愛宕山 南蔵院の御朱印|受付時間・志納料・アクセス・境内の見どころを紹介【埼玉県久喜市】

埼玉県久喜市にある愛宕山 南蔵院へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、愛宕山 南蔵院の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。

🖌️ 南蔵院の御朱印の種類と志納料


御朱印の種類:関東八十八ヵ所霊場(第80番札所)の御朱印
志納料:500円
受付場所:境内にある寺務所(自宅を兼ねた母屋)
受付時間:9:00~16:00頃
ご住職が在宅していれば御朱印帳に直接書いていただけますが、不在時は書置きの御朱印が用意されており、本堂のお賽銭箱に志納料を納めるようになっています。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。
参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

📖 管理人がいただいた御朱印


愛宕山 南蔵院の御朱印

今回いただいた南蔵院の御朱印


関東八十八ヵ所霊場の御朱印をセルフ式の書置きでいただきました。
忍領三十三観音霊場第18番札所の御朱印は置いてありません。

愛宕山 南蔵院の御朱印

セルフ方式の御朱印


ありがたいことに写真のような形で、ご住職様がご不在でも参拝者や巡礼者に御朱印が頒布できるように、庫裡(母屋)の玄関前に丁寧にご用意くださっています。
お会いしたことはございませんが、ご住職様の優しいお人柄を感じ、心がとても温かくなりました。

📋南蔵院の基本情報


愛宕山 福聚寺 南藏院(あたごさんふくじゅじなんぞういん)
所在地:埼玉県久喜市菖蒲町新堀2585
霊場/札所:関東八十八ヵ所霊場第80番札所、忍領三十三観音霊場第18番札所
駐車場:無料駐車場あり

🗺️ 交通アクセス


駅やバス停からは距離があるため、車での参拝がおすすめです。

🚃 電車でのアクセス


・JR高崎線「桶川駅」または「北本駅」から徒歩約約2時間~2時間30分
駅から徒歩では現実的ではないためバスまたはタクシー利用も考慮してください。
桶川駅東口または北本駅東口からタクシーで約20分~30分(運賃目安:約3000円〜4000円前後)で到着できます。

🚌 バスでのアクセス


・JR宇都宮線・東武伊勢崎線「久喜駅」から朝日バス(菖蒲仲橋行き)で「上町」バス停下車、徒歩約25分
・JR高崎線「桶川駅」東口から朝日バス「菖蒲仲橋行き」で、終点「菖蒲仲橋」バス停下車、徒歩約30分

🚗 車でのアクセス


・圏央道「白岡菖蒲IC」から約10分〜15分
白岡菖蒲ICを下りて、旧国道122号・県道313号線を経由するルートが最も近くてスムーズです。
・東北自動車道「久喜IC」から約20分〜25分
久喜ICから県道146号線や県道313号線などを経由し、菖蒲町新堀方面へ西に進む分かりやすいルートです。

📝 南蔵院の参拝情報


推奨時間:9:00〜16:00頃
日中の明るい時間帯(常識的な時間内)であれば、境内に入って自由に参拝することができます。
※インターネット上の検索結果では、福岡県にある有名な「南蔵院(世界最大の涅槃像がある寺院)」の営業時間(9:00〜17:00)の情報が混ざって表示されることが非常に多いですが、久喜市の南蔵院とは別の寺院ですのでご注意ください。

👣 管理人の参拝状況


参拝した時間帯:土曜日の午後(15:20~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:セルフ式
滞在時間:約15分

🚶 南蔵院の御朱印参拝記


周囲をのどかな田んぼや農村風景に囲まれた「南蔵院」。
一歩境内に足を踏み入れると、こんもりとした木々に包まれた静寂で厳かな空気が流れる癒やしのパワースポット。
実はこの南蔵院、一見すると静かな里のお寺ですが、歴史を紐解くと戦国時代の激動の歴史や、すぐ近くにある「菖蒲城」の存在が色濃く関わっている、非常に奥深い由緒を持った古刹なのです。

ここからは実際に管理人が境内を散策して撮影した写真とともに、境内の様子や注目のスポットをご紹介します。

愛宕山 南蔵院の入り口
関東八十八ヶ所霊場・第80番札所「南蔵院」へ
入り口の右手に堂々と佇む石碑には「真言宗智山派 南蔵院」の文字が深く刻まれています。
ここは古くから多くの巡礼者が訪れる、関東八十八ヶ所霊場の第80番札所。
瓦屋根が美しい山門へとまっすぐ続く参道は、自然と心がすっと落ち着きます。
お寺の歴史と格式を感じさせてくれる、最初のシャッタースポットです。

愛宕山 南蔵院の参道の六地蔵
参道に佇む「六地蔵尊」の深い意味
山門の手前、参道の左手で迎えてくれるのが、こちらの立派な「六地蔵」です。
木造の風格ある屋根(地蔵堂)に守られるようにして、6体のお地蔵さまが綺麗に並んで佇んでいます。
仏教において六地蔵は、私たちが輪廻転生する6つの世界(六道)から人々を救ってくださるといわれています。

愛宕山 南蔵院の参道の石仏群
参道沿いの荘厳な石仏群
南蔵院の参道には、このように歴史を刻んだ貴重な石仏が数多く残されています。
丁寧に整えられた台座の上にずらりと並ぶ姿は圧巻で、古くからこの地で重ねられてきた信仰の歴史を現代に伝えています。
所々に小さな石灯籠(香炉)も置かれており、今もなお大切に守られていることが伺えます。
歴史好き・お寺巡り好きにはたまらない、見応えのあるシャッタースポットです。

愛宕山 南蔵院の山門
南蔵院の山門、額縁のように切り取られた本堂の美景
南蔵院のシンボルとも言えるこの山門は、左右に広がる趣ある石塀と調和し、お寺の格式高さを際立たせています。
門の柱や梁に刻まれたディテールからは、職人の丁寧な手仕事と伝統の重みがひしひしと伝わってきます。
開かれた門がまるで一枚の絵画の「額縁」のようになっており、奥に見える本堂や赤いのぼり旗、豊かな緑を美しく切り取っている、境内屈指のベストビューポイントです。

愛宕山 南蔵院の「観音菩薩像」
優しく微笑む美しい「観音菩薩像」
境内のなかに静かに佇む、こちらの美しい女性のお姿をした像は、人々の苦しみを除き、願いを叶えてくださるという観音菩薩(観音さま)です。
蓮華の台座の上に立ち、手には蓮の花(蕾)をそっと携えていらっしゃいます。
その慈悲深く穏やかな微笑みを見上げていると、日々の忙しさでささくれ立った心も、不思議と穏やかになっていくのを感じます。
青々と茂る緑を背景に、凜とした美しさが際立つパワースポットです。

愛宕山 南蔵院の弘法大師(空海)や興教大師(覚鑁)の像や供養塔
真言宗の歴史を今に伝える、弘法大師さまと数々の記念碑が並ぶ聖域
南蔵院が属する「真言宗智山派」にとって、欠かせない祖師たちが祀られているのがこの場所です。
右側には「弘法大師千百五十年忌」の文字が刻まれた立派な塔があり、古くから地域の人々が大切にお大師さまを信奉してきたことが分かります。
のぼり旗に書かれた「南無興教大師」とは、新義真言宗の祖である覚鑁(かくばん)への祈りの言葉。
お寺巡りをしながら、仏教の歴史ロマンに浸ることができる貴重な空間です。

愛宕山 南蔵院の鐘楼
歴史を重ねた風情ある「鐘楼」
南蔵院の鐘楼は、四方の柱で重厚な屋根と梵鐘を支える、伝統的な造りになっています。
よく見ると、屋根の四隅には風鈴のような「風鐸」が下がり、手前には小さな石仏が優しく佇むなど、細部まで見どころが詰まっています。
周囲の穏やかな田園風景のなかに、大晦日の除夜の鐘や年中行事のたびに、深く厳かな鐘の音が響き渡る様子が目に浮かぶよう。
長い歴史を刻んだ木肌の質感と、中央に吊るされた青銅の鐘の佇まいは格別で、お寺らしい静寂と厳かな空気をより一層引き立ててくれるシャッタースポットです。

愛宕山 南蔵院の本堂
御本尊・不動明王が祀られる本堂
山門をくぐり、まっすぐ伸びる参道の先に佇むのが、南蔵院の「本堂」です。
大きく裾を広げた美しい瓦屋根と、歴史を重ねた重厚な木造の造りに思わず圧倒されます。
本堂の前には青銅製の香炉が置かれており、お線香の香りに包まれながら静かに手を合わせると、心がすっと洗われていくような深い安らぎを感じます。
のどかな田園地帯に隠れた、まさに日々の喧騒を忘れさせてくれる神聖な空間です。

愛宕山 南蔵院の愛宕大権現
歴史の趣を色濃く残す「愛宕社」
愛宕大権現といえば、古くから「火伏せ(防火)」や厄除けの神様として篤く信仰されてきました。
木の温もりを感じる素朴なお堂は、周囲の木々や手入れされた植栽と見事に調和しており、まるで古くからこの地を守り続けている鎮守の杜のような佇まいです。
本堂へのお参りとあわせてこちらにも足を運び、日々の暮らしの平穏を祈願してみてはいかがでしょうか。

愛宕山 南蔵院の南蔵院境内の見事な「庚申堂」
南蔵院境内の見事な「庚申堂」
このお堂は、江戸時代から盛んに行われていた「庚申信仰」の貴重な足跡です。
格子戸の奥には、地域の人々が健康や長寿を願って建立した庚申塔が大切に護られています。
お堂の梁に施された彫刻や、手前に並ぶ一対の石灯籠など、細部まで丁寧な造りになっており、お寺の建造物としての見応えも十分。
南蔵院が長年、地域の人々の暮らしや祈りに寄り添ってきたことを教えてくれる大切な場所です。
このお堂を見ているだけで、昔の門前町の風景や、ここを訪れた大勢の旅人たちの姿が目に浮かぶような、歴史ロマンあふれる魅力的なスポットです。

📜 南蔵院の由緒と歴史


南蔵院の創建は、いまから400年以上前、戦国時代が終わりを告げようとしていた慶長元年(1596年)と伝えられています。
その後、江戸時代の天和3年(1683年)に入寂(逝去)した僧・快印(かいいん)によって「中興開山」がなされました。
古くからこの地域(新堀・菖蒲地域)の守り神・祈願所として、以下のようなたくさんのご利益で里人たちの信仰を熱く集めてきました。

南蔵院で授かれるご利益


厄除け・安産子育・息災延命・ろくさん除け
(ろくさん除けとは、頭・胸・お腹など、体の特定の部位に起こる病気を払う祈祷のこと)

現在では、「関東八十八ヵ所霊場」の第80番札所、そして「忍領三十三観音霊場」の第18番札所にも指定されており、全国から巡礼の参拝客が訪れるお寺となっています。

⚔️ 近隣の「菖蒲城」との深いつながり


南蔵院が位置する久喜市菖蒲町新堀という土地は、戦国時代、地域の中心であった「菖蒲城」のすぐ目と鼻の先にあります。

◆ 菖蒲城とは?


古河公方に仕えた武将・佐々木(金子)氏が室町時代(15世紀後半)に築城したとされ、武蔵国(現在の埼玉・東京など)の北東部を守る重要な拠点でした。
戦国時代には、後北条氏(小田原北条氏)の勢力下に入り、周辺では上杉謙信の軍勢との激しい領地争いも繰り広げられました。

菖蒲城跡
菖蒲城跡
康正2年(1456年)古河公方・足利成氏の命により金田則綱(菖蒲佐々木氏)が築城、以降6代に亘り金田氏の居城となった。
城の竣工が5月5日の菖蒲の節句であったため菖蒲城と命名された。
5代城主・金田頼綱の時代に小田原北条氏に属する忍城の成田氏の支配下となった。
天正2年(1574年)北条氏政と上杉謙信が争った第三次関宿合戦の際、攻め寄せた上杉謙信の軍勢に城下を焼討ちにされたという。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐の際、小田原北条氏に属する忍城主・成田氏長に従ったため菖蒲城は廃城となり、6代城主・金田秀綱は所領を失なったため大塚姓を称し帰農した。

◆ 南蔵院が生まれた背景


南蔵院が創建された「慶長元年(1596年)」のわずか6年前、天正18年(1590年)に豊臣秀吉の「小田原征伐」が起こります。
この際、豊臣方の前田利家や浅野長政らの大軍に攻められ、菖蒲城は激しい戦火の末に落城・廃城となってしまいました。
お城とその城下町が一度は荒廃してしまったこの地域を、復興させ、人々の心を癒やすために江戸時代直前に建てられたのが、この南蔵院だとされています。
城下町(武家や領民)の記憶がまだ生々しく残る時代に、新しく平和な時代を祈る象徴として、この地に不動明王が据えられたのです。
南蔵院の周辺を歩くと、かつて城下町の防衛や農業のために張り巡らされた古い堀や水路の跡(北沼落川など)が今も残っており、戦国時代の名残を肌で感じることができます。


⛩️ 参拝後記
関東八十八ヶ所霊場の第80番札所でもある南蔵院。
荘厳な本堂はもちろん、境内の左手に佇む弘法大師碑、庚申堂、そして山号の由来でもある愛宕大権現など、一つひとつのスポットに深い歴史と、古くから地域の人々が重ねてきた祈りの息吹を感じることができました。
御朱印巡りや歴史散策が好きな方には、ぜひじっくりと時間をかけて歩いてほしいおすすめの名刹です。
初夏には近くの「菖蒲城趾あやめ園」のあやめやラベンダーも見頃を迎えるので、あわせてドライブ旅の計画を立ててみるのもおすすめですよ!
2026.06.02 18:33 | -Goshuindo-
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