高麗神社の御朱印|受付時間・初穂料・駐車場を解説【埼玉】

埼玉県日高市にある高麗神社へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
この記事では、高麗神社の御朱印、御朱印の受付時間、初穂料、アクセス、駐車場、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。
参拝日:【2026年5月15日】

🖌️ 高麗神社の御朱印情報


御朱印の種類と初穂料


「高麗神社(通常御朱印)」「水天宮の御朱印」


高麗神社の通常御朱印は直書き、水天宮は書置き
初穂料:500円

月替わりの草木花スタンプ


高麗神社の通常御朱印には、その月に境内で見頃を迎える植物のイラストスタンプが捺され、年間で全14種類の表情を楽しめます。
※1月と11月は月の途中で植物のデザインが切り替わるため14種類となります。
1月〜12月までの御朱印をすべて集めて神社へ持参すると、満願の証として「金の社紋(鶴丸)」を特別に捺してもらえる素敵な特典があります。

「季節限定」「特別御朱印」「切り絵御朱印」


季節の祭事やイベントに合わせた限定デザインも登場します。
初穂料:700円~1000円

御朱印の受付場所と受付時間


受付場所:境内にある「札所・御祈願受付(社務所)」
受付時間:8:30〜17:00

※御朱印の受付時間や初穂料は変更される場合がありますので、参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

📖 管理人がいただいた御朱印


高麗神社の通常御朱印

直書きでいただいた高麗神社の通常御朱印



水天宮の書置き御朱印

水天宮の書置き御朱印


水天宮は参道わきの遥拝所からご参詣させていただきました。

📋 高麗神社の基本情報


『高麗神社(こまじんじゃ)』
所在地:埼玉県日高市新堀833
高麗神社公式HP

🅿️ 高麗神社の駐車場|無料駐車場と収容台数


駐車場:無料駐車場あり
約700台収容の大型駐車場が完備されています。
※正面の第1駐車場東側は、防犯のため17:00に閉鎖されます。

🗺️ 交通アクセス|電車・バス・車での行き方


🚃 電車でのアクセス


・JR川越線「高麗川駅」から徒歩約20分
JR高麗川駅から平坦な道をまっすぐ歩いて約20分、歴史的な街並みを眺めながら散策できます。

🚌 バスでのアクセス


・JR「高麗川駅」から国際興業バス「埼玉医大国際医療センター」行きに乗車、「四本木」バス停から徒歩約15分~20分
高麗神社へバスで行くことは可能ですが、最寄りのバス停から神社まで徒歩で約15分〜20分かかるため、高麗川駅から徒歩をおすすめします。
また、高麗川駅前にはタクシーが待機しており、神社まで約5分ほどで到着します。
複数人で移動する場合や天候が悪い日にはタクシーもおすすめです。

🚗 車でのアクセス


・圏央道「圏央鶴ヶ島IC」から約15分
・圏央道「狭山日高IC」から約20分

📝 高麗神社の参拝情報


参拝時間:境内は24時間参拝可能
祈願受付:8:30〜17:00
拝観料:無料

👣 管理人の参拝状況


参拝した時間帯:平日の午後(15:00~)
境内の混雑状況:女性の参拝者が数名、御朱印待ちの方が2名
御朱印の待ち時間:約10分
滞在時間:約30分

🚶 管理人の参拝記


高麗神社は、参拝した政治家が次々と総理大臣に就任したことから「出世明神」とも呼ばれ、現代でも多くのビジネスパーソンや起業家が全国から足を運ぶ特別な神社です。
管理人が参拝した時の様子を写真とともにレポートします。

高麗神社の木製鳥居

厳かな空気が漂う「木製鳥居」と新緑の美しい参道


高麗神社の広々とした駐車場から境内に進むと、まず目を引くのがこの立派な「二の鳥居」です。
平成20年に建て替えられたこの鳥居は、塗装を施さない素朴な木造(杉材)で造られており、周囲の豊かな自然と見事に調和しています。
鳥居の中央に掲げられた扁額には、金色で堂々と「高麗神社」の文字が刻まれており、ここから先が神聖な領域であることを感じさせてくれます。
鳥居をくぐった先には緩やかなカーブを描く石畳の参道が続き、奥にある本殿へと参拝者をいざないます。
一歩足を踏み入れるだけで、都会の喧騒を忘れさせてくれるような清々しい空気に包まれますよ。

高麗神社の手水舎

参拝前に心身を清める「手水舎」


二の鳥居をくぐってすぐ左手に見えてくるのが、こちらの立派な「手水舎」です。
風格のある屋根の下には、力強い文字で「洗心」と彫られた素晴らしい木製の看板が掲げられています。
この言葉の通り、神前に進む前に手や口をゆすぎ、日々の生活でついた心身の穢(けが)れをきれいに洗い流すための大切な場所です。
手水舎の手前には親切な「手荷物台」も用意されているため、バッグやカメラを持ったままでも落ち着いて作法を行うことができます。
瑞々しい緑に囲まれたこの場所で冷たい水に触れると、心まで引き締まるような心地よい緊張感に包まれます。

高麗神社の入り口に立つ石造りの将軍標(天下大将軍と地下女将軍の魔除けの柱)

韓国の魔除けの風習を伝える一対の石柱「将軍標」


高麗神社の参道入り口(第一駐車場側)でひときわ異彩を放ち、参拝者を迎えてくれるのが、こちらのユニークな姿をした二本の石柱「将軍標(しょうぐんひょう)」です。
これは韓国の古い民俗信仰に由来する魔除けの柱で、現地では「チャンスン」と呼ばれています。
向かって左側には男性の神様を表す「天下大将軍」、右側には女性の神様を表す「地下女将軍」と刻まれており、一対で村の境界や入り口に立ち、悪い病気や悪霊が入り込むのを防ぐ役割を持っています。
一般的な日本の神社ではまず見かけることのないこの将軍標は、遥か1300年以上前にこの地を切り拓いた高句麗からの渡来人の歴史と文化を、現代に優しく伝えてくれる貴重なシンボルです。

高麗神社の石段と青もみじに映える格式高い神門(唐破風の屋根)

高麗神社の見どころ!格式高い意匠が美しい「神門」


手水舎で身を清め、青々とした木々に囲まれた参道を奥へ進むと、いよいよ目の前に現れるのがこの立派な「神門」です。
白い石段の上に堂々と構えるこの門は、中央が弓のように丸く跳ね上がった「唐破風」という伝統的な屋根の建築様式が特徴で、随所に施された金色の装飾が格式の高さを物語っています。
門には美しい白い御神幕が掛けられており、その隙間から奥にある拝殿の様子を垣間見ることができます。
門の手前には立派な石灯籠が佇み、周囲を囲む青もみじとのコントラストも抜群です。
ここから先はさらに神聖な空気へと変わる、高麗神社の中でも特に背筋が伸びるパワースポットです。

高麗神社の拝殿と奉納された多くの酒樽(出世開運のご利益スポット)

出世開運を祈願!多くの総理大臣も参拝した厳かな「拝殿」


神門をくぐると、目の前に現れるのがこちらの堂々とした佇まいの「拝殿」です。
木の温もりをそのまま活かした美しい社殿の左側には、地元・埼玉の地酒である「天覧山」などの酒樽が綺麗に積み上げられており、地域の人々から深く愛され、信仰されている様子が伝わってきます。
この拝殿の前こそが、かつて若槻礼次郎や浜口雄幸、鳩山一郎といった名だたる政治家たちが国の未来を想い、参拝を重ねた歴史的な舞台です。
現代でも「出世明神」のご利益を授かろうと、多くのビジネスパーソンや受験生が真剣に祈りを捧げる、境内屈指の強力なパワースポットとなっています。

高麗神社の境内にそびえ立つ注連縄が巻かれた立派なヒノキの御神木

天に向かって真っ直ぐ伸びる!圧倒的な生命力を感じる「御神木の檜」


境内の一角、参集殿の前庭でひときわ高く天へとそびえ立っているのが、こちらの見事な「御神木」です。
この御神木は「檜」の木で、昭和15年の紀元二千六百年記念事業の際に境内に奉納されました。
幹には神聖な領域であることを示す「注連縄」と「紙垂」が綺麗に巻かれており、近くに立つだけでも大自然の力強いエネルギーを肌で感じることができます。
太い幹から真っ直ぐに上へと伸びるその姿は、まさに高麗神社が持つ「出世開運」や「事業繁栄」の御神徳、そして未来を切り拓く開拓精神そのものを象徴しているかのようです。
拝殿でお参りをした後は、ぜひこの御神木の前に立ち、深呼吸をして清らかなパワーをチャージしてみてください。

高麗神社の御神木近くに奉納されている、木の質感を残した貴重な木化石(珪化木)

遥か太古の記憶を宿す!境内に佇む不思議な「木化石(珪化木)」


御神木のすぐそばで見つけることができるのが、こちらの「木化石(もっかせき)」です。
木化石とは、数千万年とも言われる遥か太古の樹木が地中に埋もれ、地下水の成分(ケイ酸)が染み込んで文字通り「石」へと変化したもので、「珪化木(けいかぼく)」とも呼ばれています。
見た目は完全にゴツゴツとした木の幹や切り株のようですが、実際に触れてみるとズッシリと冷たい「石」そのものであることに驚かされます。
1300年以上の歴史を誇る高麗神社ですが、この木化石はそれをさらに超える地球規模の壮大な年月を生き抜いてきたことになります。
長い時間をかけて強固な石へと変わったその姿から、「固い絆」や「強い意志の維持」、「不変の長寿」を願う隠れたパワースポットとして、コアな参拝客の注目を集めています。

高麗神社の神門前に佇む、木漏れ日が美しい樹齢約300年のひがん桜(天然記念物)

春の訪れを告げる名木!神門前に佇む「樹齢三百年のひがん桜」


境内で参拝者を包み込むように大きな枝を広げているのが、こちらの「ひがん桜(エドヒガンザクラ)」です。
この桜はなんと樹齢約300年(推定)を誇る歴史ある古木で、日高市の天然記念物や埼玉県の「美の国さいたま・景観賞」などにも選ばれたことがあります。
案内板に「初春の まだ薄寒き 紀の朝に 神のさくらの 咲きにけるかも」と歌が添えられている通り、春の彼岸の頃になると、ソメイヨシノよりも一足早く淡いピンク色の可憐な花を咲かせ、境内に華やかな彩りを添えてくれます。
新緑の季節には、青々とした葉が太陽の光を浴びてキラキラと輝き、春とはまた違った力強い癒やしのパワーを放っています。
四季折々の表情で参拝者の目を楽しませてくれる、境内屈指のフォトスポットです。

高麗神社の神楽殿と、なかに展示されている色鮮やかな高句麗の伝統衣装

古代の歴史を今に伝える「神楽殿」と色鮮やかな高麗の伝統衣装


境内に佇むこちらの建物が「神楽殿」です。
お祭りや行事の際には神楽が奉納される神聖な舞台ですが、普段は高麗神社ならではの貴重な展示スペースとなっています。
中に飾られているのは、この地の開拓者たちの故郷である古代国家・高句麗の伝統衣装を忠実に再現した、非常に色鮮やかな装束です。
赤、緑、黄といった美しい原色を組み合わせた高麗の服は、日本の伝統的な装束とはまた一味違う大陸の華やかな文化と高い織物技術を感じさせてくれます。
一の鳥居近くにある「将軍標(チャンスン)」と並び、1300年以上の時を超えて日韓の歴史的な繋がりを現代に伝える、高麗神社で絶対に外せない見どころの一つです。

高麗神社の裏手にある国指定重要文化財「高麗家住宅」の茅葺き外観と土間・囲炉裏のある内部の様子

江戸初期の歴史を伝える国指定重要文化財「高麗家住宅」


拝殿での参拝を終えたら、ぜひ境内の裏手へと足を延ばしてみてください。
そこには、江戸時代初期(慶安年間・17世紀半ば)に建てられたとされる大変貴重な古民家「高麗家住宅」が佇んでいます。
高麗神社の神職を代々世襲してきた高麗氏の住宅で、なんと国の重要文化財にも指定されています。

茅葺き屋根の美しい外観(上写真)


裏山の深い緑に溶け込むような入母屋造りの茅葺き屋根が特徴で、どこか懐かしく厳かな日本の原風景を感じさせてくれます。

伝統的な間取りの内部(下写真)


開け放たれた戸口からは、太く立派な梁が縦横に走る天井や、土間、囲炉裏、そして奥に広がる畳の部屋を間近で見学することができます。

柱一本一本に刻まれた時代の重みからは、1300年以上にわたり神社とこの地を守り続けてきた高麗家の息吹が今でもリアルに伝わってきます。
神社参拝の枠を超えて、歴史建築ファンも大満足の隠れた名スポットです。

📜 高麗神社の創建と歴史


高麗神社の歴史は、今から1300年以上も昔の奈良時代(霊亀2年・西暦716年)にまで遡ります。
当時、朝鮮半島にあった古代国家「高句麗(こうくり)」は、唐と新羅の連合軍に滅ぼされてしまいました。
そのため、多くの高句麗人が日本(倭国)へと渡ってきました。
これが「渡来人」です。
大和朝廷は彼らを現在の埼玉県の一部に集め、新しく「高麗郡」という地域をつくりました。
未開の地だったこの場所を、高い技術力で豊かな郷へと開拓していったのが、高麗神社の御祭神となるリーダーたちです。
神社は、そのリーダーが亡くなった後、彼を慕う人々によって創建され、現在までなんと「60代」にわたり代々その子孫が宮司(神主)を務め守り続けています。

🌸 ご祭神と授かれるご利益


高麗神社には、主に3柱の神様が祀られています。
それぞれの歴史背景から、非常に強力なご利益があるとされています。
主祭神

高麗王 若光(こまのこきし じゃっこう)


高麗郡の初代リーダー(郡司)です。
異国の地で仲間を率い、未開の土地を切り拓いて素晴らしい郷を作り上げた偉大な人物です。
主なご利益
出世開運・事業繁栄・開拓精神

配祀神

猿田彦命(さるたひこのみこと)


日本神話において、天孫降臨の際に神々を道案内した「みちびきの神」です。
主なご利益
交通安全・人生の進路開拓・物事の良き導き

配祀神

武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)


歴代の天皇(5代)に仕え、300歳以上生きたという伝説を持つ、日本一の長寿の神様です。
主なご利益
延命長寿・健康祈願・子孫繁栄

【出世明神の由来】


大正から昭和にかけて参拝した若槻礼次郎、浜口雄幸、斉藤実、小磯国昭、幣原喜重郎、鳩山一郎らが、その後に相次いで総理大臣に就任したことから、その名が全国に轟くようになりました。

高麗神社の御朱印・参拝に関するよくある質問


高麗神社の御朱印の受付時間は?


御朱印の受付時間は8:30〜17:00です。変更される場合もあるため、参拝前に公式情報も確認すると安心です。

高麗神社の御朱印の初穂料はいくらですか?


通常御朱印と水天宮の御朱印は500円、季節限定や特別御朱印は700円〜1000円です。

高麗神社に駐車場はありますか?


無料駐車場があります。約700台収容できる大型駐車場が用意されています。

高麗神社の御朱印は直書きですか?


管理人が参拝した際、高麗神社の通常御朱印は直書き、水天宮の御朱印は書置きでした。


⛩️ 参拝後記
1300年以上の歴史を持ち、渡来人の開拓の歴史を今に伝える「高麗神社」。
「新しくビジネスを始めたい」「仕事でステップアップしたい」「人生の進路に迷っている」という方には、まさにぴったりのパワースポットです。
緑豊かで神聖な空気が流れる境内に、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
近くには、曼珠沙華(彼岸花)で有名な「巾着田」や、高麗氏の菩提寺である「聖天院」もあるので、あわせてドライブ旅をするのもおすすめですよ!
2026.06.10 01:57 | comment(0)

愛宕山 南蔵院の御朱印|受付時間・志納料・アクセス・境内の見どころを紹介【埼玉県久喜市】

埼玉県久喜市にある愛宕山 南蔵院へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、愛宕山 南蔵院の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。

🖌️ 南蔵院の御朱印の種類と志納料


御朱印の種類:関東八十八ヵ所霊場(第80番札所)の御朱印
志納料:500円
受付場所:境内にある寺務所(自宅を兼ねた母屋)
受付時間:9:00~16:00頃
ご住職が在宅していれば御朱印帳に直接書いていただけますが、不在時は書置きの御朱印が用意されており、本堂のお賽銭箱に志納料を納めるようになっています。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。
参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

📖 管理人がいただいた御朱印


愛宕山 南蔵院の御朱印

今回いただいた南蔵院の御朱印


関東八十八ヵ所霊場の御朱印をセルフ式の書置きでいただきました。
忍領三十三観音霊場第18番札所の御朱印は置いてありません。

愛宕山 南蔵院の御朱印

セルフ方式の御朱印


ありがたいことに写真のような形で、ご住職様がご不在でも参拝者や巡礼者に御朱印が頒布できるように、庫裡(母屋)の玄関前に丁寧にご用意くださっています。
お会いしたことはございませんが、ご住職様の優しいお人柄を感じ、心がとても温かくなりました。

📋南蔵院の基本情報


愛宕山 福聚寺 南藏院(あたごさんふくじゅじなんぞういん)
所在地:埼玉県久喜市菖蒲町新堀2585
霊場/札所:関東八十八ヵ所霊場第80番札所、忍領三十三観音霊場第18番札所
駐車場:無料駐車場あり

🗺️ 交通アクセス


駅やバス停からは距離があるため、車での参拝がおすすめです。

🚃 電車でのアクセス


・JR高崎線「桶川駅」または「北本駅」から徒歩約約2時間~2時間30分
駅から徒歩では現実的ではないためバスまたはタクシー利用も考慮してください。
桶川駅東口または北本駅東口からタクシーで約20分~30分(運賃目安:約3000円〜4000円前後)で到着できます。

🚌 バスでのアクセス


・JR宇都宮線・東武伊勢崎線「久喜駅」から朝日バス(菖蒲仲橋行き)で「上町」バス停下車、徒歩約25分
・JR高崎線「桶川駅」東口から朝日バス「菖蒲仲橋行き」で、終点「菖蒲仲橋」バス停下車、徒歩約30分

🚗 車でのアクセス


・圏央道「白岡菖蒲IC」から約10分〜15分
白岡菖蒲ICを下りて、旧国道122号・県道313号線を経由するルートが最も近くてスムーズです。
・東北自動車道「久喜IC」から約20分〜25分
久喜ICから県道146号線や県道313号線などを経由し、菖蒲町新堀方面へ西に進む分かりやすいルートです。

📝 南蔵院の参拝情報


推奨時間:9:00〜16:00頃
日中の明るい時間帯(常識的な時間内)であれば、境内に入って自由に参拝することができます。
※インターネット上の検索結果では、福岡県にある有名な「南蔵院(世界最大の涅槃像がある寺院)」の営業時間(9:00〜17:00)の情報が混ざって表示されることが非常に多いですが、久喜市の南蔵院とは別の寺院ですのでご注意ください。

👣 管理人の参拝状況


参拝した時間帯:土曜日の午後(15:20~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:セルフ式
滞在時間:約15分

🚶 南蔵院の御朱印参拝記


周囲をのどかな田んぼや農村風景に囲まれた「南蔵院」。
一歩境内に足を踏み入れると、こんもりとした木々に包まれた静寂で厳かな空気が流れる癒やしのパワースポット。
実はこの南蔵院、一見すると静かな里のお寺ですが、歴史を紐解くと戦国時代の激動の歴史や、すぐ近くにある「菖蒲城」の存在が色濃く関わっている、非常に奥深い由緒を持った古刹なのです。

ここからは実際に管理人が境内を散策して撮影した写真とともに、境内の様子や注目のスポットをご紹介します。

愛宕山 南蔵院の入り口
関東八十八ヶ所霊場・第80番札所「南蔵院」へ
入り口の右手に堂々と佇む石碑には「真言宗智山派 南蔵院」の文字が深く刻まれています。
ここは古くから多くの巡礼者が訪れる、関東八十八ヶ所霊場の第80番札所。
瓦屋根が美しい山門へとまっすぐ続く参道は、自然と心がすっと落ち着きます。
お寺の歴史と格式を感じさせてくれる、最初のシャッタースポットです。

愛宕山 南蔵院の参道の六地蔵
参道に佇む「六地蔵尊」の深い意味
山門の手前、参道の左手で迎えてくれるのが、こちらの立派な「六地蔵」です。
木造の風格ある屋根(地蔵堂)に守られるようにして、6体のお地蔵さまが綺麗に並んで佇んでいます。
仏教において六地蔵は、私たちが輪廻転生する6つの世界(六道)から人々を救ってくださるといわれています。

愛宕山 南蔵院の参道の石仏群
参道沿いの荘厳な石仏群
南蔵院の参道には、このように歴史を刻んだ貴重な石仏が数多く残されています。
丁寧に整えられた台座の上にずらりと並ぶ姿は圧巻で、古くからこの地で重ねられてきた信仰の歴史を現代に伝えています。
所々に小さな石灯籠(香炉)も置かれており、今もなお大切に守られていることが伺えます。
歴史好き・お寺巡り好きにはたまらない、見応えのあるシャッタースポットです。

愛宕山 南蔵院の山門
南蔵院の山門、額縁のように切り取られた本堂の美景
南蔵院のシンボルとも言えるこの山門は、左右に広がる趣ある石塀と調和し、お寺の格式高さを際立たせています。
門の柱や梁に刻まれたディテールからは、職人の丁寧な手仕事と伝統の重みがひしひしと伝わってきます。
開かれた門がまるで一枚の絵画の「額縁」のようになっており、奥に見える本堂や赤いのぼり旗、豊かな緑を美しく切り取っている、境内屈指のベストビューポイントです。

愛宕山 南蔵院の「観音菩薩像」
優しく微笑む美しい「観音菩薩像」
境内のなかに静かに佇む、こちらの美しい女性のお姿をした像は、人々の苦しみを除き、願いを叶えてくださるという観音菩薩(観音さま)です。
蓮華の台座の上に立ち、手には蓮の花(蕾)をそっと携えていらっしゃいます。
その慈悲深く穏やかな微笑みを見上げていると、日々の忙しさでささくれ立った心も、不思議と穏やかになっていくのを感じます。
青々と茂る緑を背景に、凜とした美しさが際立つパワースポットです。

愛宕山 南蔵院の弘法大師(空海)や興教大師(覚鑁)の像や供養塔
真言宗の歴史を今に伝える、弘法大師さまと数々の記念碑が並ぶ聖域
南蔵院が属する「真言宗智山派」にとって、欠かせない祖師たちが祀られているのがこの場所です。
右側には「弘法大師千百五十年忌」の文字が刻まれた立派な塔があり、古くから地域の人々が大切にお大師さまを信奉してきたことが分かります。
のぼり旗に書かれた「南無興教大師」とは、新義真言宗の祖である覚鑁(かくばん)への祈りの言葉。
お寺巡りをしながら、仏教の歴史ロマンに浸ることができる貴重な空間です。

愛宕山 南蔵院の鐘楼
歴史を重ねた風情ある「鐘楼」
南蔵院の鐘楼は、四方の柱で重厚な屋根と梵鐘を支える、伝統的な造りになっています。
よく見ると、屋根の四隅には風鈴のような「風鐸」が下がり、手前には小さな石仏が優しく佇むなど、細部まで見どころが詰まっています。
周囲の穏やかな田園風景のなかに、大晦日の除夜の鐘や年中行事のたびに、深く厳かな鐘の音が響き渡る様子が目に浮かぶよう。
長い歴史を刻んだ木肌の質感と、中央に吊るされた青銅の鐘の佇まいは格別で、お寺らしい静寂と厳かな空気をより一層引き立ててくれるシャッタースポットです。

愛宕山 南蔵院の本堂
御本尊・不動明王が祀られる本堂
山門をくぐり、まっすぐ伸びる参道の先に佇むのが、南蔵院の「本堂」です。
大きく裾を広げた美しい瓦屋根と、歴史を重ねた重厚な木造の造りに思わず圧倒されます。
本堂の前には青銅製の香炉が置かれており、お線香の香りに包まれながら静かに手を合わせると、心がすっと洗われていくような深い安らぎを感じます。
のどかな田園地帯に隠れた、まさに日々の喧騒を忘れさせてくれる神聖な空間です。

愛宕山 南蔵院の愛宕大権現
歴史の趣を色濃く残す「愛宕社」
愛宕大権現といえば、古くから「火伏せ(防火)」や厄除けの神様として篤く信仰されてきました。
木の温もりを感じる素朴なお堂は、周囲の木々や手入れされた植栽と見事に調和しており、まるで古くからこの地を守り続けている鎮守の杜のような佇まいです。
本堂へのお参りとあわせてこちらにも足を運び、日々の暮らしの平穏を祈願してみてはいかがでしょうか。

愛宕山 南蔵院の南蔵院境内の見事な「庚申堂」
南蔵院境内の見事な「庚申堂」
このお堂は、江戸時代から盛んに行われていた「庚申信仰」の貴重な足跡です。
格子戸の奥には、地域の人々が健康や長寿を願って建立した庚申塔が大切に護られています。
お堂の梁に施された彫刻や、手前に並ぶ一対の石灯籠など、細部まで丁寧な造りになっており、お寺の建造物としての見応えも十分。
南蔵院が長年、地域の人々の暮らしや祈りに寄り添ってきたことを教えてくれる大切な場所です。
このお堂を見ているだけで、昔の門前町の風景や、ここを訪れた大勢の旅人たちの姿が目に浮かぶような、歴史ロマンあふれる魅力的なスポットです。

📜 南蔵院の由緒と歴史


南蔵院の創建は、いまから400年以上前、戦国時代が終わりを告げようとしていた慶長元年(1596年)と伝えられています。
その後、江戸時代の天和3年(1683年)に入寂(逝去)した僧・快印(かいいん)によって「中興開山」がなされました。
古くからこの地域(新堀・菖蒲地域)の守り神・祈願所として、以下のようなたくさんのご利益で里人たちの信仰を熱く集めてきました。

南蔵院で授かれるご利益


厄除け・安産子育・息災延命・ろくさん除け
(ろくさん除けとは、頭・胸・お腹など、体の特定の部位に起こる病気を払う祈祷のこと)

現在では、「関東八十八ヵ所霊場」の第80番札所、そして「忍領三十三観音霊場」の第18番札所にも指定されており、全国から巡礼の参拝客が訪れるお寺となっています。

⚔️ 近隣の「菖蒲城」との深いつながり


南蔵院が位置する久喜市菖蒲町新堀という土地は、戦国時代、地域の中心であった「菖蒲城」のすぐ目と鼻の先にあります。

◆ 菖蒲城とは?


古河公方に仕えた武将・佐々木(金子)氏が室町時代(15世紀後半)に築城したとされ、武蔵国(現在の埼玉・東京など)の北東部を守る重要な拠点でした。
戦国時代には、後北条氏(小田原北条氏)の勢力下に入り、周辺では上杉謙信の軍勢との激しい領地争いも繰り広げられました。

菖蒲城跡
菖蒲城跡
康正2年(1456年)古河公方・足利成氏の命により金田則綱(菖蒲佐々木氏)が築城、以降6代に亘り金田氏の居城となった。
城の竣工が5月5日の菖蒲の節句であったため菖蒲城と命名された。
5代城主・金田頼綱の時代に小田原北条氏に属する忍城の成田氏の支配下となった。
天正2年(1574年)北条氏政と上杉謙信が争った第三次関宿合戦の際、攻め寄せた上杉謙信の軍勢に城下を焼討ちにされたという。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐の際、小田原北条氏に属する忍城主・成田氏長に従ったため菖蒲城は廃城となり、6代城主・金田秀綱は所領を失なったため大塚姓を称し帰農した。

◆ 南蔵院が生まれた背景


南蔵院が創建された「慶長元年(1596年)」のわずか6年前、天正18年(1590年)に豊臣秀吉の「小田原征伐」が起こります。
この際、豊臣方の前田利家や浅野長政らの大軍に攻められ、菖蒲城は激しい戦火の末に落城・廃城となってしまいました。
お城とその城下町が一度は荒廃してしまったこの地域を、復興させ、人々の心を癒やすために江戸時代直前に建てられたのが、この南蔵院だとされています。
城下町(武家や領民)の記憶がまだ生々しく残る時代に、新しく平和な時代を祈る象徴として、この地に不動明王が据えられたのです。
南蔵院の周辺を歩くと、かつて城下町の防衛や農業のために張り巡らされた古い堀や水路の跡(北沼落川など)が今も残っており、戦国時代の名残を肌で感じることができます。


⛩️ 参拝後記
関東八十八ヶ所霊場の第80番札所でもある南蔵院。
荘厳な本堂はもちろん、境内の左手に佇む弘法大師碑、庚申堂、そして山号の由来でもある愛宕大権現など、一つひとつのスポットに深い歴史と、古くから地域の人々が重ねてきた祈りの息吹を感じることができました。
御朱印巡りや歴史散策が好きな方には、ぜひじっくりと時間をかけて歩いてほしいおすすめの名刹です。
初夏には近くの「菖蒲城趾あやめ園」のあやめやラベンダーも見頃を迎えるので、あわせてドライブ旅の計画を立ててみるのもおすすめですよ!
2026.06.02 18:33 | comment(0)

曹傳山 宝持寺の御朱印|受付時間・志納料・アクセス・境内の見どころを紹介【埼玉県鴻巣市】

埼玉県鴻巣市にある曹傳山 宝持寺へ参拝し、御朱印をいただいてきました。
参拝日:【2026年5月23日】
この記事では、曹傳山 宝持寺の御朱印、御朱印の受付時間、志納料、アクセス、境内の見どころ、実際に参拝したときの混雑状況を紹介します。

🖌️ 宝持寺の御朱印情報


御朱印の種類と御朱印代


宝持寺では以下の御朱印をいただくことができます。
・御本尊「釈迦牟尼仏」の御朱印
・「虚空蔵菩薩」の御朱印(武州路十二支本尊霊場の守り本尊)
直書きでいただけます。
志納料:300円

御朱印の授与場所と時間


受付場所:境内右奥の庫裡
受付時間:9:00~16:00
※ご住職様がご不在の場合や法要中は対応が難しいため、御朱印を希望される場合は、事前にお電話(048-596-0729)で確認されてから向かうのがおすすめです。
※御朱印の受付時間や志納料は変更される場合があります。参拝前に公式サイトや現地案内で最新情報をご確認ください。

📖 管理人がいただいた御朱印


曹傳山 宝持寺の直書き御朱印

今回いただいた御朱印


直書きの御本尊「釈迦牟尼仏」の御朱印です。
お伺いしたときは本堂も開いていなかったのでご不在かと思いましたが、ご住職様が庫裡にいらっしゃり、丁寧にご対応してくださいました。

📋 宝持寺の基本情報


曹傳山 美源院 宝持寺(そうでんざん びげんいん ほうじじ)
所在地:埼玉県鴻巣市箕田2034
駐車場:無料駐車場あり
宝持寺公式HP

🗺️ 宝持寺へのアクセス


🚃 電車でのアクセス


最寄り駅から歩いて向かう、一番シンプルで時間を読みやすいルートです。
・JR高崎線「北鴻巣駅」西口から徒歩で約14分
北鴻巣駅の西口を出て、ほぼ一本道をまっすぐ進むだけなので迷う心配がありません。

🚌 バスでのアクセス


足腰が弱い方や、歩く距離を短くしたい方向けのルートです。
・JR高崎線「北鴻巣駅東口」からコミュニティバス「フラワー号」を利用
広田コース(北鴻巣駅 東口発)「箕田公民館」バス停下車、徒歩約3分
中山道コース(北鴻巣駅 西口発)「箕田郵便局前」バス停下車、徒歩約3分
※年末年始(12月29日〜1月3日)は運休となりますのでご注意ください。
コミュニティバスは本数が1時間に1本〜数時間に1本程度と少なめです。
あらかじめ鴻巣市公式サイトのフラワー号時刻表で時間を調べて合わせておくか、「タイミングが合えばラッキー」くらいに考えて徒歩ルートを選択するのがおすすめです。

🚗 車でのアクセス


・圏央道(首都圏中央連絡自動車道)「桶川加納IC」から約20〜25分
・東北自動車道「羽生IC」 または 「加須IC」から約30〜35分
国道17号線(大宮バイパス)からのアクセスが良好です。
「箕田(南)」や「箕田」交差点などから少し中に入った、静かな住宅と歴史ある緑に囲まれた場所にあります。

💡 車で行く際のアドバイス


神社は国道17号(現道)や旧中山道の近くに位置しています。
桶川北本ICから向かう場合は、新しく開通した「上尾道路」を終点(箕田交差点)まで直進すると非常にスムーズに到着できます。

📝 宝持寺の参拝情報


参拝時間:おおむね8:00~17:00
拝観料:無料
定休日:なし

👣 管理人の参拝状況


参拝した時間帯:土曜日の午後(13:15~)
境内の混雑状況:他の参拝者はいませんでした。
御朱印の待ち時間:約5分
滞在時間:約20分

🚶 宝持寺の御朱印参拝記


埼玉県鴻巣市にある「宝持寺」をご存知でしょうか?
鴻巣市といえば雛人形や運転免許センターが有名ですが、実は歴史ファン、特に武将や伝説が好きな方にはたまらない「ある超有名武将」のルーツが眠る場所なのです。
今回は、平安時代の鬼退治伝説に彩られた宝持寺の歴史や見どころをレポートします。

曹傳山 宝持寺の山門
宝持寺の玄関口「山門」
最初に出迎えてくれるのは、遠くからでも目を引く鮮やかな赤が印象的な山門です。
周囲の豊かな緑と、どっしりとした石柱の「曹洞宗 寶持寺」の文字が、お寺の歴史と厳かな雰囲気を引き立てています。
ここから始まる歴史散策に、思わずワクワクしてしまいますね!

曹傳山 宝持寺の「戒壇石(かいだんせき)」
お酒はNG!?境内に佇む歴史ある「不許葷酒」の石碑
境内で見つけた、とても歴史のありそうなこちらの「結界石」。
よく見ると「不許葷酒入山門」という文字が力強く刻まれています。
これは「お酒を飲んだ人や、ニラ・ニンニクなど匂いの強い野菜を食べた人は境内に入ってはいけません」という意味の、修行の場ならではの厳しい決まりごと。
昔の修行僧たちのストイックな生活が目に浮かぶような、お寺ならではの興味深い見どころです。

曹傳山 宝持寺の六地蔵
六道すべての命を救う、慈悲深い「六地蔵」
宝持寺の墓地入り口に整然と並ぶ、立派な六地蔵尊です。
仏教の「六道輪廻」の思想に基づき、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の各世界を巡り、迷える人々を救ってくださるといわれています。
綺麗に清められた台座やお供えされた花からは、今も地域の人々やお寺によって深く大切に信仰されていることが伝わってきます。

曹傳山 宝持寺の無縁仏供養塔
幾世代もの祈りを永代に紡ぐ「無縁仏供養塔」
膨大な数の古い墓石や石仏が集まる供養塔です。
宝持寺がこの鴻巣・箕田の地で、いかに長い年月にわたり地域の人々の生と死に寄り添ってきたかを五感で実感させてくれる場所です。
お墓の主たちが寂しくないよう、こうして1か所に集められて手厚く供養されており、古刹ならではの歴史の重みと、尽きることのない祈りの気配が境内に満ちています。

曹傳山 宝持寺の鐘楼
伝統建築の粋を集めた「鐘楼堂」
宝持寺の境内に凛と佇む、見事な建築美を誇る鐘楼です。
反り立つ瓦屋根を支える精巧な組み物や、どっしりとした柱の質感からは、日本の伝統的な職人技の粋を感じることができます。
中央に吊るされた梵鐘は、日々お寺の時間を告げ、人々の祈りを乗せて響いてきた象徴的な存在。
古刹ならではの風格が凝縮された、必見の撮影スポットです。

曹傳山 宝持寺の薬師堂
箕田の地を静かに守護する「みだ薬師堂」
本堂の傍らにひっそりと、しかし確かな存在感を放ちながら建つ「薬師堂」です。
ここには、病気平癒や健康長寿の信仰を集める「みだ薬師三尊佛」が大切にお祀りされています。
派手さはありませんが、歴史を重ねた木造の柱や扉の質感がとても魅力的で、長年にわたり地域の人々がここを訪れ、健康や幸せを願い続けてきた温かい祈りの歴史を感じさせてくれます。

曹傳山 宝持寺の薬師堂の参道にある一休さん像
見ているだけで癒やされる!木魚を枕にうたた寝する「一休さん」
薬師堂へ続く参道を歩いていると、思わずクスッと笑顔になってしまう可愛い石像に出会いました。
台座には「一休さん」の文字が。
大きな木魚をごろ~んと枕代わりにして、なんとも気持ちよさそうに居眠りをしています。
日々忙しく過ごす私たちに、「焦らなくていいよ、ひと休み、ひと休み」と語りかけてくれているような、とってもチャーミングな癒やしスポットです。

曹傳山 宝持寺の本堂
奈良の唐招提寺がモチーフ!?金色の鵄尾が輝く大迫力の「本堂」
宝持寺のメインである本堂です!
見上げてまず驚くのが、屋根の両端でキラリと黄金に輝く「鵄尾(しび)」。
実はこの本堂、宝持寺が創建された当時の「律宗」にちなんで、奈良の有名な世界遺産・唐招提寺の金堂をモデルに建てられたものなのだそう。
埼玉にいながらにして、まるで平城京の都に迷い込んだかのような、歴史ロマンあふれる壮大な美しさにただただ圧倒されてしまいます。

曹傳山 宝持寺の大迫力の「渡辺綱」顕彰碑
大迫力の「渡辺綱」顕彰碑
本堂の近くで、思わず足を止めて見入ってしまうほど凄まじい迫力の記念碑を発見しました!
こちらは、平安時代の伝説的な武将であり、全国の「渡辺(部)さん」のルーツとなった渡辺綱の顕彰碑です。
京都の一条戻橋や大江山での鬼退治伝説を再現したレリーフは、飛びかかる綱の緊迫感と鬼の恐ろしい形相がリアルで、今にも動き出しそうなほどの立体感。
歴史ファンならずとも大興奮間違いなしの、宝持寺最大の必見スポットです!

曹傳山 宝持寺の「十八羅漢石仏」
躍動感あふれる「十八羅漢石仏」
境内の美しい庭園の中で、思わず足を止めてじっくり眺めてしまったのがこちらの「十八羅漢石仏」です。
ゴツゴツとした岩山の上に、お釈迦様の弟子である18人の高僧(羅漢様)の石像がずらりと並んでいます。
驚くのはその彫りの細かさ!
よく見ると、鋭い目つきで虎(獅子?)を従えていたり、穏やかに瞑想していたりと、みんな驚くほど個性的で表情豊かです。
お気に入りの羅漢様を探してみるのも楽しいですよ。

曹傳山 宝持寺の「亀石」
庭園に豊かな表情を添える名石「亀石」
庭園を散策中、芝生の上にどっしりと構える大きな奇岩を見つけました。
手前には「亀石」と書かれた木製の看板が。
自然が作り出した独特の凹凸や石の模様が、まるで本物の亀の甲羅のような質感を醸し出しています。
古くから長寿や吉兆の象徴とされる亀。
見ているだけで、なんだか運気がアップしそうなありがたいスポットです。

📜 宝持寺とは? 創建と歴史


「渡辺綱」が開いたと伝わる曹洞宗の古刹


このお寺の最大の歴史的特徴は、平安時代中期の伝説的な武将であり、全国の「渡辺(渡部)姓」の始祖とされる渡辺綱(わたなべのつな)によって開かれたと伝えられている点です。
寺伝では、今から約1000年前、渡辺綱が自らの祖父である源仕(みなもとのつかえる)と、父である源宛(みなもとのあつる)の菩提を弔うために建立したとされています。

⚔️ 鬼を斬った英雄!渡辺綱のエピソード


ここで、宝持寺と深いかかわりのある武将・渡辺綱について少し振り返ってみましょう。
渡辺綱は、平安時代の名将・源頼光(みなもとのよりみつ)に仕えた「頼光四天王」の筆頭として知られる人物です。
数々の武勇伝を残しており、特に以下の2つの伝説が有名です。

大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)退治


京の都を脅かした鬼の頭領を、仲間とともに討ち果たした伝説。

一条戻橋の鬼退治


京都の一条戻橋(または羅生門)で美女に化けた鬼に襲われるも、愛刀「髭切」で鬼の腕を切り落としたという逸話。
この渡辺綱が生まれ育ち、拠点としたのがここ武蔵国箕田でした。
そのため、この地は全国の「渡辺さん」のルーツ、いわば「渡辺氏発祥の地」として、今も多くの人々に崇められています。

曹洞宗寺院としての中興と江戸時代の宝持寺


現在の宝持寺は曹洞宗寺院ですが、創建当初は律宗であったとも伝えられています。
その後、永正年間(1504〜1520年)に東松山市・永福寺の第二代住職である壑芸玄巨大和尚によって曹洞宗寺院として中興されました。
江戸時代には、幕府より寺領5石の御朱印状を拝領し、地域の寺院として寺勢を保ちました。
しかし、その後は相次ぐ火災により往時の伽藍は失われたと伝えられています。
現在の本堂は平成15年に一新されたもので、唐招提寺を思わせる大きな屋根が特徴です。

隣接する「氷川八幡神社(綱八幡)」と「箕田碑」


宝持寺のすぐ隣には、渡辺綱の祖父・源仕が創建したと伝わる「氷川八幡神社」があります。
通称「綱八幡」とも呼ばれるこの神社の境内には、江戸時代に建てられた由緒ある「箕田碑」があり、当時の箕田源氏の繁栄を今に伝えています。
氷川八幡神社では御朱印もいただけますので、宝持寺を訪れた際は、ぜひ合わせて参拝したいスポットです。
⛩️ 参拝後記
平安時代の鬼退治武将・渡辺綱の息吹を今に伝える宝持寺。
全国の「渡辺さん」はもちろん、歴史やお城、神社仏閣巡りが好きな方にとって、非常に見応えのある隠れた名所です。
鴻巣市を訪れた際は、ぜひ足を延ばして1000年前の武士たちの歴史ロマンに触れてみてはいかがでしょうか?
2026.06.02 14:29 | comment(0)
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御朱印道 今日の御朱印画像

夫婦で関東の神社やお寺を巡りながら、いただいた御朱印を記録しています。
参拝時の雰囲気、アクセス、混雑状況など、実際に訪れたからこそわかる情報を紹介しています。

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