伊勢山皇大神宮(いせやまこうたいじんぐう)で御朱印を頂きました。
伊勢山皇大神宮
📋 基本情報
[伊勢山皇大神宮]
所在地:神奈川県横浜市西区宮崎町64
駐車場:あり
アクセス:JR「桜木町駅」または京急「日ノ出町駅」より徒歩約10分、みなとみらい線「みなとみらい駅」より徒歩約15分

📝 参拝情報
開門:6:00~19:00(または20:00)
授与所:9:00~19:00
ご祈祷受付:9:00~16:30

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
初穂料は1体につき500円ですが、限定御朱印などは1,000円~となる場合もあります。
・通常御朱印
「奉拝」「横濱総鎮守」の文字に、社紋である桜の印が押されたデザインです。
・鉄道朱印(特別朱印)
横浜が鉄道発祥の地であることにちなんだデザインです。
毎年10月14日の「鉄道の日」に合わせて頒布が開始されます。
・季節・期間限定朱印
その時期の花や行事に合わせた御朱印があります。
・夏詣(なつもうで)
6月末〜9月頃に、京急電鉄とのコラボを含む特別朱印が頒布されます。
・切り絵・見開き朱印
不定期で豪華な切り絵加工や見開きサイズの限定版が登場します。
・兼務社(子神社)
境内や近隣の兼務社の御朱印をいただける場合もあります。
・オリジナル御朱印帳
初穂料は1冊2,000円(御朱印代込みの場合あり)です。
三代歌川広重の『横浜野毛伊勢山従海岸鉄道蒸気車ノ図』をモデルに、明治初期の神社の様子と蒸気機関車が描かれているものや、巫女の舞をモチーフにした優美なデザインも人気です。
受付時間:9:00~19:00
授与場所:本殿の北側にある授与所でご対応いただけます。


横浜のシンボル、ランドマークタワーを見上げる高台に鎮座する「伊勢山皇大神宮」。
地元では「関東のお伊勢さま」として親しまれていますが、その成り立ちを紐解くと、そこには「横浜という街の意地」とも言える熱いドラマが隠されています。
今回は、歴史の荒波を乗り越えてきたこの神社の、ちょっと意外でためになる物語をご紹介します。

伊勢山皇大神宮の御朱印
「直書きでいただいた通常御朱印」

伊勢山皇大神宮二の鳥居
「二ノ鳥居」
現在立っている銅製の二の鳥居は、昭和45年(1970年)に創建100年を記念して建立されたものです。
この鳥居は「神明鳥居(しんめいとりい)」という、伊勢神宮と同じ直線的でシンプルな形式をしていますが、木製ではなく銅で造られているのが特徴です。

👉 いわば、
「100年の節目を祝う記念碑」ということになりますね!

👣 足元に残る「明治の記憶」
鳥居そのものは昭和に建て替えられたものですが、そのすぐ脇には明治初年の創建時に奉納された「旧大鳥居台座」が二基保存されています。

📌 歴史の変遷
明治に建てられた当初の鳥居は、大正5年の改築、さらに関東大震災での修理を経て、長らく横浜の街を見守ってきました。
創建時の鳥居は、横浜の内外から寄せられた多くの奉納によって建てられた高さ8メートルもの立派なものでした。
現在の台座は、当時の人々の熱意を今に伝える貴重な遺構となっています。

🔁 日本でも珍しい?鳥居の「逆転現象」
一般的な神社では、入り口(本殿から遠い方)から順に「一の鳥居、二の鳥居……」と数えますが、伊勢山皇大神宮には独特のルールがあります。

ここでは本殿に近い方から順に「一の鳥居、二の鳥居」と数えられています。
そのため、参道を登ってきて最初に出会う「銅製の大きな鳥居」が、実は二の鳥居なのです。
さらにその先、本殿に近い場所にある台湾ヒノキ製の鳥居が「一の鳥居」と呼ばれています。

🔥 かつては「ガス灯」が灯っていた?
明治14年頃の記録によると、当時の鳥居の額の上には「花瓦斯(はながす)」と呼ばれるガス灯が点火されていたといいます。
「ガス灯発祥の地」でもある横浜らしく、夜の祭典では鳥居が美しく照らし出され、当時の人々の目を楽しませる横浜ならではの美観をなしていたそうです。

銅製の鳥居をくぐる際は、ぜひ脇にある古い石の台座にも注目してみてください。
明治から昭和、平成へと引き継がれてきた横浜の祈りの重みを感じることができます。

伊勢山皇大神宮一の鳥居
「一ノ鳥居」
二の鳥居から一の鳥居へ。
木肌の温もりが、神域の静寂をより深く感じさせてくれます。

二の鳥居よりも本殿に近い場所にあるこの鳥居は、「台湾ヒノキ」の巨木で作られています。
伊勢神宮の旧社殿を譲り受けて再建された際、この鳥居もまた神宮との深い縁を感じさせる清々しい佇まいとなりました。
銅製から木製へと質感が変わることで、聖域へと一歩深く入り込む感覚を演出しています。

伊勢山皇大神宮注連柱
「注連柱」
鳥居のさらに先、拝殿の直前にある2本の石柱です。
ここには「注連縄(しめなわ)」が張られ、ここから先が「最も清浄な場所」であることを示しています。

この注連柱の台座も非常に古く、横浜の有力者たちによって奉納されたもの。
よく見ると、横浜の古い商家や団体の名前が刻まれており、地域の人々が「ここだけは守り抜く」という決意で守り継いできた境界線です。

伊勢山皇大神宮拝殿
「拝殿」
現在の拝殿は、平成30年の「平成の御造替」で新しくなったものです。
最大の特徴は、伊勢神宮(内宮)の旧社殿の古材をそのまま使っていること。
通常、神宮の古材は全国の神社へバラバラに配分されますが、伊勢山皇大神宮は「関東のお伊勢さま」という特別な地位にあるため、主要なパーツをまとめて譲り受けることができました。
👉 つまり、
私たちが今拝んでいるこの建物は、かつて伊勢の地で20年間、神様を祀っていた建物そのものなのです。

🚢 横浜の「守護神」が必要だった、切実な理由
幕末、横浜が「開港」した当初、ここは単なる一漁村に過ぎませんでした。
しかし、急激に外国人が入り混じる国際都市へと変貌します。
そこで当時の人々はこう考えました。
「海外の文化が押し寄せてくる今、日本の精神的な支柱、そして横浜の街を守るシンボルが必要だ!」
こうして明治3年(1870年)、明治政府によって創建されたのが伊勢山皇大神宮です。
👉 つまり、
「近代日本と横浜の夜明け」を象徴するプロジェクトとして誕生した、とてもエネルギッシュな場所なのです。

伊勢山皇大神宮本殿
「本殿」
木で見えづらいですが( ^ω^)・・・

🌿 歴史のバトンは「伊勢」から「横浜」へ
現在、私たちが目にしている立派な本殿。
実はこれ、平成30年に伊勢神宮から「お引越し」してきた建物だということをご存知でしょうか?

20年に一度、社殿を新しくする伊勢神宮の「式年遷宮」。
その際、役目を終えた古い社殿の古材が全国の神社に下げ渡されるのですが、伊勢山皇大神宮にはなんと、最も重要な建物である「内宮の西宝殿」がそのまま譲り受けられたのです。

本物の「お伊勢さま」の空気感をそのまま横浜で感じられる……
まさに「関東のお伊勢さま」の名にふさわしい奇跡的なリレーが行われているんですね。

伊勢山皇大神宮樫の木
神奈川県知事献木の「樫の木」
🌲 「横浜」を象徴する、知る人ぞ知る御神木のエピソード
境内を歩いていると、静かに、しかし力強く枝を広げる一本の「樫(かし)の木」が目に留まります。
この木には、横浜の激動の昭和史を物語るエピソードが刻まれています。
昭和15年(1940年)、当時の神奈川県知事・飯沼一省(いいぬま かずみ)氏によって献木されたこの木。

実はこの年、日本は「皇紀2600年」という大きな節目に沸いていました。
しかし同時に、戦争の足音が刻一刻と近づいていた時代でもあります。
飯沼知事は、激動する世界情勢の中で、
「横浜という国際港湾都市が、いつまでも樫の木のように堅実に、そして揺るぎなく発展し続けるように」
という願いを込めて、この木を植えたといわれています。
空襲によって街の多くが焼失した横浜ですが、この木は戦火を耐え抜き、今もなお、みなとみらいのビル群を見守るように立っています。

その姿は、何度でも立ち上がる横浜の不屈の精神そのもの。
参拝の際は、ぜひその幹に手をかざして、歴史の鼓動を感じてみてください。

伊勢山皇大神宮「杵築宮・子之大神」
「杵築宮・子之大神」
🏯 伊勢神宮「外宮」のデザインを受け継ぐ最新の社殿
現在の杵築宮・子之大神の社殿は、令和5年(2023年)に新しく建て替えられたばかりです。
この社殿は、伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)と同じ「折置組(おりおきぐみ)」という特殊な建築様式で造られています。

本殿が「内宮」の様式であるのに対し、こちらは「外宮」の様式。
つまり、境内のこの一角だけで伊勢神宮の内宮・外宮の両方の雰囲気を味わえる贅沢な空間になっているのです。

💨 野毛の街から「お引越し」してきた子之大神
子之大神(ねのおおかみ)は、もともとは伊勢山のふもとにある野毛地区の氏神様でした。
かつては野毛町4丁目あたりに独立した社殿がありましたが、明治の大火、関東大震災、そして昭和20年の横浜大空襲と、度重なる災害や戦火によって社殿を失ってしまいました。

戦後、行き場を失った野毛の守り神を伊勢山皇大神宮の境内に合祀することになり、現在は杵築宮に同居する形で大切に祀られています。
今でも野毛・桜木町エリアの人々にとっては、ここが自分たちの「地元の神様」としての特別な場所になっています。

🌊 海の中にいた女神「姥姫」の伝説
子之大神には、大国主命などの神様と共に「姥母大神(うばのおおかみ/姥姫)」という女神が祀られています。
この姥姫には少し変わった伝説があります。

かつて桜木町駅周辺がまだ海だった頃、そこには「姥岩(うばいわ)」と呼ばれる岩があり、そこに女神が鎮座していたと伝えられています。
一説には、南北朝時代の悲劇の皇子・護良親王の乳母を祀ったものとも言われており、海辺の街だった横浜の古い記憶を今に伝える存在です。

🧵 輸出の主役「生糸」を守る神様
杵築宮には、伊勢神宮の外宮の神様と同じ「豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)」が祀られています。
明治初期の横浜港において、最大の輸出品は「生糸」でした。

この豊受姫大神は、特に養蚕業者や生糸商人たちから「生糸・蚕種の守護神」として絶大な信仰を集めていました。
横浜が貿易港として世界へ羽ばたいた時代、商売の成功を祈る人々でこの社は大変な賑わいを見せていたのです。


⛩️ 参拝後記
横浜の街を見守るように静かに佇む伊勢山皇大神宮。
その一つひとつに込められた歴史や想いに触れるたびに、この場所がただの神社ではなく、街と人々をつないできた特別な存在なのだと感じました。
華やかなみなとみらいのすぐそばにありながら、ここにはどこか凛とした、心が整う時間が流れています。
御朱印巡りとして訪れるのはもちろんですが、ぜひゆっくりと境内を歩きながら、横浜の歩んできた物語にも思いを馳せてみてくださいね!
2026.04.18 14:34 | comment(0)

成田山 横浜別院 延命院(なりたさん よこはまべついん えんめいいん)で御朱印をいただきました。
成田山横浜別院延命院
📋 基本情報
[成田山 横浜別院 延命院(野毛山不動尊)]
所在地:神奈川県横浜市西区宮崎町30
駐車場:あり
アクセス:JR根岸線・横浜市営地下鉄「桜木町駅」から徒歩約10分

📝 参拝情報
拝観時間:9:00 〜 15:00
土日祝日や縁日(毎月1日・15日・28日)は混雑する傾向があります。
護摩祈祷:定期的に厳修されていますが、時間は日によって異なる場合があるため、参列を希望される際は事前に確認することをお勧めします。

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
・通常御朱印:本尊「不動明王」の文字が記されたもの。
・関東三十六不動霊場の御朱印:専用の紙でのお渡しとなります。
・特別御朱印:金紙を使用した豪華なバージョンや、季節・行事に応じた期間限定のデザインが頒布されることがあります。
初穂料(料金): 一般的な御朱印は300円ですが、金紙や見開き等の特別版はそれ以上の志納金となる場合があります。
・御朱印帳:オリジナルの御朱印帳も用意されています。
授与場所:本堂内の御守・御朱印授与所にて受け付けています。
受付時間:9:00 〜 15:00


桜木町から少し歩いて、野毛山の静かな高台へ。
にぎやかな横浜の街とは少し違う、落ち着いた空気が流れる場所にあるのが「成田山横浜別院(野毛山不動尊)」です。

今回は御朱印をいただきに訪れたのですが、実際に参拝してみると、想像以上に“体感できるお寺”でした。

迫力ある御護摩祈祷、背筋が伸びる不動明王、そして自分で金箔を貼るという少し不思議な祈り——

観光というよりも、
「ちょっと自分を整える時間」を過ごせる場所。

そんな成田山横浜別院の魅力を、御朱印とあわせてご紹介していきます。

野毛山不動尊の御朱印
「頂いた御朱印」
管理人は「関東三十六不動霊場の御朱印」をいただきました!

成田山 横浜別院 延命院本堂
「本堂」
ここのご本尊は、あの成田山新勝寺と同じ不動明王様。
お堂に入ると、お不動様のキリッとした表情に背筋が伸びます。
毎日行われている「御護摩祈祷(おごまきとう)」は、太鼓の音がドンドン!
と体に響いて、自分の中のモヤモヤを全部焼き払ってくれるような大迫力。
これ、本当に浄化される感じがしてクセになります(笑)

📜 ご由緒
成田山横浜別院のはじまりは、明治3年(1870年)。
千葉の名刹である「成田山新勝寺」の横浜別院として建立されました。
この建立に大きく関わったのが、実業家であり易学者として知られる高島嘉右衛門です。

当初は現在の場所ではなく、横浜市南区西中町にある普門院の境内に、遥拝所(ようはいじょ)として設けられたのが始まりでした。

✔️ なぜ横浜に成田山が?
背景にあったのは、開港後の横浜の急速な発展です。
横浜港開港によって、全国から多くの人が横浜に移り住むようになりました。

その中には、成田不動尊を信仰していた人々も多く、「横浜にも成田山の拠点を」という願いが高まります。

その請願を受けて誕生したのが、この横浜別院でした。

✔️ 現在地への移転と寺号の由来
明治9年(1876年)、お寺は現在の野毛山の地へ移転し、「成田山教会所」となります。
さらに明治26年(1893年)、正式に「成田山横浜別院延命院」と改められました。
👉 この「延命院」という名前、実は由緒あるもの。
江戸時代、歌舞伎役者の七代目市川團十郎が、天保の改革の際に江戸払いとなり、一時期身を寄せていた成田山新勝寺の境内に「延命院」という寺がありました。
そのゆかりのある寺号を受け継いでいるのです。

✔️ 徳川家ゆかりの本尊・不動明王
このお寺の中心である本尊・不動明王も、非常に興味深い由来を持っています。

もともとは徳川家の秘蔵仏とされていたもので、元禄年間、成田山新勝寺に対して代々の祈願を願った際に授けられたと伝わっています。

さらに、その制作は聖宝(理源大師)によるものとも言われています。

つまりこの不動明王は、徳川家の信仰と成田山の歴史をつなぐ特別な存在なのです。

金箔医王尊
「金箔医王明王(きんぱくいおうみょうおう)」
👉「医王明王」ってどんな仏さま?
名前だけ聞くと難しそうですが、意味はとてもシンプル。
「医王」=病を治す存在
「明王」=厳しい姿で人を救う仏さま(不動明王の仲間)

つまり
“病気や不調を断ち切るための、ちょっと強めの守護仏”

優しいだけじゃなくて、
「ちゃんと治しなさいよ」と背中を押してくれるような存在です。

金箔医王尊
自分で金箔を貼る、不思議な祈り
この医王明王さま、普通に手を合わせるだけじゃありません。
なんと、自分で金箔を貼ってお願いするスタイルなんです。

授与所で金箔をいただいて、そっと仏像に貼る。
そして「ここを良くしたい」と思う自分の体の部分と重ねて祈ります。

例えば
・肩こりがつらい → 肩のあたりに
・体調を整えたい → 胴体のあたりに

そんなふうに、自分の体と仏さまをリンクさせる感覚

ただお願いするだけじゃなくて、
ちゃんと“自分の身体と向き合う時間”になるのが印象的でした。


⛩️ 参拝後記
今回の参拝は、御朱印をいただくのが目的でしたが、気づけばそれ以上に“心に残る時間”になっていました。
不動明王の前に立つと自然と背筋が伸び、御護摩の音に包まれると、頭の中のモヤモヤがすっと消えていくような感覚。
そして金箔を貼る体験では、自分の体や状態と向き合う時間にもなりました。

横浜という都会の中にありながら、ここにはしっかりと「祈りの場所」としての空気が流れています。

御朱印巡りがきっかけでも、ちょっとした気分転換でも大丈夫。
ふと立ち寄るだけでも、きっと何かをリセットできる——

そんな静かな力を感じるお寺でした。
2026.04.17 16:20 | comment(0)

金山神社(かなやまじんじゃ)で御朱印をいただきました。
金山神社
📋 基本情報
[金山神社](公式X)
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師駅前2丁目13−16
駐車場:あり
アクセス:京急大師線「川崎大師駅」南口より徒歩約2分

📝 参拝情報
参拝時間:24時間
授与所受付時間:9:00〜17:00
御朱印受付時間:9:00〜16:30

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
通常御朱印:書体のみのものと、土日祝限定のイラスト入り(かなまら様や仁徳天皇のモチーフ)があります。
期間限定御朱印
かなまら祭限定:毎年4月の祭り期間中に頒布される特別なデザインです。
季節・行事限定:夏詣、山の日、注連縄作り、オヤシロフェスなど、時期に応じた限定デザインが多数用意されます。
ミニ御朱印:通常サイズより小さい「ミニ御朱印」の授与も行っています。
初穂料(料金): 500円 (以前は300円でしたが変更されました)。
※一部の祭事限定御朱印は1,000円となる場合もあります。
授与場所:若宮八幡宮の本殿に向かって右側の授与所にてご対応いただけます。
受付時間:9:00 〜 16:30
注意点:原則として御朱印帳への直書きですが、書き手不在時や一部の限定品は書き置き(紙)での授与となります。


神奈川県川崎市にあるちょっとユニークでパワフルな神社、「金山神社」をご紹介します。
川崎大師のすぐそば、若宮八幡宮の境内にあるこの神社。
実は「かなまら様」という愛称で、今や日本国内だけでなく世界中から参拝者が訪れる超人気スポットなんです。

金山神社の御朱印
「直書きでいただいた御朱印」

金山神社の鳥居
「鳥居」
緑に包まれた小さな鳥居をくぐると、そこには静かでやさしい空気が流れていました。

🔍 金山神社ってどんなところ?
金山神社は、金属加工や鍛冶の神様である「金山比古神」と「金山比売神」を祀っています。
鉄の神様であることから、「折れない心」や、転じて「夫婦和合」「子孫繁栄」、さらには「性の守護神」として古くから信仰されてきました。

金山神社の拝殿
「拝殿」
平成11年に再建された社殿は必見!
鉄板で覆われた黒一色の「正八角形」のデザインは、他の神社ではなかなか見られないモダンで力強い雰囲気です。

📜 ご由緒
古くからこの地で「鍛冶の神」として祀られてきましたが、詳細な創建時期の記録は残っていません。
江戸時代には既に現在の「かなまら祭」の原型となる信仰があったことが確認されています。
もともとは現在の京急「川崎大師駅」の東側(現在のセブンスターマンション付近)に独立して鎮座していました。
大正時代、当時の京浜電気鉄道(現:京浜急行)が路線の拡張(ループ線の建設)を行う際、神社の境内地が線路にかかってしまったため、大正13年(1924年)に、現在の若宮八幡宮の境内へと遷されました。

かなまら様
境内の「金属製の黒いシンボル」
境内で目を引く黒いシンボルは、御神体である「かなまら様」を象ったものです。
👉 なぜ「黒」なのか?
それは、この神社の神様が「鉄」や「鍛冶」の守護神だから。
鉄の質感を表現した黒い姿は、職人の魂と力強さの象徴でもあるのです。

💫 神話から読み解く「性の神様」へのルーツ
金山神社の御祭神は、金山比古神(かなやまひこのかみ)と金山比売神(かなやまひめのかみ)の二柱。
日本神話によると、火の神を産んで大火傷を負ったイザナミを看病したのがこの神様たちだとされています。
このエピソードから、「下半身の病気平癒」や「安産」の守護神として信仰されるようになりました。
また、鍛冶で使う「ふいご」のピストン運動が男女の和合を連想させることから、次第に子孫繁栄や夫婦和合の神様としても親しまれるようになったといわれています。

🌸 江戸時代の遊女たちも祈った、歴史ある神社
実はここ、江戸時代の「川崎宿」で働いていた飯盛女(遊女)たちが、性病除けや商売繁盛を願って夜な夜な参拝した場所でもあります。
当時は、地面に筵(むしろ)を敷いて祈ったことから「地べた祭」と呼ばれていました。
それが今の「かなまら祭」へと受け継がれているのです。

🎈 世界が熱狂!「かなまら祭」
毎年4月の第1日曜日に開催される「かなまら祭」は、SNSでもたびたび話題になりますよね。
ピンク色の「エリザベス神輿」が街を練り歩く光景は圧巻。
多様性を認める現代において、エイズ除けや安産祈願など、あらゆる願いを包み込む懐の深いお祭りとして愛されています。

⛩️ 参拝後記
「ちょっと変わった神社かな?」と思って訪れると、その歴史の深さと温かい雰囲気に驚かされる金山神社。
一見すると刺激的な光景ですが、その背景には「命を繋ぐこと」への真摯な願いと、鉄鋼の町・川崎らしい歴史が詰まっています。
ユニークなお守りや絵馬もたくさんあるので、ぜひ一度、そのパワーを感じに足を運んでみてはいかがでしょうか?
夫婦やカップルでのデート、女子旅でのパワーチャージにもぴったりの場所ですよ。
2026.04.16 15:48 | comment(0)
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関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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