小網神社(こあみじんじゃ)で御朱印をいただきました。

小網神社
所在地:東京都中央区日本橋小網町16-23
駐車場:なし
アクセス:東京メトロ日比谷線人形町駅A2出口より徒歩約5分、東京メトロ半蔵門線水天宮前駅8出口より徒歩約7分

「ここ、ちょっと普通じゃない神社です。」

戦地へ向かった兵士が“全員生還”し、東京大空襲でも“なぜか無傷で残った”社殿。

さらに、金運アップのご利益でも話題となり、今では全国から参拝者が訪れる人気スポットとなっています。

それが、東京・日本橋に鎮座する「小網神社」。

なぜこれほどまでに“強運”と呼ばれるのか――。
その理由を知ると、きっと一度は参拝してみたくなるはずです。

👉主な見どころとご利益
・「強運厄除」
社殿に施された「昇り龍・降り龍」の彫刻が有名で、強運の象徴とされています。

・「東京銭洗い弁天」
境内の「銭洗いの井」で金銭を清め、財布に入れておくと金運が授かるといわれています。

・「福禄寿」
健康長寿や福徳のご利益があるとされる「日本橋七福神」の一柱が祀られています。

👉都内屈指の「強運厄除け」と言われる理由
都内でも特に“強運”のご利益があると評判の神社。
なぜここまで人気を集めているのか――

その理由は、数々の不思議な逸話にあります。

🔥 不沈の神社 ― 東京大空襲でも無傷
1945年の東京大空襲では、日本橋一帯が焼け野原となりました。

しかし――

この神社の社殿は、奇跡的に戦災を免れたのです。

周囲が火の海となる中、ぽつんと焼け残ったその姿は、まさに“強運”の象徴。

現在も、日本橋エリアで唯一残る戦前の木造社殿として、当時の姿を今に伝えています。

💰 金運アップでも話題に
近年では、芸能界最強の占い師として知られるゲッターズ飯田さんが

「東京で一番おすすめの神社」

として紹介したことで、一気に注目を集めました。

特に人気なのが境内にある「銭洗いの井」。

ここでお金を清めて財布に入れておくと、“種銭”として金運を呼び込むと言われています。

そのため、投資家や経営者の参拝も多いそうです。

🐉 龍が願いを届ける?昇り龍・降り龍

社殿には、左右に一対の龍の彫刻が施されています。

・「昇り龍」 願いを神様へ届ける
・「降り龍」 ご利益を参拝者へ授ける

この龍たちは単なる装飾ではなく、
強い力を宿す存在として信じられています。

そのため、多くの参拝者が龍の姿を写真に収め、ご利益を持ち帰ろうとする姿が見られます。

🌿 まとめ

奇跡の生還、不沈の社殿、そして金運や龍のご利益――

これらの逸話が重なり合い、この神社は

「都内屈指の強運厄除け」

と呼ばれるようになりました。

ただのパワースポットではなく、歴史と人々の信仰が積み重なった

“本物の強運の地”

そう感じさせてくれる、不思議な魅力を持つ神社です。


頂いた御朱印は2種類
「通常御朱印」と「小網弁財天」
どちらも書置きです。


令和3年12月20日に参拝した時には、鳥居に新年を迎える松が飾られていました。

小網神社が「都内屈指の強運厄除け」と呼ばれる理由は、
単なる言い伝えではなく、実際に語り継がれてきた数々の逸話にありました。

戦地からの奇跡の生還、空襲を免れた社殿、
そして現代でも多くの人が実感している金運や厄除けのご利益。

こうした“積み重なった事実”こそが、
この神社の特別な存在感を生み出しているのだと思います。

実際に訪れてみると、決して大きな神社ではないものの、
どこか引き締まった空気と、不思議と心が落ち着く感覚がありました。

「流れを変えたい」「運を引き寄せたい」

そんな時に、そっと背中を押してくれるような場所。

小網神社は、ただのパワースポットではなく、
人生の節目に訪れたくなる“本物の強運の神社”でした。
2022.07.11 17:05 | comment(0)

河内源氏ゆかりの冠稲荷神社(かんむりいなりじんじゃ)で4種の御朱印を頂きました。
2022.05.18参拝

いなり幼稚園がある正面参道に建つ南大鳥居。
無料駐車場も広く、たくさんあってお参りしやすい神社です。

「冠稲荷神社」
所在地:群馬県太田市細谷町1
駐車場:あり(無料)
アクセス:東武伊勢崎線「細谷駅」から徒歩約22分

「神社って、どこも似たような感じじゃない?」
……そう思っているあなたにこそ、ぜひ行ってほしい場所があります。

それが、群馬県太田市にある『冠稲荷神社』。
ここはただの由緒正しい神社(日本七社の一つ!)ではなく、ツッコミどころと癒やしが詰まった、まさに「神社のテーマパーク」なんです!


参道左手に菅原社・厳島社・諏訪社・八坂社の四社が鎮座しています。
参道の右手には美咲稲荷社と、その裏手には聖天宮日高社も鎮座していました。

👉圧巻の「真っ赤な世界」がSNS映えすぎる!

鳥居をくぐった瞬間、目に飛び込んでくるのは鮮やかな「朱色」。
どこを撮っても絵になるのですが、特に春(3月下旬〜4月上旬)は必見。
県指定天然記念物の「冠稲荷のボケ」が、400羽の緋色の鳥が羽を休めているかのように咲き誇ります。
この「赤×赤」のコントラストは、スマホのシャッターが止まりません。


「冠稲荷七福神殿」
👉「14回も拍手するの!?」
前代未聞の参拝スタイル「七福神殿」。

ここには7柱の神様が勢揃いしているのですが、参拝作法が超ユニーク。
なんと「14礼14拍手1礼」!
パパンパパン……と叩き続ける姿は、ちょっとしたリズムゲーム状態。
心を込めて(そしてリズムを外さないように)挑戦してみてください。


本殿左奥には「白狐社」があります。
かわいいお稲荷様がズラーッと並んでいる姿は圧巻でした。


「冠稲荷神社拝殿」

📜 冠稲荷神社の由緒と源氏との深い関わり

冠稲荷神社は、天治2年(1125年)、
上野国八幡荘を領していた源義国によって創建されたと伝えられています。

義国は、清和源氏の名門・河内源氏の一門にあたる人物で、
嫡男・義重は新田氏、次男・義康は足利氏の祖となりました。

⚔️ 源義国という人物

義国は本来、「源氏の棟梁」となることを期待されていた人物でした。

しかし、その激しい気性からたびたび乱暴狼藉を働き、
最終的には後継者の座を外されてしまいます。

官位が加賀介だったことから、
「荒加賀入道」と呼ばれるほどの荒々しい人物だったようです。

🏹 源義経も立ち寄った神社

承安4年(1174年)、
源義経が奥州平泉へ向かう途中、

この地が源氏ゆかりの神社であることを知り、立ち寄ったと伝えられています。

そして、冠の中に納めていた
伏見稲荷大社の御分霊を、
この地に祀ったとされています。

⚔️ 新田義貞の戦勝祈願

さらに時代が下り、元弘3年(1333年)。

新田義貞は、
鎌倉幕府討伐の際、この神社で戦勝祈願を行いました。

その後、鎌倉へ進軍し東勝寺合戦で北条氏を破り、
鎌倉幕府を滅亡へと追い込みます。

🌿 源氏ゆかりの神社

ちなみに、

源義経は河内源氏・源義朝の九男
新田義貞は義国流新田氏の嫡流

という関係にあります。

こうした人物たちの足跡を見ると、
冠稲荷神社がいかに河内源氏と深く結びついた神社であるかがよくわかりますね。

👉朱印が、もはやアート作品
ここの御朱印、とにかくデザインが可愛いんです!
季節ごとに変わるイラストや、キツネさんがひょっこり顔を出している限定御朱印は、集めていなくても欲しくなるレベル。
最近は「直書き」の日が限られているので、事前に公式サイトをチェックするのが通の楽しみ方です。

👉参拝後のご褒美「ぱいしゅー」は外せない
境内に隣接する『ティアラグリーンパレス』内のカフェへ。
ここの名物「ぱいしゅー」が絶品なんです。
サクサクのパイ生地に濃厚なクリーム……。
神聖な空気で心を浄化した後に食べる甘いものは、まさに「神の恵み」です。








今回拝受した御朱印は4種、直書きで頂けました。

冠稲荷神社は御朱印の種類も豊富で、特に「限定御朱印」はデザインも可愛いものが多くて選ぶのが楽しいですよ。

管理人は今回は限定御朱印は拝受しませんでしたが、次回は限定御朱印を拝受したいと思います。

縁結びや子宝のご利益はもちろん、歩くだけで元気がもらえるパワースポット「冠稲荷神社」。

「最近、運気が停滞気味かも?」

という方は、ぜひ14拍手のリズムを刻みに行ってみてください!
2022.06.22 02:04 | comment(0)

人見山昌福寺(ひとみざん しょうふくじ)で御朱印を拝受しました。
2022.05.18参拝

昌福寺山門、両脇には木造の仁王像が建立されています。

「人見山昌福寺」
所在地:埼玉県深谷市人見1391-1
駐車場:あり(無料)
アクセス:JR高崎線「深谷駅」から車で約10分

埼玉県深谷市。
ネギのイメージが強いこの街に、実は「深谷の殿様」が愛した隠れ名所があるのをご存知ですか?
今回は、仙元山(せんげんやま)のふもとに佇む曹洞宗の古刹、人見山 昌福寺をご紹介します。

👉深谷城主「上杉氏」が眠る場所
このお寺、実はただのお寺ではありません。
かつてこの地を治めた戦国大名・深谷上杉氏の菩提寺なんです。
境内には初代城主・上杉房憲公や、上杉憲盛公のお墓がひっそりと並んでいます。
上杉謙信公の「山内上杉家」とはまた違う、深谷に根を張った武士たちの歴史を感じる、まさに深谷の聖地。
深谷城跡を巡ったあとにここを訪れると、当時の空気感がぐっと身近に感じられますよ。


「深谷城址公園」

🏯 昌福寺に眠る殿様の城「深谷城」ってどんなお城?
昌福寺を語る上で欠かせないのが、かつてこの地を治めた深谷城(ふかやじょう)の歴史です。
お寺を訪れる前に、その数奇な運命をサクッとおさらいしておきましょう。

① 深谷上杉氏のプライド「鉄壁の平城」
深谷城は、室町時代の1456年頃、上杉房憲によって築かれました。
昌福寺に眠るあの殿様ですね!
当時は周囲に深い沼地が広がる「天然の要塞」で、唐沢川の水を引き込んだ水堀に囲まれた非常に守りの固いお城でした。

② 戦国の荒波を生き抜いた「知略」
戦国時代、関東は北条氏・武田氏・上杉謙信といった強豪たちが激突する激戦区に。
深谷上杉氏は、時に謙信と結び、時に北条に属し、巧みな外交でこの地を守り抜きました。
しかし、1590年の豊臣秀吉による「小田原征伐」の際、ついに開城。
深谷上杉氏としての城主の歴史に幕を閉じます。

③ 徳川家康の息子も城主に!
その後は徳川家康の領地となり、なんと家康の息子(松平忠輝など)が城主を務めたこともありました。
江戸時代初期に廃城となりましたが、現在は「深谷城址公園」として整備され、地域の人々の憩いの場となっています。

昌福寺には、この激動の時代を駆け抜けた初代・房憲公や、最後の城主・憲盛公が今も静かに眠っています。
お城跡を歩いた後に昌福寺へ向かうと、まるで戦国時代の物語がつながるような感覚になりますよ!


「仁王像吽形」


「仁王像阿形」


「本堂」
関東管領上杉家の諸家であった上杉房憲は、敵対する古河公方足利成氏勢の備えとして深谷城を築城した際に、父祖の菩提を弔うために昌福寺を創建されたそうです。

👉室町の美学!市指定の名勝「昌福寺庭園」
昌福寺の最大のハイライトは、本堂の裏手に広がる名勝・昌福寺庭園です。
室町時代に作られたと伝えられるこの庭園は、決して派手ではありません。
しかし、自然の地形を活かした素朴で力強い石組みや、四季折々の表情はまさに「わびさび」の世界。
特に紅葉のシーズンや、新緑の季節は、時間を忘れて眺めていたくなるような静寂に包まれます。
管理人は素敵な庭園だったのに写真撮るの忘れてしまいました( ノД`)


本堂の左奥に構えられた上杉房憲公と深谷上杉氏累代の墓所。
昌福寺の開祖・上杉房憲公の当主時代の戦果や最期など、詳細はわかっていないそうです。


拝受した御朱印
御朱印は本堂右側の庫裡「昌芳閣」で拝受させて頂く事が出来ます。
管理人が伺ったときはインターフォンを押してお願いすると快く応じてくださいました。
突然お伺いしたにもかかわらず丁寧に対応して下さり、メモ帳まで頂く事が出来て感激しました。

お近くの方はぜひ、深谷城と昌福寺の開祖・上杉房憲公の墓所にお手を合わせにいらっしゃってみて下さい。
2022.06.20 01:55 | comment(0)
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プロフ

関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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