厳島神社の御朱印と御朱印帳|宮島参拝と厳島の戦いを解説【広島県廿日市市】

厳島神社の御朱印と御朱印帳|宮島参拝と厳島の戦いを解説


広島県廿日市市の宮島に鎮座する嚴島神社(厳島神社)で、御朱印と御朱印帳を拝受しました。
厳島神社は、海に浮かぶように見える大鳥居と朱塗りの社殿で知られる、日本を代表する神社のひとつです。
日本三景「安芸の宮島」としても有名で、世界文化遺産にも登録されています。
安芸の戦国大名・毛利元就が、陶晴賢を破った「厳島の戦い」の舞台としても知られています。

この記事では、厳島神社でいただいた御朱印と御朱印帳、境内の見どころ、アクセス、そして毛利元就が陶晴賢を破った「厳島の戦い」について、実際に参拝した写真とともに紹介します。

この記事でわかること
・厳島神社の御朱印
・厳島神社の御朱印帳
・宮島・厳島神社の見どころ
・厳島神社へのアクセス
・毛利元就と厳島の戦いの流れ
厳島神社の御朱印情報

受付場所:本殿右側の授与所
受付時間:開門時間〜閉門時間(通常6:30〜17:00〜18:00頃、季節により変動)
初穂料:300円
注意点:有料拝観エリア内にあるため、御朱印をいただくには別途厳島神社の拝観料(大人300円)が必要です。

御朱印をいただく際は、まず社殿に参拝してから授与所へ向かう流れが自然です。
観光客も多い神社なので、混雑する時間帯は少し余裕を持って参拝するのがおすすめです。

管理人がいただいた厳島神社の御朱印

「嚴島神社」と力強く書かれた、格式を感じる直書きの御朱印です。
日本を代表する神社であり、宮島参拝の記念としても特別感のある御朱印でした。


厳島神社では御朱印帳も拝受しました。
宮島らしい雰囲気を感じられる御朱印帳で、厳島神社の御朱印とあわせていただくと、参拝の思い出がより深く残ります。
御朱印巡りをしている方にとって、世界遺産の神社で御朱印帳をいただけるのは大きな魅力です。
基本情報

名称:厳島神社(嚴島神社)
所在地:広島県廿日市市宮島町1-1
御祭神:市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命
創建:593年と伝わる
主な見どころ:大鳥居、海上社殿、回廊、能舞台
御朱印:拝受あり(直書き)

厳島神社へのアクセス
厳島神社へ行くには、まず宮島口を目指します。
JR「宮島口駅」または広電「宮島口駅」から宮島口桟橋へ向かい、フェリーで宮島桟橋へ渡ります。
フェリーの所要時間は約10分です。
宮島桟橋に到着したら、表参道商店街方面を通って厳島神社へ向かいます。
参道には飲食店やお土産店も多く、参拝前後に宮島散策を楽しめるのも魅力です。
厳島神社とは

厳島神社は、瀬戸内海に浮かぶ宮島に鎮座する神社です。
古くから島そのものが神聖な場所として崇められてきたとされ、潮の満ち引きする海辺に社殿が建てられているのが大きな特徴です。
現在のような壮麗な社殿は、平安時代に平清盛によって整えられました。
朱塗りの社殿、海上に立つ大鳥居、背後に広がる弥山の緑が一体となった景観は、まさに日本を代表する神社建築の美しさです。
管理人の参拝記

厳島神社の桟橋前広場
宮島旅のスタート地点・桟橋前広場
フェリーを降りて広場に出ると、まず目に飛び込んでくるのがこの大きな一対の石灯籠です。
右側には「歓迎」の文字が刻まれていて、宮島にやってきた実感が一気に湧いてきます。ここからいよいよ、世界遺産の島・宮島の観光がスタートします。

厳島神社の参道「海岸通り」
厳島神社へのプロローグ、光あふれる宮島の海沿い散歩
宮島に上陸し、厳島神社へと向かう道中の一コマ。
賑やかな商店街の1本海側にある「海岸通り」は、心地よい潮風を感じながらのんびり歩けるおすすめのルートです。
見上げると、宮島のシンボルでもある神聖な「弥山(みせん)」が、青空に向かって堂々とそびえ立っていました。

厳島神社の石大鳥居と立派な狛犬
海に浮かぶ鳥居だけじゃない!陸の玄関口を守るもう一つの大鳥居
商店街を抜けると、目の前に現れるのが大きな「石大鳥居」です。
鳥居の両脇には大正時代に建てられたという、とても立派な青銅製の狛犬が並んでいて、ここから先が神聖なエリアであることを教えてくれます。
右側には瀬戸内海が広がっていて、歩いているだけでとても気持ちが良い場所でした。

厳島神社の社殿と回廊
厳島神社の美しい東廻廊
拝観受付を済ませて最初に向かうのが、この美しい朱塗りの「東廻廊」の入口です。青い空と緑の山、そして鮮やかな朱色のコントラストが本当に見事で、入る前から思わず何枚も写真を撮ってしまいました。ここからいよいよ、海に浮かぶ神秘的な境内へと進んでいきます!

厳島神社の社殿と美しい吊灯籠
厳島神社の廻廊と床下の秘密
厳島神社を訪れたらぜひ注目したいのが、廻廊を彩る吊灯籠と、海に耐える柱の構造です。
潮の満ち引きによって表情を変える床下の景色は、宮島ならではの見どころ。
幾重にも重なる朱塗りの梁と柱の規則正しい並びが、どこを切り取っても完璧な幾何学美を作り出しています。

厳島神社の社殿と水鏡
まるで水鏡!水面に映る青空
廻廊を進む中、ふと海側に目を向けると、水面に景色が綺麗に反射する美しいスポットに出会いました。
手前の吊灯籠と、海の中に佇む石灯籠がバランスよく並び、なんとも言えない厳かな雰囲気が漂っています。
波が穏やかな日だからこそ見られる、鏡のような美しい水面がとても印象的でした。

厳島神社の海に浮かぶ鳥居
朱色の廻廊が切り取る大鳥居の絶景
厳島神社の廻廊を進んでいくと、柱と柱の間に海に浮かぶ「大鳥居」が綺麗に収まる場所を見つけました。
まるで計算された一枚の額縁絵画を眺めているかのような、息をのむ美しさです。
どこまでも続く青い海と対岸の山々、そして堂々と立つ大鳥居の姿に、しばらく足を止めて見入ってしまいました。

厳島神社の海に浮かぶ鳥居
満潮の海に浮かぶ世界遺産のシンボル
厳島神社の一番のハイライト。
教科書やパンフレットで何度も見た景色が、いま目の前に広がっている感動はひとしおです。
心地よい潮風を浴びながら、海と空と一体になった大鳥居を眺めていると、島全体が神域として守られてきた歴史の重みを感じます。
厳島の戦いを徹底解説

戦国武将にとって厳島神社は単なる信仰の場ではなく、瀬戸内海の制海権と権威を象徴する“政治的拠点”でもありました。
海上交通の要衝に位置するため、この地を押さえることは経済・軍事の両面で極めて重要だったのです。

弘治元年/天文24年(1555年)、毛利元就は厳島の地形と潮の満ち引きを利用し、陶晴賢を破る奇襲戦「厳島の戦い」に勝利。
この戦いを契機に毛利氏は中国地方の覇者へと躍進しました。
厳島は信仰の地であると同時に、戦国の知略がぶつかった舞台でもありました。

厳島の戦いとは?
・どんな戦い?
織田信長の「桶狭間の戦い」と並ぶ、戦国時代屈指の「大逆転劇(奇襲戦)」
・誰と誰?
智将「毛利元就(もうり もとなり)」 vs 西国一の強大勢力「陶晴賢(すえ はるかた)」
・結果は?
毛利軍がわずか5分の1の兵力で、宮島(厳島)を舞台に2万人を超える陶軍を壊滅させた。

この戦いは、兵力で劣る毛利元就が、宮島の地形と海を巧みに利用して勝利した奇襲戦として語られています。
大軍を率いる陶晴賢に対し、元就は正面からぶつかるのではなく、敵を島へ誘い込み、退路を断つ形で勝機を作りました。

圧倒的な兵力差!元就が仕掛けた「究極の心理戦」
この戦い、最初から毛利軍に勝ち目のないような大差がありました。
・陶軍:約20,000人
・毛利軍:約4,000人
普通に戦えば毛利軍の惨敗は確実。
そこで毛利元就は、戦いの舞台を「宮島」にするための罠を仕掛けます。

宮尾城で敵を誘い込む
宮島に「宮尾城(みやおじょう)」という小さな砦をわざと作り、
「あんな狭い島に攻め込まれたら、うちの軍はひとたまりもないなぁ…」
という嘘の噂を流して、陶軍を宮島におびき寄せたのです。
まんまと罠にかかった陶軍は、大軍を引き連れて宮島に上陸。
現在の厳島神社周辺(千畳閣があるあたり)に本陣を構えました。

暴風雨の夜、決死の奇襲作戦がスタート
ターゲットが狭い島に閉じこもったところで、毛利元就の本領発揮です。
弘治元年10月1日の夜、島は大暴風雨に見舞われていました。
元就はこの嵐をチャンスと捉え、地元の海賊衆(村上海賊など)の協力を得て、船の音を波の音にかき消しながら、宮島の裏側(包ヶ浦)へ密かに上陸します。
そして翌朝、山を越えて、油断しきっていた陶軍の本陣へ背後から一気に奇襲を仕掛けました!
狭い島の中で大混乱に陥った2万の陶軍は、逃げ場を失い大壊滅。
大将の陶晴賢は島の西端(山白浜)まで逃げ延びたものの、最期は自害へと追い込まれました。
元就の完璧な作戦勝ちでした。

厳島神社の社殿と五重塔
美しく佇む五重塔、実はここ、歴史的大決戦の「本陣」でした
西廻廊から見上げる五重塔。
青空に朱色が映えて本当にのどかで美しい景色ですが、実はこの五重塔が立つ丘(塔の岡)こそが、「厳島の戦い」で毛利元就に敗れた陶晴賢が本陣を構えた、歴史の大舞台なんです。
いまはこんなに静かな場所が、かつては2万の大軍がひしめく緊迫の現場だったと思うと、なんだか不思議な気持ちになりますよね。

厳島神社と「厳島の戦い」のつながり
実は、この戦いで厳島神社の境内も血で汚れてしまいました。
戦いの後、毛利元就は神社の汚れを徹底的に洗い流し、大規模な修復工事を行いました。
いま私たちが宮島で見ている美しい大鳥居や社殿の基礎、そして隣にある「千畳閣(豊国神社)」へと続く歴史の礎は、この戦いに勝利して中国地方の王となった毛利一族の力によって、より強固なものへと受け継がれていったのです。
宮島の美しい景色を眺めるとき、「かつてここで命がけの頭脳戦が行われていたんだな」と歴史に思いを馳せると、旅の景色がまた一味違って見えてきますよね。

合わせて訪れたい周辺の御朱印
宮島内には厳島神社以外にも、切り絵御朱印などで有名な寺社があります。
・大聖院(だいしょういん):厳島神社のすぐ近くにある真言宗御室派の大本山。
季節に応じた美しい「切り絵御朱印」が大変人気です。
・豊国神社(千畳閣):厳島神社のすぐ隣にあります。
豊臣秀吉が建立した巨大な木造建築で、こちらも御朱印を拝受できます。

まとめ
厳島神社は、御朱印巡りをしている方にはぜひ訪れてほしい神社です。
御朱印や御朱印帳の魅力はもちろん、海に浮かぶ大鳥居、朱塗りの回廊、宮島全体の神聖な雰囲気など、見どころが非常に多い場所でした。
また、厳島の戦いを知ってから参拝すると、宮島の見え方が少し変わります。
美しい世界遺産としての厳島神社と、毛利元就の知略が光った戦国の舞台。
その両方を感じられるのが、この神社の大きな魅力です。
2023.12.03 21:47 | comment(0)

【火防陶器神社】陶器の街・大阪に残る“火を恐れた商人たちの信仰”

火防陶器神社で御朱印をいただきました。
火防(ひぶせ)陶器神社は、大阪市中央区の坐摩(いかすり)神社(通称:ざまさん)の境内にある末社です。

場所: 大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目 渡辺3号
アクセス: 大阪メトロ「本町駅」21番出口から徒歩約2分
御利益: 火難除け(火伏せ)、陶器業繁盛、諸病退散

ここ、一見地味だけど、かなり面白い神社
大阪・本町にある
👉 火防陶器神社

正直、規模は小さい。
でもここ――
👉 “商人のリアルな恐怖”から生まれた神社です。


🔥 なぜ「火防(ひぶせ)」なのか?
昔、大阪は陶器の一大流通地。
瀬戸・有田・信楽などの焼き物が集まる
商人たちは大量の陶器を扱う
ここで問題👇
👉 梱包に藁(わら)を使っていた=火事リスクが高い
だから彼らは
👉 「火除けの神様」を本気で信仰した


🏺 商人の街から生まれた神社、この神社のルーツは江戸時代👇
火除けの地蔵を祀ったのが始まり
周辺に陶器商が集まり「瀬戸物町」形成
火防のご利益で信仰が拡大
👉 つまり“ビジネスと信仰が直結している神社”

🏯 何度も移転した波乱の歴史
この神社、実はかなり波乱万丈👇
明治:市電工事で移転
戦争:空襲で焼失
戦後:再建
高速道路建設で再び移転
そして現在👇
👉 坐摩神社 の境内に鎮座
👉 都市開発に振り回されながらも生き残った神社

🎨 見どころが地味にヤバい
■ 陶器だらけの神社
灯籠 → 陶器製
天井 → 陶芸家の皿が並ぶ
境内 → まるで“屋外ギャラリー”

👉 普通の神社と全然違う
🎆 せともの祭が熱い
毎年夏に開催される「せともの祭」
茶碗供養
陶器の大特売
陶器人形の展示
👉 大阪の夏の風物詩

🧠 戦国マニア視点で見ると
ここ、戦国好きならこう見る👇
火事=都市崩壊レベルの災害
商人=戦国の経済を支える存在
信仰=リスク管理
👉 要するに
“戦わない戦国のリアル”が見える場所

火防陶器神社は、大阪の陶器商人たちが火災から守られることを願って生まれた神社である。
藁を使った梱包による火事リスクが高かった当時、火除けの信仰は切実なものだった。
戦災や都市開発による移転を繰り返しながらも、現在は坐摩神社の境内に鎮座。
陶器で彩られた境内は、商人文化と信仰が融合した独特の空間となっている。

※スマホで撮った画像が消えて、陶器製灯篭などの画像は貼れませんでした。
2023.11.23 02:00 | comment(0)

【坐摩神社】大阪ど真ん中にある“土地を守る神”|商人の街を支えた古社

坐摩神社(いかすりじんじゃ)で御朱印をいただきました。

所在地: 大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺3号
アクセス: Osaka Metro 御堂筋線・中央線・四つ橋線「本町駅」15番出口より南へ徒歩約100m
参拝時間: 7:30~17:30(土日祝は17:00まで)

ビル街の中にある、異様に“古い神社”
大阪・本町にある
👉 坐摩神社
一見、普通の神社ですが――
👉 ここ、約1800年クラスの超古社です。
しかもただ古いだけじゃない。
👉 “土地そのものを守る神”を祀る神社


🧠 坐摩神社とは?
読み方:いかすりじんじゃ(通称:ざまさん)
摂津国一宮
船場の守護神
👉 大阪のど真ん中を守ってきた存在


🏯 歴史(ざっくり)
■ 起源は神話レベル
神功皇后が創建したと伝わる(約1800年前)
元は天満橋付近に鎮座
👉 かなり古い
■ 豊臣秀吉で場所が変わる
👉 豊臣秀吉 が大阪城を築城
→ 神社の場所がかぶる
👉 現在の本町へ移転

■ 戦争でも消えなかった
戦災で焼失も戦後に再建
👉 都市の中で生き残り続けた神社

🙏 ご祭神がちょっと特殊
坐摩神社の神様👇
生井神
福井神
綱長井神
波比岐神
阿須波神
👉 この5柱の総称が「坐摩神」

💡 何の神様?
👉 土地・住まい・生活を守る神
家を守る
土地を守る
井戸・水を守る
👉 いわば
“生活インフラの神様”

🏙️ 商人の街・船場との関係
この神社の本質はここ👇
👉 商人の守護神
船場=大阪の商業中心地
商売=土地・建物が命
👉 だから
坐摩神社=ビジネスの神様でもある

⛩️ 見どころ
■ 三ツ鳥居
普通じゃない👇
👉 鳥居が3つ連なった珍しい構造

■ 都会とのギャップ
周りはビル
中は静寂
👉 異世界感がある

■ 境内社も面白い
火防陶器神社
繊維神社
👉 商人文化がそのまま残ってる

⚔️ 戦国マニア視点で見ると
ここかなり面白い👇
城ではなく「都市」を守る神
商人=戦国の経済基盤
土地=戦略の根本
👉 要するに
“戦わないけど、戦を支えていた神社”


坐摩神社は大阪・本町に鎮座する約1800年の歴史を持つ古社で、土地や住居を守る坐摩神を祀る神社である。
もとは天満橋付近にあったが、豊臣秀吉の大阪城築城に伴い現在地へ移転。
船場の商人たちの守護神として信仰され、都市の発展とともに歩んできた。
ビル街の中にありながら、今も静かな空気を保つ大阪屈指の古社である。
2023.11.23 01:57 | comment(0)
御朱印ギャラリー
御朱印道 今日の御朱印画像

夫婦で関東の神社やお寺を巡りながら、いただいた御朱印を記録しています。
参拝時の雰囲気、アクセス、混雑状況など、実際に訪れたからこそわかる情報を紹介しています。

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