金剛山 金乗院 平間寺(こんごうさん きんじょういん へいけんじ)で御朱印をいただきました。
川崎大師
[金剛山 金乗院 平間寺(川崎大師)]
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師町4-48
駐車場:あり(無料・有料)
アクセス:京急大師線「川崎大師駅」下車徒歩約8分、首都高速 横羽線・川崎線 「大師出口」から約5分

「厄除け」や「初詣」といえば……そう!
泣く子も黙る(!?)超パワースポット、川崎大師に行ってきました〜!

「厄年じゃないし、お正月でもないし、今行くのは渋いかな?」
なーんて思ってる女子のみなさん!ノンノンですっ。

実は普段の川崎大師って、ほどよい活気があって、おいしい誘惑がいっぱいで、最高のリフレッシュスポットなんですよ。
今日は、そんなお大師さまでの「食べて、祈って、パワーチャージ!」な、私流の欲張りさんぽをレポートしちゃいます。

📝 参拝情報
・大本堂の開扉時間(参拝可能時間)
4月〜9月:5:30 〜 18:00
10月〜3月:6:00 〜 17:30
※毎月21日は5:30から、20日は21:00まで開いています。
・お護摩祈祷の開始時間
平日・土日祝: 6:00(冬期6:30)、9:00、10:30、11:30、13:00、14:30、15:30
※日曜日や毎月21日は回数が増える場合があります。

🖌️ 御朱印の種類と納経料
御朱印代は各300円です。
・大本堂
厄除遍照殿、関東八十八ヵ所霊場(特別霊場)、東海三十三観音霊場(第33番)など
・不動堂
大聖不動明王、武相不動尊霊場(第1番)、関東三十六不動霊場(第7番)
・薬師殿
薬師如来
・自動車交通安全祈祷殿
弘法大師
限定御朱印:夏の「風鈴市」期間中など、期間限定の切り絵御朱印や特別印が授与されることもあります。
御朱印帳:オリジナルデザインが数種類あり、価格は1,000円〜1,300円(御朱印代込み)程度です。
受付時間
大本堂:6:00 〜 17:30(開扉時間に準ずる)
不動堂・薬師殿・祈祷殿:9:00 〜 16:00

関東三十六不動霊場御朱印
「頂いた関東三十六不動霊場の御朱印」
こちらの御朱印は不動堂でいただけます。

川崎大師大山門
🏮「大山門」
現在の大山門は、もともとの江戸時代の門ではありません。
昭和20年(1945年)4月15日未明の川崎大空襲で、境内の多くの建物とともに焼失してしまいました。
その後、戦後復興の象徴として昭和52年(1977年)に再建されました。
「厄除けの寺が、自らも災厄から立ち直った」という意味で、参拝者にとって特別な門になっています。

川崎大師大山門の大提灯
🐉「魚がし」の大提灯と龍の彫刻
大山門に掲げられている巨大な提灯は、東京・築地の「魚がし講」から奉献されたものです。
提灯を見上げると、その底部分には見事な「龍の彫刻」が施されています。

川崎大師大本堂
「大本堂」
昭和39年(1964年)5月に落慶されたお堂で、堂内には御本尊の厄除弘法大師を中心に、不動明王や愛染明王など、さまざまな仏さまが大切にお祀りされています。

実際に足を運んでみると、とても落ち着いた雰囲気に包まれていて、自然と心が穏やかになるような感覚に…✨
こちらの大本堂では、毎日お護摩の修行が行われているそうで、世界平和や国家安穏、そして私たち一人ひとりの安全が丁寧に祈願されています。

日々の忙しさの中で、こうして静かに祈りの時間が続けられている場所があることに、なんだかほっとする気持ちになりました。

🌊 始まりは「海」から?武士と仏様の運命的な絆
川崎大師の歴史は、約900年前の平安時代までさかのぼります。
実はここ、平間兼乗(ひらま かねのり)という武士が開いたお寺なんです。

無実の罪で故郷を追われ、川崎の海で漁師として暮らしていた兼乗さん。
ある夜、夢枕に立った高僧の教えに従って海へ網を投げると、キラキラと輝く弘法大師(空海)の木像が引き上げられました。
「これは運命だ」
と悟った彼は、貧しい暮らしの中でもこの像を大切に祀り続けました。
その姿に感動した高野山の高僧・尊賢上人と共に建てたのが、この平間寺のはじまり。

「どん底の時期に、未来を信じて大切なものを守り抜く」
……そんな兼乗さんの真っ直ぐな心が、今の強力なパワースポットとしての基盤になっているのかもしれません。

☘️ あの「徳川家斉」も通いつめた!
江戸時代、川崎大師を一躍有名にしたのが、11代将軍・徳川家斉(いえなり)です。
実は彼、厄年の時にわざわざ江戸城からここまで参拝に訪れたのだそう。
将軍自らがお参りしたことで、
「厄除けといえば川崎大師」
というブームが江戸中の女性たちの間でも大爆発!
今で言う「推しの聖地巡礼」のような感覚で、当時の人たちもワクワクしながら参道を歩いていたと思うと、親近感が湧きますよね。

🔥「お護摩」が、想像以上のライブ感!
川崎大師に来たら、絶対外せないのが「お護摩(おごま)」祈祷。
お堂の中に入ると、お坊さんたちの読経の重低音が体に響いて、巨大な火柱がドォォォッ!と上がるんです。

「私のモヤモヤも、全部この火で焼き尽くして〜!」
って心の中で叫んできました(笑)。
終わった後は、心なしか視界がパッと明るくなった気がします。
まさに魂のデトックス!

川崎大師八角五重塔
「八角五重塔(中興塔)」
昭和59年(1984年)に建てられました。

🌸 八角五重塔と「美」の神様
境内を歩いていると、ひときわ目を引くのが「八角五重塔」。
八角形は「最も円に近い形」とされ、包容力や完全性を象徴しているのだとか。
快晴の日には朱色が青空に映えて、写真映えも抜群です。

そして、忘れずに寄ってほしいのが「しょうづかの婆さん」。
少し変わった名前ですが、実は「美容」や「歯」の神様として信仰されているんです!
「いつまでも綺麗でいたい」
と願う女性たちに密かな人気のスポット。
お参りすれば、女子力アップのご利益があるかも?

第五十五代横綱 北の湖敏満之像
「第五十五代横綱 北の湖敏満之像」
境内には、平間寺の檀家だった「北の湖敏満」さんの銅像が建てられています。
数々の最年少記録を塗り替えた「北の怪童」として知られ、その圧倒的な強さから「憎らしいほど強い」と言われるほどの力士だったそうですよ!

やすらぎ橋
「やすらぎ橋」
災難を遠ざけて、幸せを呼び込むといわれる朱色に美しく塗られていて、見ているだけでなんだか前向きな気持ちになれます。

さらに欄干には、悟りへと至る道のり――発心(ほっしん)・修行(しゅぎょう)・菩提(ぼだい)・涅槃(ねはん)――を表す種子(しゅじ)(梵字)が20文字も刻まれているそうです。

ひとつひとつに意味が込められていると思うと、とても神秘的で、ついじっくり眺めてしまいました。

降魔成道釈迦如来像
「降魔成道釈迦如来像」
胎内には、印度大菩提会を通じて勧請された、尊い真身仏舎利が大切にお祀りされているそうです。

実際にその存在を思うと、とても神聖で、静かに手を合わせたくなるような、特別な空気を感じました。

川崎大師大本坊
「大本坊」
大本坊は昭和9年(1934年)に完成したそうですが、その後、第二次大戦の戦火により、外郭だけを残すかたちとなってしまったそうです。

それでも改修や荘厳が施され、焼失してしまった大本堂が再建されるまでの間、仮本堂として多くのご信徒をあたたかく迎えてきたとのこと。

その歩みを知ると、静かに受け継がれてきた想いの深さに、じんわりと胸が熱くなりました。

川崎大師不動堂
「不動堂」
昭和39年(1964年)4月に落慶された不動堂の御本尊・不動明王尊像は、成田山新勝寺御本尊のご分躰を勧請しお祀りしているものなのだそうです。
凛とした空気に包まれた、とても力強い場所で、
「静かに手を合わせながら自分自身と向き合える」
そんな特別なひとときを過ごせました。

川崎大師不動門
「不動門」
第43世・隆超大僧正が、昭和23年(1948年)に、ご縁のあった地から譲り受けて移築・建立されたものだそうです。

もともとは、昭和20年の空襲で焼失してしまった山門の跡地に建てられていたとのことですが、昭和52年に現在の大山門が建立されたことをきっかけに、不動門としてこちらへ移されたそうです。

こうして場所を変えながらも大切に受け継がれてきた歴史に、しみじみとした想いを感じました。

川崎大師不動門のわらじ
「不動門のわらじ」
不動門に飾られている大きなわらじは、
「このお寺にはこんなにも大きなわらじを履く、力強い門番がいるんですよ」
という「魔除け」の意味が込められているそうです。

それを目にした悪鬼や魔物が恐れをなして、近づかないようにとの願いが込められていると聞いて、なんだかとても頼もしく感じました💪

さらに、仁王様のたくましい足にあやかって、足腰の病気平癒や「これからも自分の足で元気に歩けますように」と願う健脚祈願で訪れる方も多いのだとか。

実際に見上げると、その迫力に思わず見入ってしまって、自然とお願いごとをしたくなってしまいました💦

参道の食べ歩き
🍎 結局、食い気が勝る。おまんじゅうの誘惑に完敗
参拝の後は、お待ちかねのスイーツタイム!
川崎大師といえば「久寿餅」が有名だけど、私の目にとまったのはホカホカの「おまんじゅう」。
実は、カリッとした「揚げまんじゅう」とどっちにしようか、お店の前で3分くらい真剣に悩んじゃいました(笑)。
でも今日は、春を感じるようなぽかぽか陽気。
「揚げ」の気分転換もいいけど、この柔らかな日差しには、しっとりした「普通のおまんじゅう」が絶対に合う!と直感して決断しました。
蒸したてのせいろから出てきたおまんじゅうを一口。
ふわっふわの皮と、優しい甘さのあんこが口いっぱいに広がって、「あ〜、幸せ……」って思わず独り言。
暖かいお日様の下で食べるおまんじゅう、最高のご褒美でした!

🙏 参拝後記
「厄年だから行く」だけじゃもったいない!
美味しいものを食べて、迫力の祈祷に癒やされて、仲見世の活気に元気を分けてもらう。
週末の「ちょっとそこまで」なリフレッシュに、川崎大師は最高のチョイスでした。
皆さんも、最近モヤモヤしてるな〜と思ったら、ぜひ京急線に乗ってお出かけしてみてくださいね!
2026.04.14 05:04 | comment(0)

三崎稲荷神社(みさきいなりじんじゃ)で御朱印をいただきました。

三崎稲荷神社(Instagram)」
所在地:東京都千代田区神田三崎町2-9-12
駐車場:なし
アクセス:JR総武線・中央線、都営三田線「水道橋駅」より徒歩約3分

水道橋駅のすぐそばに佇む「三崎稲荷神社」。
都会の喧騒の中にありながら、一歩足を踏み入れると背筋が伸びるような神聖な空気が漂っています。
今回は、この神社がなぜ「清めの稲荷」と呼ばれ、歴史の荒波をどう乗り越えてきたのか、その興味深いエピソードを紐解いてみましょう。

📝 参拝情報
境内への参拝は24時間可能です。
社務所受付時間:9:00 ~ 17:00
定休日:年中無休

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
通常の御朱印に加えて、凝ったデザインの限定御朱印も人気です。
御朱印の種類
・通常御朱印
帳面に直接揮毫(直書き)していただけます。
・季節の限定御朱印
狐のお面をモチーフにした「切り絵御朱印」などが期間限定で頒布されることがあります(例:9月~11月の秋季限定など)。
初穂料
通常御朱印:500円程度
限定・切り絵御朱印:1,000円~1,500円程度(デザインにより異なります)
・オリジナル御朱印帳
神社の社殿や狐がデザインされたオリジナルの御朱印帳も用意されています。
受付時間:9:00~17:00
授与場所:境内入り口の鳥居をくぐって右手にある社務所にてご対応いただけます。


「直書きでいただいた御朱印」


「干支の大絵馬」
駆けるように、運気も上向きに。
そんな一年になりますように。


とっても素敵な「手水舎」
そっと手を清めて、心まで澄んでいくようなひととき。
静かな水音に癒されて、少しだけ優しい気持ちになれました。


「椿の生け花」
「清めの稲荷」として知られる三崎稲荷神社。
社務所の窓口に飾られた美しい生け花は、この神社の「おもてなしの心」を表しているかのよう。
小さな心遣いに、心の中に溜まっていたトゲトゲした気持ちまで、すーっと洗い流されていくみたい。
自分へのご褒美に、この彩りを写真に収めて持ち帰りたくなりました。


「社殿」
📜 ご由緒
三崎稲荷神社、実は、徳川将軍家や江戸の歴史と深く関わりのある、とっても格式高い神社なんです。
👉 始まりは平安時代!
創建は建久年間(1190〜99年)といわれ、古くは神田川の岸にある「三崎村」の鎮守(地域の守り神)として誕生しました。
かつてこの地が日比谷入江に突き出した「岬(みさき)」だったことが、名前の由来といわれています。

👉 三代将軍・徳川家光も認めた「清めの稲荷」
江戸時代、三代将軍・徳川家光公は、参勤交代で江戸に来る大名たちに

「三崎稲荷で心身を清めてから登城するように」

と勧めたそうです。
これ以来、諸大名は参拝を欠かさないようになり、いつしか「清めの稲荷」と呼ばれるようになりました。
現代でも「旅行安全」や「道中安全」の神様として信仰されているのは、この歴史があるからなんです。

👉 激動の歴史と4回の移転
江戸の町づくりとともに歩んできた神社でもあります。
・江戸城の外堀(神田川)の工事
・幕府の訓練施設「講武所」の設置
・明治時代の鉄道(現在のJR中央線)開通
など、時代の変化に合わせて計4回もの移転を経て、明治38年(1905年)に現在の場所に落ち着きました。

👉 お守りした「神応湯」の伝説
かつては「神応湯(しんおうとう)」という疱瘡(天然痘)に効くお薬を参拝者に授与しており、皮膚病の快癒にもご利益がある神社として江戸の人々に親しまれていました。

⛩️ 都会の空気を一変させる「朱塗りの社殿」
鳥居をくぐると、正面にどっしりと構えるのが朱塗りの美しい社殿です。
現在の建物は戦後に再建されたものですが、その鮮やかな色彩は周囲のビル群の中で際立ち、訪れる人の心を明るくしてくれます。

まずはここで、旅の安全や日々の無事を祈りましょう。
かつて参勤交代の大名たちが登城前に身を清めたという逸話に思いを馳せると、背筋がすっと伸びるような感覚になります。

🏮 歌舞伎の世界とも深い縁
江戸時代の文化とも関わりが深く、歌舞伎の有名な演目『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』に登場する悪役・仁木弾正(にっきだんじょう)のモデルとなった人物が、この神社の近くに住んでいたという説や、物語の舞台背景としての縁も語り継がれています。


「百度石(ひゃくどいし)」
🤔 そもそも「百度石」ってなに?
神社の入口や境内でよく見かけるこの石柱。
これは、同じ願いを何度も届ける「お百度参り」の起点となる大切な印なんです。
お百度参りとは、この百度石と拝殿の間を100回往復して祈願する習わしのこと。
三崎稲荷神社でも、古くから多くの人々がこの石を折り返し地点にして、切実な願いを神様に届けてきました。


「草鞋(わらじ)の像」
道中安全祈願の象徴として設置されています。

🌍 有名人たちの参拝エピソード
そんな歴史ある神社には、印象的なエピソードも残されています。
先ほど、ご由緒でも触れた「江戸時代の大名たち」が、参勤交代の登城前には参拝に訪れましたが、明治政府の最高首脳の一人・「大隈重信」(第8・17代内閣総理大臣)も、海外へ渡る際に参拝し、旅の無事を祈願したと伝えられています。

さらに、南極探検の際には、隊員たちのベストにこの神社のお守りを縫い付けて出発したというお話もあるそうです。

江戸時代の大名から近代の偉人、そして探検隊まで――
さまざまな人々の「旅の安全」を見守ってきた三崎稲荷神社。

今もなお、

「新しい一歩を踏み出す人をそっと支えてくれる」

そんなあたたかい場所に感じられました。

⛩️ 参拝後記
水道橋という交通の要所に鎮座し、江戸の武士たちが旅の無事を祈り、身を清めた歴史が今も息づく三崎稲荷神社。
現代の私たちにとっても、出張や旅行の前にふらりと立ち寄り、気持ちをリセットするのにぴったりの場所です。
次回の参拝では、線路のすぐ脇で歴史を見守り続けてきた社殿の佇まいに、ぜひ注目してみてくださいね。
2026.04.03 16:02 | comment(0)

牛天神 北野神社(うしてんじん きたのじんじゃ)で御朱印を頂きました。

北野神社
所在地:東京都文京区春日1-5-2
駐車場:なし
アクセス:地下鉄丸ノ内線・南北線「後楽園駅」より徒歩約10分、地下鉄三田線・大江戸線「春日駅」より徒歩約10分、JR中央線・地下鉄東西線・南北線・大江戸線・有楽町線「飯田橋駅」より徒歩約10分

文京区にある「牛天神 北野神社」へ参拝してきました。
学問の神様・菅原道真公を祀る、知る人ぞ知るパワースポットなのですが……。
たどり着くまでに、現代人ならではの「落とし穴」にハマってしまったので聞いてください。

📝 参拝情報
参拝時間:24時間可能ですが、拝殿の開扉は9:00~17:00です。
授与所受付(お守り・お札):9:00~17:00

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
月替わりや行事ごとの豊富な「限定御朱印」で非常に人気が高い神社です。
御朱印の種類
・通常御朱印
通年授与される「牛天神」の御朱印や、干支が描かれたものがあります。
・月替わりや記念御朱印
毎月デザインが変わるほか、「昭和の日」「平成の日」「令和の日」といった特定の記念日に合わせた限定デザインが頒布されます。
・兼務社の御朱印
出世稲荷神社など、周辺の兼務社の御朱印もこちらで受けることができます。
初穂料:一般的な御朱印は500円ですが、デザインや形式(見開き等)によって異なる場合があります。
基本的には御朱印帳への「直書き」でのご対応です。
授与場所:境内左手の社務所にてご対応いただけます。
受付時間:9:00~16:00
御朱印の受付終了は授与所閉所より1時間早いのでご注意ください


直書きでいただいた御朱印。
今日はポカポカあったかくて、境内の桜は満開で
「春がきたんだなぁ~」と実感しました。


神社北側の「牛坂」
🗺️ スマホの地図が指し示した「過酷なルート」
後楽園駅からスマホのマップを片手に出発。
「よし、こっちだな」と案内されるがままに進むと、目の前に現れたのは……「牛坂」。
名前は可愛いですが、実態はかなりの急勾配!

「学問の神様に会うには、この試練を乗り越えねばならぬのか……」
と、息を切らしながら一歩一歩登りきりました。


「北野神社境内」
🌸 静かに寄り添う神社
大きな神社ではありませんが、その分どこか落ち着いた空気が流れていて、
👉 そっと願いを託したくなるような場所。

派手さはないけれど、やさしく寄り添ってくれるような神社です。


ご神木「木斛(もっこく)」
樹齢は100年を超えるそうです。


「手水舎」
すごく趣のある手水舎!
平成14年に「菅原道真公昇神1100年」を記念して奉納されたそうです。


「撫で牛(石牛)」さんの像
いうまでもありませんが‥‥
・頭を撫でると頭が良くなる
・悪いところを撫でると良くなる
といわれています。
そのため、受験生や参拝者がやさしく撫でていく姿がとても印象的です。

全国各地の天満宮にある「撫で牛」の風習ですが、ここ牛天神 北野神社は
「なで牛の発祥の地」とも言われています。


🐄「ねがい牛(撫で岩)」
ねがい牛には、創建のきっかけとなった源頼朝にまつわる不思議な伝説があります。
👉 源頼朝の夢とお告げ
元暦元年(1184年)源頼朝が東国平定(奥州征伐とも)の途中にこの地を訪れ、境内の大きな岩に腰掛けて休息をとっていました。
その際、頼朝の夢に牛に乗った菅原道真公(天神様)が現れ、

「汝に二つの喜びがある。願いが叶ったら社を建てて祀るように」
とお告げを残しました。

その後、実際に頼朝には二つの吉事が舞い込みました。
・嫡男(源頼家)の誕生(1182年/寿永元年)
・戦(東国平定)の勝利と支配権の確立(1183年/寿永2年)

この御利益に感謝した頼朝が、太宰府天満宮から御分霊を勧請して社殿を建立したのが「牛天神」の始まりで、頼朝が夢でお告げを受けた時に腰掛けていた牛の形の岩こそが、現在の「ねがい牛(撫で岩)」です。


「おみくじ掛け」
牛さんのシルエットが浮かび上がるようになってます。
おみくじは境内の梅の木には結ばないようにね!


境内社「太田神社・高木神社」
💫 牛天神の奥で、そっと息づく神さまたち
境内を歩いていると、少しだけ空気が変わる場所があります。
静かで、でもどこかあたたかい気配のする一角。
そこに佇むのが、太田神社と高木神社です。

祀られているのは、

「舞いと芸の神・天鈿女命」
「道をひらく猿田彦命」
「実りをもたらす宇迦御魂命」

夫婦の神さまと、暮らしを支える神さまが、穏やかに寄り添うように鎮まっています。

👉「貧乏神」だった神さまの、不思議な転機
ここには少し不思議な由来があります。

もともとは、黒闇天女という神さまが祀られていました。
弁財天の姉ともいわれ、「貧乏神」と呼ばれていた存在。

けれど江戸のある出来事をきっかけに、
“貧しさを追い払い、福を呼び込む場所”として人々の信仰を集めるようになります。

不運を遠ざける場所が、いつしか希望を呼ぶ場所へ。
その変化が、なんだか人の祈りそのものみたいで、少し胸に残ります。

👉 芸に生きる人たちが集った場所
かつてこの場所は、とても賑やかだったそうです。

祭りの日には、夜明け前から人が訪れ、夜遅くまで灯りが絶えない。
そんな光景が、関東大震災の頃まで続いていました。

芸能の神として知られ、歌舞伎役者や舞台に立つ人々が足しげく通い、名のある役者たちもここで手を合わせたといいます。

舞台の裏にある、祈りの時間。
その静かな瞬間が、この場所には今も残っている気がします。

ふと立ち寄るだけでも、どこか心が整うような場所。
賑わいの記憶と、静けさが重なり合うこの社で、少しだけ立ち止まってみるのもいいかもしれません。


「本殿」
地元では「牛天神さん」と親しまれている「牛天神 北野神社」は、元暦元年(1184年)に、源頼朝によって創建された歴史ある古社です。
江戸時代には有名な浮世絵師・葛飾北斎の「富嶽三十六景」で、唯一の雪景色を描いた名作(1831~1833年頃)「礫川 雪ノ旦(こいしかわ ゆきのあした)」を描いた地が、この神社の境内にあった茶屋ではないか、と考えられています。


「富嶽三十六景・礫川 雪ノ旦」


境内の「桜」
江戸時代に、「水戸黄門」でおなじみの常陸水戸藩主・徳川光圀公から奉納された桜の木だそうです。
当初は5本奉納されたそうですが、この一本の木だけが枯れずに残っているそうです。
境内に彩を与えてくれる貴重な桜の木です。

「水戸黄門」といえば、やっぱり光圀のことを思い浮かべる方が多いですよね。
でも実は、歴代の水戸藩主の中には、光圀のほかにも頼房、綱條、治保、斉脩、斉昭、慶篤といった、中納言・権中納言に任じられた方々がいらっしゃるんです。

なので、「水戸黄門」と呼べる方は、光圀だけではなくて、全部で7人もいらしたことになるんですよ。
ちょっと意外で面白いですよね。

💡 ポイント!
「黄門(こうもん)」というのは、もともと役職の呼び名なんです。
平安時代の官職である「中納言(ちゅうなごん)」の別名で、「黄門侍郎(こうもんじろう)」と呼ばれていたことから、略して「黄門」と言うようになりました。

つまり「水戸黄門」というのは、
👉 水戸藩主で中納言に任じられた人物
という意味になるんですね。

🌸 ご褒美は「満開の桜」!
あの急坂を登った苦労も、境内に足を踏み入れた瞬間に吹き飛びました。
今、境内は桜が満開!
青空に映える淡いピンクの花びらが風に舞って、まさに春爛漫。
「撫でれば願いが叶う」という有名なねがい牛(撫で岩)も、心なしか嬉しそうに見えました。


衝撃の事実!「階段」があったんかーい!
なんとか境内に到着し、無事にお参りを済ませてスッキリした帰り道。
ふと坂の下を見下ろすと……。

「……ん? あの階段、どこに続いてるの?」

なんと、坂の下から境内へ直結する階段があるじゃないですか!
スマホのルート案内を忠実に守りすぎて、最短ルートの階段を完全に見落とし、わざわざ急坂を大回りして登っていたんです(笑)。
これから行く方は、ぜひ視線をスマホから上げて「階段」を探してみてくださいね。


「牛坂の下にある神社入口」
坂の下にあった境内へ直通の階段…………
マップに集中しすぎて気づかんかった💦

⛩️ 参拝後記
道真公も、必死に坂を登ってくる私の姿を見て「真面目なやつじゃのう」と苦笑いしていたかもしれません。
失敗も含めて、とても記憶に残る参拝になりました。
みなさんも、地図を見すぎず、五感(と階段)を信じて、素敵な春の散歩を楽しんでみてください!
2026.04.02 02:33 | comment(0)
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関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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