忍野八海浅間神社の御朱印|受付時間・初穂料・アクセス・境内の見どころを紹介【山梨・忍野村】

山梨県南都留郡にある忍野八海浅間神社へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
この記事では、忍野八海浅間神社の御朱印、御朱印の受付時間、初穂料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
参拝日:【2026年5月14日】

🖌️ 御朱印情報まとめ


忍野八海浅間神社の御朱印・初穂料・受付時間・受付場所


・御朱印の種類:通常御朱印のほか、境内社・兼務社など最大15社分
・基本の拝受:忍野八海浅間神社・諏訪神社・出口稲荷大明神の3社1セット
・初穂料:1社300円 / 3社1セット900円
・受付場所:境内右側の社務所
・受付時間:9:00〜17:00

※御朱印の受付時間や初穂料は変更される場合があります。参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

実際にいただいた忍野八海浅間神社の御朱印


管理人も忍野八海浅間神社で15社の御朱印をいただきました。
忍野八海浅間神社の御朱印

忍野八海浅間神社の御朱印


忍野八海浅間神社の御朱印は最低でも、こちらの3社1セット(忍野八海 浅間神社/諏訪神社/出口稲荷大明神)でいただくことになります。
忍野八海の湧水(神水)で磨った墨を使用しているため、墨の色がほんのりと薄く、まるで水墨画のような美しいグラデーション(薄墨)に仕上がります。

忍野八海浅間神社の御朱印

近郊の神社の直書き御朱印


左上から、高尾山穂見神社(忍草鎮座)、蛇頭疫神社(忍草鎮座)、天狗社(内野鎮座)
左下から、八幡社(内野鎮座)、蚕影社(内野鎮座)、岩殿社(内野鎮座)

忍野八海浅間神社の御朱印

さらにいただける兼務社の直書き御朱印


左上から、淺間神社(内野鎮座)、山之神社(鹿留山鎮座)、浅間神社(鹿留山鎮座)
左下から、冨士浅間神社(小明見鎮座)、明見根元神社(小明見鎮座)、忍野招魂社(忍草鎮座)

📋 基本情報


忍野八海浅間神社(おしのはっかいせんげんじんじゃ)
正式名:忍草浅間神社
所在地:山梨県南都留郡忍野村忍草456

🅿️ 忍野八海浅間神社の駐車場情報


駐車場:無料駐車場あり(約30台~50台)
参拝者用の無料駐車場は神社の裏手にあります。
神社の左手(西側)から裏手に回り、新名庄川に架かる「お宮橋」を渡ってすぐ右折した場所にあります。
道が少し狭いので注意してください。

🗺️ 交通アクセス


🚃 電車でのアクセス


・富士急行線「富士山駅」から徒歩約1時間30分〜1時間40分
「富士山駅」からタクシーで約15分(片道約2,500円〜3,000円前後が目安)
上り坂や歩道が狭いエリアもあるため、駅から徒歩での移動はあまり現実的ではありません。

🚌 バスでのアクセス


・富士急行線「富士山駅」から富士急バス(山中湖方面行)に乗車、「忍野八海入口」バス停下車すぐ

🚗 車でのアクセス


・中央自動車道「河口湖IC」から約15〜20分
・東富士五湖道路「山中湖IC」から約6分

📝 参拝情報


開門時間:9:00〜17:00
拝観料:無料

・管理人の参拝状況


参拝した時間帯:平日の午後(14:00~)
境内の混雑状況:外国人観光客の方が2名(ご夫婦)いらっしゃいました。
御朱印の待ち時間:約10分(15社分直書き)
滞在時間:約20分

🚶 管理人の参拝記


世界文化遺産として大人気の観光地「忍野八海」のすぐそばに佇む、忍野八海浅間神社をご紹介します。
多くの観光客が美しい湧水池だけを見て通り過ぎてしまいがちですが、忍野八海の近くに鎮座するこの神社は、地域の信仰と深く結びついてきた歴史ある古社です。
今回は、その奥深い歴史やご利益、そしてあまり知られていないエピソードまで徹底解説します。

忍野八海浅間神社の鳥居

忍野八海浅間神社入口の赤い鳥居


赤い鳥居をくぐる前から、境内を包み込む大きな木々の存在感に圧倒されます。
長い年月、この場所を静かに見守ってきたような佇まいで、自然と背筋が伸びるような空気が流れていました。
観光地として知られる忍野八海の近くにありながら、ここはまた少し違った、神聖で落ち着いた雰囲気を感じられる場所です。
参拝の際は、ぜひ鳥居の前で一度足を止めて、この厳かな空気も味わってみてください。
ちなみに、両脇を固めるイチイの巨木たちは県指定天然記念物で、この神社の見どころのひとつです。

忍野八海浅間神社の手水舎

忍野八海のお膝元!龍神様から注がれる手水舎


鳥居をくぐったら、まずは手水舎で心と体をリフレッシュ。
こちらでは格好いい龍神様がキリッとした表情でお出迎えしてくれます。
さすがは湧水の聖地・忍野八海の守護神。
手水鉢に満たされた水はとても澄んでいて、ひんやりとした清らかな空気を感じました。

忍野八海浅間神社の神門

拝殿へと続く格式高い木造の随神門


鳥居の赤色とは対照的に、年月を経て深みの増した木肌が美しい随神門。
絵馬が掛けられている様子も、たくさんの人の願いがここに集まっているのを感じられて温かい気持ちになります。

忍野八海浅間神社の神門の二天王像

木造二天王像


随神門に近づくと、格子越しに中の様子がチラリ。
ここに佇む二天王像の鋭い眼光に見つめられると、なんだか日頃のちょっとした邪念(今日の夜食は何食べようかな…とか)を見透かされているような気がしてドキッとします(笑)
伝承によると、この二天王像は源頼朝の命により、畠山重忠と和田義盛が鎌倉時代の名工・運慶に作らせたものと伝えられています。
近くでじっくり見てみると、甲冑の細かな装飾や、引き締まった表情、力強く見開かれた目元など、当時の職人の技とこだわりが今も感じられます。
長い年月の中で、多くの参拝者がこの像を見上げ、その迫力に心を打たれてきたのかもしれません。
御朱印巡りの途中でも、ぜひ足を止めて、細部までゆっくりと観察してみてください。
歴史と信仰の深さを感じられる、とっても貴重な見どころです。

忍野八海浅間神社の拝殿

江戸時代建立の「拝殿」


忍野八海浅間神社の社殿です。
忍野村公式サイトによると、桧皮葺屋根・三間社流れ造りの本殿は村指定重要文化財とされています。
また、本殿に祀られている木花咲耶姫命・鷹飼・犬飼坐像の三神像は、国指定重要文化財に指定されている貴重な御神像です。

忍野八海浅間神社の薬師堂

神仏習合の名残、境内で見つけた薬師堂


境内をゆっくり歩いていると、木々の緑に包まれるように、小さなお堂がひっそりと佇んでいました。
大きな本殿のような華やかさはないけれど、近づいてみると、古い木の質感やしめ縄、扁額の文字に、思わず足を止めたくなるような静かな魅力があります。
扁額には「薬師堂」。
けれど現在は「久須志社」と呼ばれているそうです。
この“薬師堂なのに神社”という不思議な感じが、なんだかとても印象に残りました。

薬師堂と久須志社、ふたつの名前を持つ小さなお社


久須志社に祀られているのは、医薬や病気平癒にゆかりのある少彦名命とされています。
一方で、建物には「薬師堂」の名が残っていて、薬師如来への信仰の名残も感じられます。
「薬師」は、古くは「くすし」とも読まれた言葉。
医師や薬に関わる意味を持つそうです。
そう思うと、薬師堂が久須志社と呼ばれるようになったのも、まったく別のものに変わったというより、昔から人々が願ってきた「病が癒えますように」という祈りが、形を変えて今に残っているように感じます。

富士山信仰ともつながる「久須志」という名前


「久須志」という名前は、富士山信仰とも関わりがあるようです。
富士山頂にも「久須志神社」があり、かつては薬師堂があったと伝えられています。
富士山の頂にあった薬師堂が、時代の流れの中で久須志神社となったように、このお堂にも、神仏習合の名残がそっと息づいているのかもしれません。
忍野八海の近くということもあり、つい水辺の美しさや観光スポットに目が向きがちですが、こうした小さな境内社にも、土地の記憶が詰まっているのだなと感じました。

目にまつわる、少し不思議な民間信仰


この久須志社には、目にまつわる民間信仰も伝えられているそうです。
社殿前の左右にある石碑のくぼみにたまった水を、右目なら右側、左目なら左側の石碑の水をまぶたにつけると、視力が回復する――そんな言い伝えが紹介されています。
医薬や病気平癒に関わる神様を祀る場所だからこそ、目の健康を願う信仰が結びついたのかもしれません。
もちろん、今の感覚では衛生面も気になるので、実際に水を目につけるのは控えたいところ。
でも、「目が健やかでありますように」「大切なものをちゃんと見つめられますように」と、そっと手を合わせるにはぴったりの場所だと思いました。

小さなお堂に残る、やさしい祈りの記憶


忍野八海浅間神社というと、やはり浅間信仰や富士山とのつながりが思い浮かびます。
けれど境内を歩いてみると、薬師信仰や民間信仰のような、暮らしに近い祈りも重なっていることに気づきます。
「病が治りますように」「目がよく見えますように」「家族が健やかでありますように」
そんな素朴な願いが、長い時間をかけてこの小さなお堂に積み重なってきたのかもしれません。
久須志社、そして薬師堂。
名前は変わっても、人々の祈りを受け止めてきた場所であることは、きっと変わらないのだと思います。

忍野八海浅間神社の「石祠」

一列に並んだ「石祠」


境内を奥へと進むと出会えるのが、この一列に美しく並んだ古い「石祠」たちです。
祠を覆うフサフサとした緑の苔が、何十年、何百年という途方もない時間をここで過ごしてきた証拠。
中央の解説板には、ここに合祀されている神様たちの名前や歴史が書かれています。
大きな拝殿だけでなく、こうした小さな祠にも一つひとつ神様が宿っているのが日本の神社の奥深いところ。
見落としてしまいがちな場所ですが、そっと手を合わせると心がじんわり温かくなりますよ。

忍野八海浅間神社の「諏訪神社」と御朱印

境内末社「諏訪神社」


境内末社である「諏訪神社」の御朱印。
テンション高めで写真をパシャリ!……と、ここで事件が。
「よし、本殿の御朱印も並べて撮るぞー!」と意気込んだ瞬間、ポツポツと大粒の雨が降ってきました(涙)。
忍野八海の守護神は「水の神様」でもあるので、もしかして歓迎の恵みの雨だったのかも……?
でも、大切な御朱印帳が濡れたら一大事!
ということで、他の御朱印の撮影は諦めて大急ぎで退散しました。
これも旅の良い思い出ですね。

📜 忍野八海浅間神社の創建と歴史


忍野八海浅間神社の創建は、平安時代初期の大同2年(807年)と伝えられています。
これに先立つ延暦19年(800年)、富士山が大噴火を起こしました(延暦大噴火)。
このとき、現在の宇津湖(当時の広大な湖)が分断され、山中湖と、現在の忍野村の原型となる盆地が形成されたと言われています。
この大噴火による地殻変動と、度重なる災害を鎮めるため、平城天皇の時代に木花之咲耶姫命を祀る社として建てられたのが始まりです。
忍野八海の清らかな湧水は、まさにこの神社の歴史と深く結びついているのです。

✨ ご祭神と女性に嬉しいご利益


主祭神


・木花之咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

相殿神


・天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)
・大山祇命(おおやまつみのみこと)

絶世の美女であり、火中での出産を成し遂げた神話を持つ木花之咲耶姫命のご神徳から、以下のようなご利益を授かることができます。

・縁結び・恋愛成就(良縁を引き寄せる)
・安産祈願・子宝(女性の守護神としての強いお力)
・八方除け・悪霊退散(鬼門に位置するため、厄を祓う力が強力)

🤫 忍野八海浅間神社、3つのエピソード


1. 源頼朝が「富士の巻狩り」で立ち寄った証がある


鎌倉時代の1193年、源頼朝は富士の裾野で大規模な軍事演習「富士の巻狩り」を行いました。
その際、頼朝はこの神社に立ち寄り、神領を寄進して社殿を再興したと伝えられています。
現在、境内にある風情ある「神門」は、頼朝の寄進が起源とされています。

2. 神社なのに「天王像(仏教の守護神)」が守っている


神門をくぐる際、ぜひ左右の格子の中を覗いてみてください。
そこには、鎌倉時代の天才仏師・運慶(またはその一派)が作ったと伝わる「二天王像(持国天・増長天)」が安置されています。
明治時代の神仏分離令を乗り越え、今も神社を仏教の像が守り続けているという、貴重な「神仏習合」の名残を目撃できます。

3. 霊場の「第1の池」は、実は忍野八海観光エリアの外にある


忍野八海を巡る際、多くの人が中心部の7つの池(湧池や鏡池など)だけを見て満足してしまいます。
しかし、最も神聖とされる第一霊場「出口池」は、メイン観光エリアから約1km離れた山裾にぽつんと存在します。
そして、その出口池を見下ろす高台に建つ「出口稲荷大明神」もまた、この浅間神社が管理しています。
全ての池のパワーを授かりたい方は駐車場(300円)もありますので、ぜひこの出口池への“元祖巡礼”も楽しんでみてください。


⛩️ 参拝後記


まさかの雨による急な退散というオチがつきましたが(笑)、忍野八海浅間神社は本当に見どころ満載の素晴らしい古社でした。
1200年の歴史を持つ本殿の佇まいや、境内をがっちり守る鎌倉生まれの二天王像、そしてスマホ疲れの目にありがたい薬師堂の伝説など、一歩足を踏み入れるだけで心がすっと軽くなるようなパワーをたくさんいただけます。
賑やかな忍野八海の中心部から歩いてすぐなのに、驚くほど静かで神聖な空気が流れる隠れた名スポット。
今回は雨でじっくり見られなかった場所もあるので、私は絶対にまたリベンジ参拝しようと心に決めています!
みなさんも富士五湖エリアを訪れる際は、ぜひ御朱印帳をバッグに忍ばせて、この素敵な神域へ足を運んでみてくださいね。

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2026.06.03 21:59 | -Goshuindo-
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