【穴場パワースポット】果樹園に佇む古社「甲斐奈神社」へ!金運の蛇石とセルフ御朱印|癒しの参拝旅


甲斐奈神社(かいなじんじゃ)で御朱印をいただきました。
甲斐奈神社の両部鳥居
📋 基本情報
[甲斐奈神社]
所在地:山梨県笛吹市一宮町橋立84
駐車場:無料駐車場あり(約20台)

🚗 自動車でのアクセス(推奨)
高速道路のインターチェンジから近く、車でのアクセスが非常に便利です。
・中央自動車道「一宮御坂IC」から約5分〜15分
・中央自動車道「勝沼IC」から:国道20号線(勝沼バイパス)を経由して約10分
⚠️目印と注意点
神社は国道20号線沿いの「ファミリーマート笛吹一宮店」の真裏(畑の中)に位置しています。
周囲の道が少し分かりにくいため、ファミリーマートの駐車場側から奥へ抜けるように進むとスムーズに到着できます。

🚄 電車とタクシーでのアクセス
最寄り駅から徒歩で向かうには距離があるため、駅からはタクシーの利用をおすすめします。
・JR中央本線「石和温泉駅」からタクシーで約13分〜15分
・JR中央本線「山梨市駅」または「春日居町駅」からタクシーで約10分

🚌 バスでのアクセス(本数少なめ)
JR中央本線「石和温泉駅」から笛吹市営バスが運行していますが、本数が限られているため事前の時刻表確認が必須です。
・石和温泉駅から「一宮巡回バス」で「甲斐奈園前」下車徒歩すぐ(運賃100円、所要時間は約43分)

📝 参拝情報
参拝時間:24時間可能
拝観料:無料

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
通常御朱印のみの頒布となります。
授与所に書き置きの御朱印が用意されており、無人の場合はそちらを拝受する形になります。
授与所付近に宮司様の連絡先が掲示されています。
宮司様がご在宅、または近くにいらっしゃる場合は、連絡をすると社務所に出てきてくださり、御朱印帳に直書きをしていただけます。

初穂料:500円(300円だった気も…💦)
受付時間:おおむね 7:00 ~ 18:00 頃(ご不在のことが多いです)
受付場所:総門の左側にある授与所(社務所)にてご対応いただけます。


山梨県笛吹市一宮町にある、知る人ぞ知る隠れたパワースポット「甲斐奈神社」をご紹介します。
国道沿いの賑やかなエリアから一本奥に入るだけで、まるでタイムスリップしたかのような静寂に包まれる、とても素敵な神社でした!

甲斐奈神社の御朱印
📖 宮司様が不在でも安心!温かみのある「セルフ方式」の御朱印
この日はあいにく宮司様はご不在のようでしたが、ご安心を!

授与所にはあらかじめ丁寧に準備された「書き置きの御朱印」が用意されていました。
初穂料を納めて自分でいただくセルフ方式です。

無人でありながらも、参拝者を温かく迎え入れてくれる神社の配慮が感じられて、なんだかほっこりとした気持ちになりました。
拝受した御朱印は、シンプルながらも非常に力強く、今回の御朱印旅の素晴らしい記念になりました!


甲斐奈神社の総門
⛩️ 歴史を感じる木造の「総門(隨神門)」
鳥居を抜けた先、大きな注連縄を戴く甲斐奈神社の総門。
向かって左側には小さな祠、右側には一宮町指定文化財の算額に関する案内が置かれており、古くから地域で大切に信仰されてきたことが伝わります。

甲斐奈神社の総門の蛇石
🐍 総門で発見!「蛇石(へびいし)」の祠(ほこら)
参拝の途中、入口にある総門の左側に、とても興味深いものを見つけました!
小さな木造りの立派な祠があり、中を覗いてみると……

そこにはなんと、霊霊しい「蛇石」が大切にお祀りされていました!

石の形がまるでとぐろを巻いた蛇のようにも見え、その前には小さな可愛い白蛇の置物も並んでいます。

古くから蛇は、水神の使いや金運・豊穣の象徴として信仰されることが多い生き物。
この甲斐奈神社でも、地域の隠れた守り神として大切にされているのかもしれませんね。
見ているだけで不思議なパワーをいただけそうな、隠れた見どころです!


甲斐奈神社の境内
甲斐奈神社の境内社
甲斐奈神社の神楽殿
🌲 五感が癒やされる境内
総門をくぐり境内に一歩足を踏み入れると、そこは別世界。
驚くほど静かで神聖な空間が広がっていました。
天神さまやお稲荷さまもお祀りされていて、直感的に「ご利益ありそう」と感じました。

周囲をぐるりと囲む豊かな木々からは、初夏のさわやかな風がそよそよと吹き抜けていきます。
深呼吸をするたびに、心がすーっと軽くなっていくような、本当に気持ちの良い参拝ができました。
日常の忙しさを忘れて、自分自身とゆっくり向き合いたいときには最高のロケーションです。


甲斐奈神社の拝殿
🏯 「拝殿」
甲斐奈神社は、平安時代から続く非常に古い歴史を持ち、かつては甲斐国(現在の山梨県)の宗教・政治の中心地として極めて重要な役割を果たしていた神社です。

👑 甲斐国の神々が集まる「総社(そうじゃ)」
古代の律令制の時代、国司(現在の県知事のような役職)は任国内のすべての神社を順に参拝する義務がありました。

しかし、それを効率化するために、国府(政治の中心地)の近くに国内のすべての神々を合わせて祀る「総社」という神社を作りました。

この橋立の甲斐奈神社は、甲斐国の「総社」の最有力候補(論社)とされています。
そのため、かつては国家的な大行事や、臨時の祈祷を行う際には朝廷から特別な使い(奉幣使や宣命使)が派遣され、この神社から山梨県内すべての神社へお札や幣帛(お供えもの)が配られるほどの高い格式を誇っていました。

📜 平安時代の歴史書に記された「式内社」
延長5年(927年)にまとめられた、当時の全国の重要な神社の一覧である『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』に、「甲斐国山梨郡 甲斐奈神社」としてその名が記載されています。

一説には、甲斐奈(かいな)という名は「甲斐の(国を代表する神社)」という意味から来ているとも言われており、古代の国府や国分寺・国分尼寺跡がすぐ近くにあることからも、まさに古代山梨の中心地を見守る神社であったことが分かります。

🛡️ 戦火による焼失と武田氏・徳川氏との関わり
天正10年(1582年)、武田氏が滅亡した直後の「天正壬午の乱(てんしょうじんごのらん)」という甲斐の覇権をめぐる争いの際、神社は徳川家康側の軍勢によって焼き討ちにあい、社殿を一度焼失してしまいました。
当時の神主(大井氏)が徳川氏と敵対する北条氏側についたためとされています。

しかし、江戸時代に入ると復興を遂げ、江戸時代から戦前にかけて再び大きな隆盛を誇りました。

境内案内板などに見られる武田菱(武田氏の家紋)は、武田信玄公の祖先にあたる甲斐源氏の一族や、この地の武将たちとの深い結びつきの名残りです。

🌾 江戸時代の盛大な祭礼と地域の信仰
江戸時代前期までは、祭礼の日になると「笛吹川より東側にいる山梨中の神主(神職)」が全員この甲斐奈神社に集結しました。
そして全員で盛大な神楽を奏で、国家の安全や五穀豊穣を祈ったと記録されています。

周辺の橋立、東原、竹原田、金田という地域の産土神(守り神)として、何世代にもわたり地域の人々から「大杉さん」と呼ばれ親しまれてきました。

参拝したときに感じられた「木々に囲まれた静けさや、さわやかな風」は、まさにこうした千年以上の祈りの歴史が途絶えることなく、地域の人々によって守られてきたからこそ漂う神聖な空気感だと言えます。


甲斐奈神社の本殿
🕍「甲斐奈神社 本殿」
本殿には見事な彫刻が施されています。

🌟 必見!「甲斐奈神社」のご利益まとめ
橋立の甲斐奈神社は、古代に山梨県内の神々を一堂に集めて祀った「総社」の有力な候補地。
そのため、

「ここにお参りすれば、山梨の神様全員にお参りしたのと同じ!」

と言われるほどの、万能な開運パワースポットなんです。

神社の歴史とご祭神から紐解く、主なご利益はこちら!

📌 強力な縁結び・諸願成就
天地万物を結びつける「むすび」の神様(高皇産霊尊)が祀られており、恋愛だけでなく、仕事や人生の良いご縁を強力に結んでくれます。

📌 家内安全・夫婦円満・延命長寿
日本で最初の夫婦の神様(伊弉諾尊・伊弉冉尊)のパワーで、家族の健康や夫婦円満、健康長寿を見守ってくださいます。

📌 金運上昇・商売繁盛(蛇石のパワー!)
総門でお祀りされている「蛇石」は、財を呼び込むとされる白蛇(水神様・弁財天の使い)の信仰とも深く結びついており、金運アップや実り豊かな生活をもたらす隠れた注目スポットです。

さわやかな風が吹き抜ける境内で、これらのたくさんのパワーを五感いっぱいにチャージさせてもらいましょう!


⛩️ 参拝後記
笛吹市には「甲斐奈神社」という名前の神社が複数ありますが、今回訪れた一宮町橋立の神社は、古代の歴史を感じさせつつも、自然の癒やしに満ちた本当に素敵な場所でした。
みなさんも山梨・笛吹エリアをドライブする際は、ぜひこのさわやかな風と金運の蛇石に会いに、足を運んでみてはいかがでしょうか?
2026.05.23 18:11 | comment(0)

【甲斐國一宮 浅間神社】御朱印と参拝ガイド|笛吹市の格式ある一宮へ



甲斐國一宮 浅間神社(かいこくいちのみやあさまじんじゃ)で御朱印をいただきました。
甲斐一宮浅間神社
📋 基本情報
[甲斐國一宮 浅間神社]
所在地:山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684
駐車場:無料駐車場あり
アクセス:JR中央本線「石和温泉駅」または「山梨市駅」からタクシーで約10〜15分、中央自動車道「勝沼IC」から約5分

📝 参拝情報
参拝時間:24時間可能(社務所は 8:30〜17:00 / 季節により変動あり)
拝観料:無料

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
・浅間神社(本宮)の御朱印(帳面への直書き対応)
・摂社山宮神社の御朱印(直書き対応)
・月替わりの限定御朱印(カラフルなイラスト入り・書置きのみ)
初穂料:500円
受付時間:8:30 ~ 17:00
受付場所:拝殿の隣の授与所にてご対応いただけます。


山梨県笛吹市にある「甲斐一宮浅間神社」をご紹介します。
歴史好きにも、パワースポット巡りが好きな方にも、とってもおすすめの神社です。
他ではあまり紹介されていない見どころや御朱印情報を詳しくまとめたので、ぜひお出かけの参考にしてくださいね!

甲斐國一宮 浅間神社の通常御朱印
甲斐國一宮 浅間神社の特別御朱印
🖌️ 今回いただいた2種類の御朱印
上は直書きの通常御朱印、下は5月限定の特別御朱印「梅の折枝神事」です。


甲斐國一宮 浅間神社の随神門
💫 参拝者を迎える重厚な「随神門」
境内の入口で参拝者を迎える随神門。
深い木の色合いと大きく張り出した屋根が印象的で、甲斐国一宮としての風格を感じさせます。
ここをくぐると、いよいよ神聖な境内へ。

🏯 随神門の歴史と再建の歩み
江戸時代の安永年間(1772年〜1780年)に造営されたのが始まりとされています。
明治40年(1907年)8月26日、甲府盆地を襲った記録的な集中豪雨により、近くを流れる大石川と京戸川が氾濫し、濁流が直撃したことで当時の随神門は破壊されてしまいました。

門を失った後、氏子や地域の人々の手によって復興が進められ、明治42年(1909年)10月に現在の随神門が再建されました。
門の左右に佇み、邪気の侵入を防ぐ一対の「随神像(武将の姿をした神像)」は、少し遅れて昭和6年(1931年)10月に設置されたものです。

水害からわずか2年で地域の人々によって再建されたという経緯からも、この浅間神社が古くからいかに大切に守られてきたかがうかがえます。


甲斐國一宮 浅間神社の女神の井戸
境内にある「女神の井戸」
境内の古井戸が枯れてしまった際に、新たに採掘された井戸なんだそうです。
ご祭神の木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)にちなんで名付けられた、清らかなパワースポットです。
この井戸から引かれた水で心身を清めると、内側から美しくなれそうな気がします✨
参拝の際はぜひ立ち寄ってみてください!


甲斐國一宮 浅間神社の子持石
🤲 子授け・安産の祈りを受けとめる「子持石」
木々に囲まれた一角に祀られる子持石。
注連縄と紙垂が掛けられた姿から、古くから大切に祈りを寄せられてきた石であることが伝わってきます。
木花開耶姫命を祀る浅間神社らしい、子授け・安産信仰を感じられる境内の見どころです。


甲斐國一宮 浅間神社の歯固めの石納所
👶 赤ちゃんの健やかな成長を願う「歯固めの石納所」
子授け・安産の祈りを集める子持石の近くには、赤ちゃんの健やかな成長を願う歯固めの石納所もあります。
家族の幸せを願う信仰が、境内の小さな一角に息づいています。

🌸 子授け・夫婦円満の信仰を集める「夫婦梅(めおとうめ)」
浅間神社の本殿わきには、「夫婦梅」と呼ばれる珍しい梅の木があります。
なんとこの梅は、ひとつの青い花ヘタから、まるで仲良く寄り添うように二つの実が並んで実る不思議な特徴を持っています。
その姿はまさに、手を取り合う夫婦や、親に抱かれる子どもそのもの。
子授け・安産の神である木花開耶姫命に見守られながら、何世代もの参拝者の願いを吸い上げてきた御神木には、境内でもひときわ温かい空気が流れています。
この「小さな奇跡」が実る様子は、現地で実物を見てこそ、より深い感動を味わえます。
参拝の際はぜひこの「小さな奇跡」をご自身の目でご覧ください。


甲斐國一宮 浅間神社の夫婦梅
🌿 二百年の時を刻む「亀の松」
長く伸びた枝が空を覆うように広がる亀の松。
二百年以上ものあいだ、この場所で参拝者を見守ってきたと思うと、木そのものに宿る静かな力を感じます。
亀の松の前には絵馬掛けが設置されており、その長寿の生命力にあやかって「延命長寿」や「健康祈願」のパワースポットとして信仰されています。

🧾 亀の松の由来
神社の社家(神主の家系)であった古屋蜂城(1764年〜1852年)という人物が、天神社に籠って願掛けをした際、山から松の幼木を持ち帰って境内に植えたものと言い伝えられています。
かつては「鶴の松(つるのまつ)」と呼ばれる松も存在し、2本で「鶴亀」の一対を成していました。
しかし、鶴の松は枯死してしまったため、現在は「亀の松」だけが残っています。


甲斐國一宮 浅間神社の拝殿と御朱印
🏮 甲斐国一宮の風格を伝える「拝殿」
境内の中心に建つ拝殿は、甲斐国一宮浅間神社の歴史と格式を感じさせる重厚な建物です。
現在の拝殿は江戸時代前期の造営と紹介されており、長い年月を経た木の風合いが印象的です。
建築様式は、入母屋唐破風向拝造銅板葺。
大きく構えた屋根と正面の向拝が、参拝者を迎えるにふさわしい堂々とした姿を見せています。
拝殿前に立つと、貞観7年(865年)に現在地へ遷された古社としての由緒と、甲斐国一宮として受け継がれてきた信仰の重みを感じることができます。

🏛️ 珍しい配置の「拝殿」
実はこの神社、参道に対して拝殿が直角を向いている珍しい構造になっています。
これは、かつて神社があった元宮(山宮神社)の方角をまっすぐ向いているからだそう。
歴史のロマンを感じるポイントです。

📜 知ると参拝がもっと深まる!甲斐一宮浅間神社のご由緒
神社を参拝する前にその歴史(ご由緒)を知っておくと、境内の景色がガラリと変わって見えます。
甲斐一宮浅間神社がなぜ作られ、どのように信仰されてきたのか、そのドラマチックなストーリーを3つのポイントでご紹介します。

1.始まりは「富士山の大噴火」を鎮めるため
時は平安時代の貞観7年(865年)。
当時、富士山が命に関わるほどの大噴火(貞観大噴火)を起こしました。
「これは神様の怒りに違いない」と恐れた当時の朝廷(国)が、富士山の神様をお祀りして怒りを鎮めてもらおうと、今の山梨県笛吹市に神様をお迎えしたのが始まりです。
つまり、この神社は富士山のパワーをコントロールするための重要な拠点でした。

2.お祀りされているのは美の女神「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」
御祭神(お祀りされている神様)は、木花開耶姫命です。

・桜のように美しい「美の女神」

・炎の中で無事に出産したという神話から「安産・子授けの神様」

・富士山の噴火を鎮める「火山の神様」

として知られています。
この神様が祀られているからこそ、現代でも強力な縁結びや安産、子宝のご利益があるパワースポットとして全国から多くの参拝者が訪れています。

3.「甲斐国一宮」という最高のステータス
神社名にある「一宮(いちのみや)」とは、その地域(昔の国)でもっとも格が高い神社に与えられる称号です。
甲斐一宮浅間神社は、武田信玄公で有名な「甲斐の国(山梨県)」でNO.1のステータスを持つ神社として、古くから国や名だたる戦国武将たちから特別な尊崇を集めてきました。

社宝にも武田氏との結びつきを感じさせるものがあります。
重要文化財として後奈良天皇御宸翰「般若心経」一軸が伝わり、武田晴信の奉納包紙を伴うとされています。
県指定文化財には武田信玄奉納とされる「国次の太刀」などもあり、甲斐の歴史を背負う神社であることがよく分かります。


甲斐國一宮 浅間神社の両部鳥居
⛩️ 境内の裏参道にひっそりと佇む木造の「両部鳥居(りょうぶとりい)」
国道20号線沿いにある鮮やかな朱色の一の鳥居(大鳥居)や二の鳥居とは異なり、神仏習合の歴史を色濃く残す渋い佇まいが特徴です。
かつては表側の参道入口に建っていたそうです。

👉 「両部(りょうぶ)」が持つ意味
両部鳥居の「両部」とは、密教の精神である「金剛界」と「胎蔵界」(両部曼荼羅)に由来します。
かつて神社と寺院が一体だった「神仏習合」の時代に、主に信仰を集めた「随一神道(吉田神道)」などで好んで用いられた形式です。
山梨県内では、同じく富士信仰の拠点である富士吉田市の北口本宮冨士浅間神社の大鳥居などにもこの両部鳥居の形式が見られます。


🐓 自分の干支に願いを込める「十二支まいり」
拝殿の右手奥に進むと、可愛い十二支の石像がずらりと並んでいます。
自分の生まれ年の「干支」と、その年の「干支」の石像にお参りすると、ご利益があると言われています。
自分の干支の像を見つけて、ぜひ手を合わせてみてくださいね。


⛩️ 参拝後記
甲斐国一宮 浅間神社は、富士山信仰、甲斐国一宮としての格式、武田氏ゆかりの文化財、そして子授けの霊験で知られる夫婦梅が重なり合う、歴史の層が厚い神社です。
境内を歩けば、社殿の重み、御神木のやさしい姿、十二支まいりの親しみやすさが同居していて、古社でありながら今も人々の暮らしに近い場所であることが伝わってきます。

山梨の御朱印巡り、笛吹・勝沼方面の旅、梅の季節の小さな散策先として、ぜひ一度訪れてほしいおすすめの一社です。
2026.05.22 00:57 | comment(0)

【山梨・甲州】武田信玄の菩提寺「恵林寺」の見どころ・歴史完全ガイド!



乾徳山 恵林寺(けんとくさん えりんじ)で御朱印をいただきました。
乾徳山 恵林寺の御朱印と山門
📋 基本情報
[乾徳山 恵林寺]
所在地:山梨県甲州市塩山小屋敷2280
駐車場:無料駐車場あり
アクセス:JR中央本線「塩山駅」からバス「恵林寺前」下車、中央自動車道「勝沼IC」から車で約20分

📝 参拝情報
拝観時間:8:30 ~ 16:30
拝観料:大人 300円 / 子供 100円
※本堂・庭園の拝観料、宝物館は別途料金が必要です。

🖌️ 御朱印の種類と志納料
感染症対策等の観点から、現在は持参した御朱印帳への直接の書き込み(直書き)は行っておらず、あらかじめ用意された紙(書置き)での授与となっています。

主な御朱印の種類
・武田不動尊(たけだふどうそん)
一番人気の定番御朱印です。明王殿に安置されている、武田信玄公等身大とされる不動明王にちなんでいます。

・釈迦如来(しゃかにょらい)
恵林寺のご本尊である釈迦如来の御朱印です。

・夢窓国師(むそうこくし)
開山である夢窓疎石にちなんだ御朱印です。

・正月・初詣限定
新年の干支をモチーフにした記念朱印などが元旦から頒布されます。

・春(桜朱印)
境内の桜の時期に合わせ、桜のスタンプやイラストがあしらわれた華やかな御朱印が登場します。

・9月(開山夢窓国師記念)
9月30日の毎歳忌を記念した限定枚数の特別朱印です。

・12月(成道会記念)
お釈迦様のお悟りを記念した特別な御朱印が頒布されます。

※5月12日現在、下記の特別御朱印が頒布されています。
・武田不動尊特別御朱印(切り絵見開き)2種類(各限定300枚)
・国重要文化財指定記念御朱印

志納料:300円~1500円
受付場所:本堂(拝観受付)の窓口にてご対応いただけます。
受付時間: 8:30 ~ 16:30(年中無休)


山梨県甲州市にある「恵林寺」は、戦国時代の名将・武田信玄公の菩提寺として全国的に有名なお寺です。
歴史ファンはもちろん、美しい庭園や厳かな雰囲気に癒やされたい大人旅にもぴったりのスポット。
今回は、恵林寺を訪れる前に知っておきたい歴史の背景や、絶対に外せない見どころを分かりやすくご紹介します!


恵林寺の限定切り絵御朱印と特別御朱印
🖌️ 今回拝受した御朱印
左側は「国重要文化財指定記念」の特別御朱印、赤地に金色の箔押しで不動明王さまがあしらわれた素敵な御朱印です。
右側は、武田信玄公の命日となる4月12日から限定300枚の頒布となっている「武田不動尊特別御朱印」です。
切り絵の見開きとなっていて、日付は四月吉日なっています。


恵林寺の「四脚門(赤門)」
☘️ 徳川家康が再建した重要文化財「四脚門(赤門)」
総門をくぐり参道を進むと現れるのが、ひときわ目を惹く朱塗りの「四脚門(通称:赤門)」です。
織田信長の焼き討ちにより一度は焼失したものの、慶長11年(1606年)に、徳川家康によって見事に再建されました。
桃山時代の豪壮な建築様式を今に伝える貴重な遺構として、国の重要文化財に指定されています。


恵林寺の三門
🔥 語り継がれる覚悟の場所「三門」
四脚門の先に佇む、重厚な木造の「三門」(山梨県指定文化財)には、快川国師が残した「心頭滅却〜」の言葉(遺偈)が掲げられています。
かつての悲劇と、高僧の壮絶な覚悟に思いを馳せずにはいられない、恵林寺の歴史を象徴する場所です。


恵林寺の三重塔
🏛️ 恵林寺の「三重塔(仏舎利宝塔)」
昭和48年(1973年)に建立された比較的新しい木造建築です。
屋根は美しい銅板葺きで、初層(1階)の正面には板唐戸(木製の扉)と連子窓があしらわれ、それ以外の面は白壁造りになっています。
塔の下層は納骨堂となっており、仏舎利(お釈迦様の遺骨)を祀る「仏舎利宝塔」として建てられています。


恵林寺の開山堂(かいさんどう)
💫 恵林寺の「開山堂(かいさんどう)」
恵林寺の歴史において非常に重要な役割を果たした3人の高僧がお祀りされている甲州市指定有形文化財の格式高いお堂です。

👤 祀られている「三像」
お堂の内部には、以下の3人の木造坐像が安置されています。

・夢窓疎石(むそうそせき / 夢窓国師)
1330年に恵林寺を開いた開山(創設者)です。
安置されている像の頭部は、国師晩年の姿をリアルに伝える南北朝時代の貴重な作として山梨県指定文化財となっています。

・快川紹喜(かいせんじょうき / 快川国師)
武田信玄公に招かれ、恵林寺の格を高めた名僧です。
織田信長による焼き討ちの際、三門の上で壮絶な最期(火定入滅)を遂げました。

・末宗瑞曷(まっしゅうずいかつ / 末宗和尚)
快川国師の弟子です。焼き討ちの直前に快川の命で脱出し、のちに徳川家康の命を受けて恵林寺を再興しました。

この開山堂は「法堂」も兼ねており、寺院としての重要な法要や儀式を行う空間でもあります。

恵林寺開山堂の見事な彫刻
開山堂の見事な彫刻
堂々とした佇まいで、軒下の見事な木彫り彫刻など、禅宗寺院らしい凛とした建築美を間近で見ることができます。


恵林寺本堂、入り口の門
🔶 「方丈(本堂)の正門」
開山堂のさらに奥、本堂の手前に佇む正門を撮影。
格式の高い寺院の証である「五本線の筋塀(すじべい)」に囲まれた門は、普段は固く閉ざされており、その先にある本堂の神聖さを際立たせています。
屋根には武田信玄公の家紋「武田菱」もしっかり刻まれていて、まるで戦国時代にタイムスリップしたかのような静かな感動を味わえました。


恵林寺の庫裡
🏯 恵林寺の庫裡(大庫裡)の4つの特徴

✔️ 日本有数の巨大な規模
恵林寺の庫裡は一際目を引く大きな茅葺き風の屋根を持っており、日本有数の大きさを誇ります。
その広さから、第二次世界大戦中には東京から疎開してきた約150人の小学生たちが、ここで寄宿生活(学童疎開)を送っていました。

✔️ 本堂や名勝庭園への「拝観受付」
現在の庫裡は、参拝者が靴を脱いで上がる拝観チケットの購入場所・受付窓口になっています。
ここから中に入り、本堂(方丈)や国指定名勝の庭園、うぐいす廊下、信玄公の墓所へと順路が続いていきます。

✔️ 正面にそびえる「風林火山」の屏風
庫裡の玄関をくぐると、目の前に武田信玄公の軍旗として有名な「風林火山」の文字が書かれた大きな屏風がどっしりと構えており、信玄公の菩提寺らしさを肌で感じられる人気のフォトスポットになっています。

✔️ 明治時代の再建建築
もともとの建物は明治38年(1905年)の火災によって一度焼失してしまいましたが、明治時代末期(1907年頃)に現在の姿へと見事に再建されました。
お土産売り場も併設されており、境内散策の拠点となる場所です。
運が良ければ、受付周辺で気持ちよさそうに昼寝をしている恵林寺の看板猫に出会えることもあります。

📜 恵林寺の歴史
🤝 名僧と名将が紡いだ物語
恵林寺は、鎌倉時代末期の1330年、甲斐国の守護であった二階堂貞藤が、高僧・夢窓国師(むそうこくし)を招いて開山したのが始まりです。
後に戦国大名・武田信玄公がこの寺を深く信仰し、自身の菩提寺(お墓を置くお寺)に定めたことで、武田家と強い絆で結ばれることになります。

💥 「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」の舞台
武田氏が滅亡した際、織田信長軍は武田方を匿ったとして恵林寺を焼き討ちにしました。
この時、当時の住職であった快川(かいせん)国師が、炎に包まれる三門の上で残したとされる辞世の句が、あの有名な「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」です。
現在の恵林寺は、その後に徳川家康公によって再建され、今もその歴史の重みを伝えています。

🍁 国の名勝「夢窓国師作の庭園」(※次回の宿題に!)
本堂の裏手には、開山である夢窓国師によって築造された池泉回遊式庭園が広がっており、国の名勝にも指定されています。
京都の天龍寺や西芳寺(苔寺)の庭園を手がけた夢窓国師の傑作の一つで、本来なら四季折々の美しい自然と静寂に浸れる素晴らしい場所なのですが……。
実は私が訪れたときは、ちょうど遠足か何かの行事だったようで、中学生の大勢の団体さんとタイミングがバッティング!
あまりの賑やかさに、今回は見ることができず本当に残念でした……(涙)。
「次に来るときは、静かな平日の午前中を狙ってリベンジするぞ!」と心に誓っています。
みなさんも、訪れる際は事前の混雑チェックをおすすめします!

🌿 信玄公の魂が眠る「武田信玄公墓所」
境内奥には、武田信玄公の墓(廟所)がひっそりと佇んでいます。
通常は非公開ですが、毎月12日の命日など、特別な日にのみ特別公開されます。


恵林寺武田信玄公宝物館脇にある鬼瓦
👹 武田信玄公宝物館わきの巨大な「庫社の鬼瓦」
恵林寺に残る巨大で重厚な鬼瓦。
武田菱を抱いた姿に、寺の歴史と武田家の威厳を感じました。


恵林寺お団子屋さん
🍡 境内の「武者だんご」
恵林寺をゆっくり参拝した後は、境内のお団子屋さんで一休み。

恵林寺お団子屋さん
恵林寺お団子屋さん
海苔巻きの香ばしい磯部団子と、粒あんがたっぷりのったよもぎ団子、どちらも最高でした。
焼き立てのお団子とお茶のセットで最高の和み時間、五感が癒やされました。


恵林寺庭園
🌸 境内の庭園
お団子をいただいた後、境内の庭園へ。
青空と新緑が池の水面に映り込んでいて、あまりの美しさにしばらく時間を忘れて見とれてしまいました。
境内を吹き渡るそよ風が、とても心地よかったです。


⛩️ 参拝後記
武田信玄公の息吹と、激動の歴史を今に伝える恵林寺。
美しい庭園を眺めながら静かに過ごす時間は、日常の忙しさを忘れさせてくれます。
周辺には甲州市名物の「ほうとう」が味わえる食事処やワイナリーも多いので、ぜひ山梨ドライブの目的地として足を運んでみてくださいね!
2026.05.21 13:19 | comment(0)
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プロフ

関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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