の御朱印参拝記
周囲をのどかな田んぼや農村風景に囲まれた「南蔵院」。
一歩境内に足を踏み入れると、こんもりとした木々に包まれた静寂で厳かな空気が流れる癒やしのパワースポット。
実はこの南蔵院、一見すると静かな里のお寺ですが、歴史を紐解くと戦国時代の激動の歴史や、すぐ近くにある「菖蒲城」の存在が色濃く関わっている、非常に奥深い由緒を持った古刹なのです。
ここからは実際に管理人が境内を散策して撮影した写真とともに、境内の様子や注目のスポットをご紹介します。

関東八十八ヶ所霊場・第80番札所「南蔵院」へ
入り口の右手に堂々と佇む石碑には「真言宗智山派 南蔵院」の文字が深く刻まれています。
ここは古くから多くの巡礼者が訪れる、関東八十八ヶ所霊場の第80番札所。
瓦屋根が美しい山門へとまっすぐ続く参道は、自然と心がすっと落ち着きます。
お寺の歴史と格式を感じさせてくれる、最初のシャッタースポットです。

参道に佇む「六地蔵尊」の深い意味
山門の手前、参道の左手で迎えてくれるのが、こちらの立派な「六地蔵」です。
木造の風格ある屋根(地蔵堂)に守られるようにして、6体のお地蔵さまが綺麗に並んで佇んでいます。
仏教において六地蔵は、私たちが輪廻転生する6つの世界(六道)から人々を救ってくださるといわれています。

参道沿いの荘厳な石仏群
南蔵院の参道には、このように歴史を刻んだ貴重な石仏が数多く残されています。
丁寧に整えられた台座の上にずらりと並ぶ姿は圧巻で、古くからこの地で重ねられてきた信仰の歴史を現代に伝えています。
所々に小さな石灯籠(香炉)も置かれており、今もなお大切に守られていることが伺えます。
歴史好き・お寺巡り好きにはたまらない、見応えのあるシャッタースポットです。

南蔵院の山門、額縁のように切り取られた本堂の美景
南蔵院のシンボルとも言えるこの山門は、左右に広がる趣ある石塀と調和し、お寺の格式高さを際立たせています。
門の柱や梁に刻まれたディテールからは、職人の丁寧な手仕事と伝統の重みがひしひしと伝わってきます。
開かれた門がまるで一枚の絵画の「額縁」のようになっており、奥に見える本堂や赤いのぼり旗、豊かな緑を美しく切り取っている、境内屈指のベストビューポイントです。

優しく微笑む美しい「観音菩薩像」
境内のなかに静かに佇む、こちらの美しい女性のお姿をした像は、人々の苦しみを除き、願いを叶えてくださるという観音菩薩(観音さま)です。
蓮華の台座の上に立ち、手には蓮の花(蕾)をそっと携えていらっしゃいます。
その慈悲深く穏やかな微笑みを見上げていると、日々の忙しさでささくれ立った心も、不思議と穏やかになっていくのを感じます。
青々と茂る緑を背景に、凜とした美しさが際立つパワースポットです。

真言宗の歴史を今に伝える、弘法大師さまと数々の記念碑が並ぶ聖域
南蔵院が属する「真言宗智山派」にとって、欠かせない祖師たちが祀られているのがこの場所です。
右側には「弘法大師千百五十年忌」の文字が刻まれた立派な塔があり、古くから地域の人々が大切にお大師さまを信奉してきたことが分かります。
のぼり旗に書かれた「南無興教大師」とは、新義真言宗の祖である覚鑁(かくばん)への祈りの言葉。
お寺巡りをしながら、仏教の歴史ロマンに浸ることができる貴重な空間です。

歴史を重ねた風情ある「鐘楼」
南蔵院の鐘楼は、四方の柱で重厚な屋根と梵鐘を支える、伝統的な造りになっています。
よく見ると、屋根の四隅には風鈴のような「風鐸」が下がり、手前には小さな石仏が優しく佇むなど、細部まで見どころが詰まっています。
周囲の穏やかな田園風景のなかに、大晦日の除夜の鐘や年中行事のたびに、深く厳かな鐘の音が響き渡る様子が目に浮かぶよう。
長い歴史を刻んだ木肌の質感と、中央に吊るされた青銅の鐘の佇まいは格別で、お寺らしい静寂と厳かな空気をより一層引き立ててくれるシャッタースポットです。

御本尊・不動明王が祀られる本堂
山門をくぐり、まっすぐ伸びる参道の先に佇むのが、南蔵院の「本堂」です。
大きく裾を広げた美しい瓦屋根と、歴史を重ねた重厚な木造の造りに思わず圧倒されます。
本堂の前には青銅製の香炉が置かれており、お線香の香りに包まれながら静かに手を合わせると、心がすっと洗われていくような深い安らぎを感じます。
のどかな田園地帯に隠れた、まさに日々の喧騒を忘れさせてくれる神聖な空間です。

歴史の趣を色濃く残す「愛宕社」
愛宕大権現といえば、古くから「火伏せ(防火)」や厄除けの神様として篤く信仰されてきました。
木の温もりを感じる素朴なお堂は、周囲の木々や手入れされた植栽と見事に調和しており、まるで古くからこの地を守り続けている鎮守の杜のような佇まいです。
本堂へのお参りとあわせてこちらにも足を運び、日々の暮らしの平穏を祈願してみてはいかがでしょうか。

南蔵院境内の見事な「庚申堂」
このお堂は、江戸時代から盛んに行われていた「庚申信仰」の貴重な足跡です。
格子戸の奥には、地域の人々が健康や長寿を願って建立した庚申塔が大切に護られています。
お堂の梁に施された彫刻や、手前に並ぶ一対の石灯籠など、細部まで丁寧な造りになっており、お寺の建造物としての見応えも十分。
南蔵院が長年、地域の人々の暮らしや祈りに寄り添ってきたことを教えてくれる大切な場所です。
このお堂を見ているだけで、昔の門前町の風景や、ここを訪れた大勢の旅人たちの姿が目に浮かぶような、歴史ロマンあふれる魅力的なスポットです。
📜 南蔵院の由緒と歴史
南蔵院の創建は、いまから400年以上前、戦国時代が終わりを告げようとしていた慶長元年(1596年)と伝えられています。
その後、江戸時代の天和3年(1683年)に入寂(逝去)した僧・快印(かいいん)によって「中興開山」がなされました。
古くからこの地域(新堀・菖蒲地域)の守り神・祈願所として、以下のようなたくさんのご利益で里人たちの信仰を熱く集めてきました。
南蔵院で授かれるご利益
厄除け・安産子育・息災延命・ろくさん除け
(ろくさん除けとは、頭・胸・お腹など、体の特定の部位に起こる病気を払う祈祷のこと)
現在では、「関東八十八ヵ所霊場」の第80番札所、そして「忍領三十三観音霊場」の第18番札所にも指定されており、全国から巡礼の参拝客が訪れるお寺となっています。
⚔️ 近隣の「菖蒲城」との深いつながり
南蔵院が位置する久喜市菖蒲町新堀という土地は、戦国時代、地域の中心であった「菖蒲城」のすぐ目と鼻の先にあります。
◆ 菖蒲城とは?
古河公方に仕えた武将・佐々木(金子)氏が室町時代(15世紀後半)に築城したとされ、武蔵国(現在の埼玉・東京など)の北東部を守る重要な拠点でした。
戦国時代には、後北条氏(小田原北条氏)の勢力下に入り、周辺では上杉謙信の軍勢との激しい領地争いも繰り広げられました。

菖蒲城跡
康正2年(1456年)古河公方・足利成氏の命により金田則綱(菖蒲佐々木氏)が築城、以降6代に亘り金田氏の居城となった。
城の竣工が5月5日の菖蒲の節句であったため菖蒲城と命名された。
5代城主・金田頼綱の時代に小田原北条氏に属する忍城の成田氏の支配下となった。
天正2年(1574年)北条氏政と上杉謙信が争った第三次関宿合戦の際、攻め寄せた上杉謙信の軍勢に城下を焼討ちにされたという。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐の際、小田原北条氏に属する忍城主・成田氏長に従ったため菖蒲城は廃城となり、6代城主・金田秀綱は所領を失なったため大塚姓を称し帰農した。
◆ 南蔵院が生まれた背景
南蔵院が創建された「慶長元年(1596年)」のわずか6年前、天正18年(1590年)に豊臣秀吉の「小田原征伐」が起こります。
この際、豊臣方の前田利家や浅野長政らの大軍に攻められ、菖蒲城は激しい戦火の末に落城・廃城となってしまいました。
お城とその城下町が一度は荒廃してしまったこの地域を、復興させ、人々の心を癒やすために江戸時代直前に建てられたのが、この南蔵院だとされています。
城下町(武家や領民)の記憶がまだ生々しく残る時代に、新しく平和な時代を祈る象徴として、この地に不動明王が据えられたのです。
南蔵院の周辺を歩くと、かつて城下町の防衛や農業のために張り巡らされた古い堀や水路の跡(北沼落川など)が今も残っており、戦国時代の名残を肌で感じることができます。
⛩️ 参拝後記
関東八十八ヶ所霊場の第80番札所でもある南蔵院。
荘厳な本堂はもちろん、境内の左手に佇む弘法大師碑、庚申堂、そして山号の由来でもある愛宕大権現など、一つひとつのスポットに深い歴史と、古くから地域の人々が重ねてきた祈りの息吹を感じることができました。
御朱印巡りや歴史散策が好きな方には、ぜひじっくりと時間をかけて歩いてほしいおすすめの名刹です。
初夏には近くの「菖蒲城趾あやめ園」のあやめやラベンダーも見頃を迎えるので、あわせてドライブ旅の計画を立ててみるのもおすすめですよ!
2026.06.02 18:33 | -Goshuindo-
曹傳山 宝持寺の御朱印|受付時間・志納料・アクセス・境内の見どころを紹介【埼玉県鴻巣市】
埼玉県鴻巣市にある曹傳山 宝持寺へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、曹傳山 宝持寺の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
宝持寺では以下の御朱印をいただくことができます。
・御本尊「釈迦牟尼仏」の御朱印
・「虚空蔵菩薩」の御朱印(武州路十二支本尊霊場の守り本尊)
直書きでいただけます。
志納料:300円
受付場所:境内右奥の庫裡
受付時間:9:00~16:00
※ご住職様がご不在の場合や法要中は対応が難しいため、御朱印を希望される場合は、事前にお電話(048-596-0729)で確認されてから向かうのがおすすめです。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

直書きの御本尊「釈迦牟尼仏」の御朱印です。
お伺いしたときは本堂も開いていなかったのでご不在かと思いましたが、ご住職様が庫裡にいらっしゃり、丁寧にご対応してくださいました。
「曹傳山 美源院 宝持寺(そうでんざん びげんいん ほうじじ)」
所在地:埼玉県鴻巣市箕田2034
駐車場:無料駐車場あり
宝持寺公式HP
最寄り駅から歩いて向かう、一番シンプルで時間を読みやすいルートです。
・JR高崎線「北鴻巣駅」西口から徒歩で約14分
北鴻巣駅の西口を出て、ほぼ一本道をまっすぐ進むだけなので迷う心配がありません。
足腰が弱い方や、歩く距離を短くしたい方向けのルートです。
・JR高崎線「北鴻巣駅東口」からコミュニティバス「フラワー号」を利用
広田コース(北鴻巣駅 東口発)「箕田公民館」バス停下車、徒歩約3分
中山道コース(北鴻巣駅 西口発)「箕田郵便局前」バス停下車、徒歩約3分
※年末年始(12月29日〜1月3日)は運休となりますのでご注意ください。
コミュニティバスは本数が1時間に1本〜数時間に1本程度と少なめです。
あらかじめ鴻巣市公式サイトのフラワー号時刻表で時間を調べて合わせておくか、「タイミングが合えばラッキー」くらいに考えて徒歩ルートを選択するのがおすすめです。
・圏央道(首都圏中央連絡自動車道)「桶川加納IC」から約20〜25分
・東北自動車道「羽生IC」 または 「加須IC」から約30〜35分
国道17号線(大宮バイパス)からのアクセスが良好です。
「箕田(南)」や「箕田」交差点などから少し中に入った、静かな住宅と歴史ある緑に囲まれた場所にあります。
神社は国道17号(現道)や旧中山道の近くに位置しています。
桶川北本ICから向かう場合は、新しく開通した「上尾道路」を終点(箕田交差点)まで直進すると非常にスムーズに到着できます。
参拝時間:おおむね8:00~17:00
拝観料:無料
定休日:なし
参拝した時間帯:土曜日の午後(13:15~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:約5分
滞在時間:約20分
埼玉県鴻巣市にある「宝持寺」をご存知でしょうか?
鴻巣市といえば雛人形や運転免許センターが有名ですが、実は歴史ファン、特に武将や伝説が好きな方にはたまらない「ある超有名武将」のルーツが眠る場所なのです。
今回は、平安時代の鬼退治伝説に彩られた宝持寺の歴史や見どころをレポートします。

宝持寺の玄関口「山門」
最初に出迎えてくれるのは、遠くからでも目を引く鮮やかな赤が印象的な山門です。
周囲の豊かな緑と、どっしりとした石柱の「曹洞宗 寶持寺」の文字が、お寺の歴史と厳かな雰囲気を引き立てています。
ここから始まる歴史散策に、思わずワクワクしてしまいますね!

お酒はNG!?境内に佇む歴史ある「不許葷酒」の石碑
境内で見つけた、とても歴史のありそうなこちらの「結界石」。
よく見ると「不許葷酒入山門」という文字が力強く刻まれています。
これは「お酒を飲んだ人や、ニラ・ニンニクなど匂いの強い野菜を食べた人は境内に入ってはいけません」という意味の、修行の場ならではの厳しい決まりごと。
昔の修行僧たちのストイックな生活が目に浮かぶような、お寺ならではの興味深い見どころです。

六道すべての命を救う、慈悲深い「六地蔵」
宝持寺の墓地入り口に整然と並ぶ、立派な六地蔵尊です。
仏教の「六道輪廻」の思想に基づき、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の各世界を巡り、迷える人々を救ってくださるといわれています。
綺麗に清められた台座やお供えされた花からは、今も地域の人々やお寺によって深く大切に信仰されていることが伝わってきます。

幾世代もの祈りを永代に紡ぐ「無縁仏供養塔」
膨大な数の古い墓石や石仏が集まる供養塔です。
宝持寺がこの鴻巣・箕田の地で、いかに長い年月にわたり地域の人々の生と死に寄り添ってきたかを五感で実感させてくれる場所です。
お墓の主たちが寂しくないよう、こうして1か所に集められて手厚く供養されており、古刹ならではの歴史の重みと、尽きることのない祈りの気配が境内に満ちています。

伝統建築の粋を集めた「鐘楼堂」
宝持寺の境内に凛と佇む、見事な建築美を誇る鐘楼です。
反り立つ瓦屋根を支える精巧な組み物や、どっしりとした柱の質感からは、日本の伝統的な職人技の粋を感じることができます。
中央に吊るされた梵鐘は、日々お寺の時間を告げ、人々の祈りを乗せて響いてきた象徴的な存在。
古刹ならではの風格が凝縮された、必見の撮影スポットです。

箕田の地を静かに守護する「みだ薬師堂」
本堂の傍らにひっそりと、しかし確かな存在感を放ちながら建つ「薬師堂」です。
ここには、病気平癒や健康長寿の信仰を集める「みだ薬師三尊佛」が大切にお祀りされています。
派手さはありませんが、歴史を重ねた木造の柱や扉の質感がとても魅力的で、長年にわたり地域の人々がここを訪れ、健康や幸せを願い続けてきた温かい祈りの歴史を感じさせてくれます。

見ているだけで癒やされる!木魚を枕にうたた寝する「一休さん」
薬師堂へ続く参道を歩いていると、思わずクスッと笑顔になってしまう可愛い石像に出会いました。
台座には「一休さん」の文字が。
大きな木魚をごろ~んと枕代わりにして、なんとも気持ちよさそうに居眠りをしています。
日々忙しく過ごす私たちに、「焦らなくていいよ、ひと休み、ひと休み」と語りかけてくれているような、とってもチャーミングな癒やしスポットです。

奈良の唐招提寺がモチーフ!?金色の鵄尾が輝く大迫力の「本堂」
宝持寺のメインである本堂です!
見上げてまず驚くのが、屋根の両端でキラリと黄金に輝く「鵄尾(しび)」。
実はこの本堂、宝持寺が創建された当時の「律宗」にちなんで、奈良の有名な世界遺産・唐招提寺の金堂をモデルに建てられたものなのだそう。
埼玉にいながらにして、まるで平城京の都に迷い込んだかのような、歴史ロマンあふれる壮大な美しさにただただ圧倒されてしまいます。

大迫力の「渡辺綱」顕彰碑
本堂の近くで、思わず足を止めて見入ってしまうほど凄まじい迫力の記念碑を発見しました!
こちらは、平安時代の伝説的な武将であり、全国の「渡辺(部)さん」のルーツとなった渡辺綱の顕彰碑です。
京都の一条戻橋や大江山での鬼退治伝説を再現したレリーフは、飛びかかる綱の緊迫感と鬼の恐ろしい形相がリアルで、今にも動き出しそうなほどの立体感。
歴史ファンならずとも大興奮間違いなしの、宝持寺最大の必見スポットです!

躍動感あふれる「十八羅漢石仏」
境内の美しい庭園の中で、思わず足を止めてじっくり眺めてしまったのがこちらの「十八羅漢石仏」です。
ゴツゴツとした岩山の上に、お釈迦様の弟子である18人の高僧(羅漢様)の石像がずらりと並んでいます。
驚くのはその彫りの細かさ!
よく見ると、鋭い目つきで虎(獅子?)を従えていたり、穏やかに瞑想していたりと、みんな驚くほど個性的で表情豊かです。
お気に入りの羅漢様を探してみるのも楽しいですよ。

庭園に豊かな表情を添える名石「亀石」
庭園を散策中、芝生の上にどっしりと構える大きな奇岩を見つけました。
手前には「亀石」と書かれた木製の看板が。
自然が作り出した独特の凹凸や石の模様が、まるで本物の亀の甲羅のような質感を醸し出しています。
古くから長寿や吉兆の象徴とされる亀。
見ているだけで、なんだか運気がアップしそうなありがたいスポットです。
このお寺の最大の歴史的特徴は、平安時代中期の伝説的な武将であり、全国の「渡辺(渡部)姓」の始祖とされる渡辺綱(わたなべのつな)によって開かれたと伝えられている点です。
寺伝では、今から約1000年前、渡辺綱が自らの祖父である源仕(みなもとのつかえる)と、父である源宛(みなもとのあつる)の菩提を弔うために建立したとされています。
ここで、宝持寺と深いかかわりのある武将・渡辺綱について少し振り返ってみましょう。
渡辺綱は、平安時代の名将・源頼光(みなもとのよりみつ)に仕えた「頼光四天王」の筆頭として知られる人物です。
数々の武勇伝を残しており、特に以下の2つの伝説が有名です。
京の都を脅かした鬼の頭領を、仲間とともに討ち果たした伝説。
京都の一条戻橋(または羅生門)で美女に化けた鬼に襲われるも、愛刀「髭切」で鬼の腕を切り落としたという逸話。
この渡辺綱が生まれ育ち、拠点としたのがここ武蔵国箕田でした。
そのため、この地は全国の「渡辺さん」のルーツ、いわば「渡辺氏発祥の地」として、今も多くの人々に崇められています。
現在の宝持寺は曹洞宗寺院ですが、創建当初は律宗であったとも伝えられています。
その後、永正年間(1504〜1520年)に東松山市・永福寺の第二代住職である壑芸玄巨大和尚によって曹洞宗寺院として中興されました。
江戸時代には、幕府より寺領5石の御朱印状を拝領し、地域の寺院として寺勢を保ちました。
しかし、その後は相次ぐ火災により往時の伽藍は失われたと伝えられています。
現在の本堂は平成15年に一新されたもので、唐招提寺を思わせる大きな屋根が特徴です。
宝持寺のすぐ隣には、渡辺綱の祖父・源仕が創建したと伝わる「氷川八幡神社」があります。
通称「綱八幡」とも呼ばれるこの神社の境内には、江戸時代に建てられた由緒ある「箕田碑」があり、当時の箕田源氏の繁栄を今に伝えています。
氷川八幡神社では御朱印もいただけますので、宝持寺を訪れた際は、ぜひ合わせて参拝したいスポットです。
⛩️ 参拝後記
平安時代の鬼退治武将・渡辺綱の息吹を今に伝える宝持寺。
全国の「渡辺さん」はもちろん、歴史やお城、神社仏閣巡りが好きな方にとって、非常に見応えのある隠れた名所です。
鴻巣市を訪れた際は、ぜひ足を延ばして1000年前の武士たちの歴史ロマンに触れてみてはいかがでしょうか?
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、曹傳山 宝持寺の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
🖌️ 宝持寺の御朱印情報
御朱印の種類と御朱印代
宝持寺では以下の御朱印をいただくことができます。
・御本尊「釈迦牟尼仏」の御朱印
・「虚空蔵菩薩」の御朱印(武州路十二支本尊霊場の守り本尊)
直書きでいただけます。
志納料:300円
御朱印の授与場所と時間
受付場所:境内右奥の庫裡
受付時間:9:00~16:00
※ご住職様がご不在の場合や法要中は対応が難しいため、御朱印を希望される場合は、事前にお電話(048-596-0729)で確認されてから向かうのがおすすめです。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。
📖 管理人がいただいた御朱印

今回いただいた御朱印
直書きの御本尊「釈迦牟尼仏」の御朱印です。
お伺いしたときは本堂も開いていなかったのでご不在かと思いましたが、ご住職様が庫裡にいらっしゃり、丁寧にご対応してくださいました。
📋 宝持寺の基本情報
「曹傳山 美源院 宝持寺(そうでんざん びげんいん ほうじじ)」
所在地:埼玉県鴻巣市箕田2034
駐車場:無料駐車場あり
宝持寺公式HP
🗺️ 宝持寺へのアクセス
🚃 電車でのアクセス
最寄り駅から歩いて向かう、一番シンプルで時間を読みやすいルートです。
・JR高崎線「北鴻巣駅」西口から徒歩で約14分
北鴻巣駅の西口を出て、ほぼ一本道をまっすぐ進むだけなので迷う心配がありません。
🚌 バスでのアクセス
足腰が弱い方や、歩く距離を短くしたい方向けのルートです。
・JR高崎線「北鴻巣駅東口」からコミュニティバス「フラワー号」を利用
広田コース(北鴻巣駅 東口発)「箕田公民館」バス停下車、徒歩約3分
中山道コース(北鴻巣駅 西口発)「箕田郵便局前」バス停下車、徒歩約3分
※年末年始(12月29日〜1月3日)は運休となりますのでご注意ください。
コミュニティバスは本数が1時間に1本〜数時間に1本程度と少なめです。
あらかじめ鴻巣市公式サイトのフラワー号時刻表で時間を調べて合わせておくか、「タイミングが合えばラッキー」くらいに考えて徒歩ルートを選択するのがおすすめです。
🚗 車でのアクセス
・圏央道(首都圏中央連絡自動車道)「桶川加納IC」から約20〜25分
・東北自動車道「羽生IC」 または 「加須IC」から約30〜35分
国道17号線(大宮バイパス)からのアクセスが良好です。
「箕田(南)」や「箕田」交差点などから少し中に入った、静かな住宅と歴史ある緑に囲まれた場所にあります。
💡 車で行く際のアドバイス
神社は国道17号(現道)や旧中山道の近くに位置しています。
桶川北本ICから向かう場合は、新しく開通した「上尾道路」を終点(箕田交差点)まで直進すると非常にスムーズに到着できます。
📝 宝持寺の参拝情報
参拝時間:おおむね8:00~17:00
拝観料:無料
定休日:なし
👣 管理人の参拝状況
参拝した時間帯:土曜日の午後(13:15~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:約5分
滞在時間:約20分
🚶 宝持寺の御朱印参拝記
埼玉県鴻巣市にある「宝持寺」をご存知でしょうか?
鴻巣市といえば雛人形や運転免許センターが有名ですが、実は歴史ファン、特に武将や伝説が好きな方にはたまらない「ある超有名武将」のルーツが眠る場所なのです。
今回は、平安時代の鬼退治伝説に彩られた宝持寺の歴史や見どころをレポートします。

宝持寺の玄関口「山門」
最初に出迎えてくれるのは、遠くからでも目を引く鮮やかな赤が印象的な山門です。
周囲の豊かな緑と、どっしりとした石柱の「曹洞宗 寶持寺」の文字が、お寺の歴史と厳かな雰囲気を引き立てています。
ここから始まる歴史散策に、思わずワクワクしてしまいますね!

お酒はNG!?境内に佇む歴史ある「不許葷酒」の石碑
境内で見つけた、とても歴史のありそうなこちらの「結界石」。
よく見ると「不許葷酒入山門」という文字が力強く刻まれています。
これは「お酒を飲んだ人や、ニラ・ニンニクなど匂いの強い野菜を食べた人は境内に入ってはいけません」という意味の、修行の場ならではの厳しい決まりごと。
昔の修行僧たちのストイックな生活が目に浮かぶような、お寺ならではの興味深い見どころです。

六道すべての命を救う、慈悲深い「六地蔵」
宝持寺の墓地入り口に整然と並ぶ、立派な六地蔵尊です。
仏教の「六道輪廻」の思想に基づき、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の各世界を巡り、迷える人々を救ってくださるといわれています。
綺麗に清められた台座やお供えされた花からは、今も地域の人々やお寺によって深く大切に信仰されていることが伝わってきます。

幾世代もの祈りを永代に紡ぐ「無縁仏供養塔」
膨大な数の古い墓石や石仏が集まる供養塔です。
宝持寺がこの鴻巣・箕田の地で、いかに長い年月にわたり地域の人々の生と死に寄り添ってきたかを五感で実感させてくれる場所です。
お墓の主たちが寂しくないよう、こうして1か所に集められて手厚く供養されており、古刹ならではの歴史の重みと、尽きることのない祈りの気配が境内に満ちています。

伝統建築の粋を集めた「鐘楼堂」
宝持寺の境内に凛と佇む、見事な建築美を誇る鐘楼です。
反り立つ瓦屋根を支える精巧な組み物や、どっしりとした柱の質感からは、日本の伝統的な職人技の粋を感じることができます。
中央に吊るされた梵鐘は、日々お寺の時間を告げ、人々の祈りを乗せて響いてきた象徴的な存在。
古刹ならではの風格が凝縮された、必見の撮影スポットです。

箕田の地を静かに守護する「みだ薬師堂」
本堂の傍らにひっそりと、しかし確かな存在感を放ちながら建つ「薬師堂」です。
ここには、病気平癒や健康長寿の信仰を集める「みだ薬師三尊佛」が大切にお祀りされています。
派手さはありませんが、歴史を重ねた木造の柱や扉の質感がとても魅力的で、長年にわたり地域の人々がここを訪れ、健康や幸せを願い続けてきた温かい祈りの歴史を感じさせてくれます。

見ているだけで癒やされる!木魚を枕にうたた寝する「一休さん」
薬師堂へ続く参道を歩いていると、思わずクスッと笑顔になってしまう可愛い石像に出会いました。
台座には「一休さん」の文字が。
大きな木魚をごろ~んと枕代わりにして、なんとも気持ちよさそうに居眠りをしています。
日々忙しく過ごす私たちに、「焦らなくていいよ、ひと休み、ひと休み」と語りかけてくれているような、とってもチャーミングな癒やしスポットです。

奈良の唐招提寺がモチーフ!?金色の鵄尾が輝く大迫力の「本堂」
宝持寺のメインである本堂です!
見上げてまず驚くのが、屋根の両端でキラリと黄金に輝く「鵄尾(しび)」。
実はこの本堂、宝持寺が創建された当時の「律宗」にちなんで、奈良の有名な世界遺産・唐招提寺の金堂をモデルに建てられたものなのだそう。
埼玉にいながらにして、まるで平城京の都に迷い込んだかのような、歴史ロマンあふれる壮大な美しさにただただ圧倒されてしまいます。

大迫力の「渡辺綱」顕彰碑
本堂の近くで、思わず足を止めて見入ってしまうほど凄まじい迫力の記念碑を発見しました!
こちらは、平安時代の伝説的な武将であり、全国の「渡辺(部)さん」のルーツとなった渡辺綱の顕彰碑です。
京都の一条戻橋や大江山での鬼退治伝説を再現したレリーフは、飛びかかる綱の緊迫感と鬼の恐ろしい形相がリアルで、今にも動き出しそうなほどの立体感。
歴史ファンならずとも大興奮間違いなしの、宝持寺最大の必見スポットです!

躍動感あふれる「十八羅漢石仏」
境内の美しい庭園の中で、思わず足を止めてじっくり眺めてしまったのがこちらの「十八羅漢石仏」です。
ゴツゴツとした岩山の上に、お釈迦様の弟子である18人の高僧(羅漢様)の石像がずらりと並んでいます。
驚くのはその彫りの細かさ!
よく見ると、鋭い目つきで虎(獅子?)を従えていたり、穏やかに瞑想していたりと、みんな驚くほど個性的で表情豊かです。
お気に入りの羅漢様を探してみるのも楽しいですよ。

庭園に豊かな表情を添える名石「亀石」
庭園を散策中、芝生の上にどっしりと構える大きな奇岩を見つけました。
手前には「亀石」と書かれた木製の看板が。
自然が作り出した独特の凹凸や石の模様が、まるで本物の亀の甲羅のような質感を醸し出しています。
古くから長寿や吉兆の象徴とされる亀。
見ているだけで、なんだか運気がアップしそうなありがたいスポットです。
📜 宝持寺とは? 創建と歴史
「渡辺綱」が開いたと伝わる曹洞宗の古刹
このお寺の最大の歴史的特徴は、平安時代中期の伝説的な武将であり、全国の「渡辺(渡部)姓」の始祖とされる渡辺綱(わたなべのつな)によって開かれたと伝えられている点です。
寺伝では、今から約1000年前、渡辺綱が自らの祖父である源仕(みなもとのつかえる)と、父である源宛(みなもとのあつる)の菩提を弔うために建立したとされています。
⚔️ 鬼を斬った英雄!渡辺綱のエピソード
ここで、宝持寺と深いかかわりのある武将・渡辺綱について少し振り返ってみましょう。
渡辺綱は、平安時代の名将・源頼光(みなもとのよりみつ)に仕えた「頼光四天王」の筆頭として知られる人物です。
数々の武勇伝を残しており、特に以下の2つの伝説が有名です。
大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)退治
京の都を脅かした鬼の頭領を、仲間とともに討ち果たした伝説。
一条戻橋の鬼退治
京都の一条戻橋(または羅生門)で美女に化けた鬼に襲われるも、愛刀「髭切」で鬼の腕を切り落としたという逸話。
この渡辺綱が生まれ育ち、拠点としたのがここ武蔵国箕田でした。
そのため、この地は全国の「渡辺さん」のルーツ、いわば「渡辺氏発祥の地」として、今も多くの人々に崇められています。
曹洞宗寺院としての中興と江戸時代の宝持寺
現在の宝持寺は曹洞宗寺院ですが、創建当初は律宗であったとも伝えられています。
その後、永正年間(1504〜1520年)に東松山市・永福寺の第二代住職である壑芸玄巨大和尚によって曹洞宗寺院として中興されました。
江戸時代には、幕府より寺領5石の御朱印状を拝領し、地域の寺院として寺勢を保ちました。
しかし、その後は相次ぐ火災により往時の伽藍は失われたと伝えられています。
現在の本堂は平成15年に一新されたもので、唐招提寺を思わせる大きな屋根が特徴です。
隣接する「氷川八幡神社(綱八幡)」と「箕田碑」
宝持寺のすぐ隣には、渡辺綱の祖父・源仕が創建したと伝わる「氷川八幡神社」があります。
通称「綱八幡」とも呼ばれるこの神社の境内には、江戸時代に建てられた由緒ある「箕田碑」があり、当時の箕田源氏の繁栄を今に伝えています。
氷川八幡神社では御朱印もいただけますので、宝持寺を訪れた際は、ぜひ合わせて参拝したいスポットです。
⛩️ 参拝後記
平安時代の鬼退治武将・渡辺綱の息吹を今に伝える宝持寺。
全国の「渡辺さん」はもちろん、歴史やお城、神社仏閣巡りが好きな方にとって、非常に見応えのある隠れた名所です。
鴻巣市を訪れた際は、ぜひ足を延ばして1000年前の武士たちの歴史ロマンに触れてみてはいかがでしょうか?
2026.06.02 14:29 | -Goshuindo-
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