成田山 横浜別院 延命院(なりたさん よこはまべついん えんめいいん)で御朱印をいただきました。
成田山横浜別院延命院
📋 基本情報
[成田山 横浜別院 延命院(野毛山不動尊)]
所在地:神奈川県横浜市西区宮崎町30
駐車場:あり
アクセス:JR根岸線・横浜市営地下鉄「桜木町駅」から徒歩約10分

📝 参拝情報
拝観時間:9:00 〜 15:00
土日祝日や縁日(毎月1日・15日・28日)は混雑する傾向があります。
護摩祈祷:定期的に厳修されていますが、時間は日によって異なる場合があるため、参列を希望される際は事前に確認することをお勧めします。

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
・通常御朱印:本尊「不動明王」の文字が記されたもの。
・関東三十六不動霊場の御朱印:専用の紙でのお渡しとなります。
・特別御朱印:金紙を使用した豪華なバージョンや、季節・行事に応じた期間限定のデザインが頒布されることがあります。
初穂料(料金): 一般的な御朱印は300円ですが、金紙や見開き等の特別版はそれ以上の志納金となる場合があります。
・御朱印帳:オリジナルの御朱印帳も用意されています。
授与場所:本堂内の御守・御朱印授与所にて受け付けています。
受付時間:9:00 〜 15:00


桜木町から少し歩いて、野毛山の静かな高台へ。
にぎやかな横浜の街とは少し違う、落ち着いた空気が流れる場所にあるのが「成田山横浜別院(野毛山不動尊)」です。

今回は御朱印をいただきに訪れたのですが、実際に参拝してみると、想像以上に“体感できるお寺”でした。

迫力ある御護摩祈祷、背筋が伸びる不動明王、そして自分で金箔を貼るという少し不思議な祈り——

観光というよりも、
「ちょっと自分を整える時間」を過ごせる場所。

そんな成田山横浜別院の魅力を、御朱印とあわせてご紹介していきます。

野毛山不動尊の御朱印
「頂いた御朱印」
管理人は「関東三十六不動霊場の御朱印」をいただきました!

成田山 横浜別院 延命院本堂
「本堂」
ここのご本尊は、あの成田山新勝寺と同じ不動明王様。
お堂に入ると、お不動様のキリッとした表情に背筋が伸びます。
毎日行われている「御護摩祈祷(おごまきとう)」は、太鼓の音がドンドン!
と体に響いて、自分の中のモヤモヤを全部焼き払ってくれるような大迫力。
これ、本当に浄化される感じがしてクセになります(笑)

📜 ご由緒
成田山横浜別院のはじまりは、明治3年(1870年)。
千葉の名刹である「成田山新勝寺」の横浜別院として建立されました。
この建立に大きく関わったのが、実業家であり易学者として知られる高島嘉右衛門です。

当初は現在の場所ではなく、横浜市南区西中町にある普門院の境内に、遥拝所(ようはいじょ)として設けられたのが始まりでした。

✔️ なぜ横浜に成田山が?
背景にあったのは、開港後の横浜の急速な発展です。
横浜港開港によって、全国から多くの人が横浜に移り住むようになりました。

その中には、成田不動尊を信仰していた人々も多く、「横浜にも成田山の拠点を」という願いが高まります。

その請願を受けて誕生したのが、この横浜別院でした。

✔️ 現在地への移転と寺号の由来
明治9年(1876年)、お寺は現在の野毛山の地へ移転し、「成田山教会所」となります。
さらに明治26年(1893年)、正式に「成田山横浜別院延命院」と改められました。
👉 この「延命院」という名前、実は由緒あるもの。
江戸時代、歌舞伎役者の七代目市川團十郎が、天保の改革の際に江戸払いとなり、一時期身を寄せていた成田山新勝寺の境内に「延命院」という寺がありました。
そのゆかりのある寺号を受け継いでいるのです。

✔️ 徳川家ゆかりの本尊・不動明王
このお寺の中心である本尊・不動明王も、非常に興味深い由来を持っています。

もともとは徳川家の秘蔵仏とされていたもので、元禄年間、成田山新勝寺に対して代々の祈願を願った際に授けられたと伝わっています。

さらに、その制作は聖宝(理源大師)によるものとも言われています。

つまりこの不動明王は、徳川家の信仰と成田山の歴史をつなぐ特別な存在なのです。

金箔医王尊
「金箔医王明王(きんぱくいおうみょうおう)」
👉「医王明王」ってどんな仏さま?
名前だけ聞くと難しそうですが、意味はとてもシンプル。
「医王」=病を治す存在
「明王」=厳しい姿で人を救う仏さま(不動明王の仲間)

つまり
“病気や不調を断ち切るための、ちょっと強めの守護仏”

優しいだけじゃなくて、
「ちゃんと治しなさいよ」と背中を押してくれるような存在です。

金箔医王尊
自分で金箔を貼る、不思議な祈り
この医王明王さま、普通に手を合わせるだけじゃありません。
なんと、自分で金箔を貼ってお願いするスタイルなんです。

授与所で金箔をいただいて、そっと仏像に貼る。
そして「ここを良くしたい」と思う自分の体の部分と重ねて祈ります。

例えば
・肩こりがつらい → 肩のあたりに
・体調を整えたい → 胴体のあたりに

そんなふうに、自分の体と仏さまをリンクさせる感覚

ただお願いするだけじゃなくて、
ちゃんと“自分の身体と向き合う時間”になるのが印象的でした。


⛩️ 参拝後記
今回の参拝は、御朱印をいただくのが目的でしたが、気づけばそれ以上に“心に残る時間”になっていました。
不動明王の前に立つと自然と背筋が伸び、御護摩の音に包まれると、頭の中のモヤモヤがすっと消えていくような感覚。
そして金箔を貼る体験では、自分の体や状態と向き合う時間にもなりました。

横浜という都会の中にありながら、ここにはしっかりと「祈りの場所」としての空気が流れています。

御朱印巡りがきっかけでも、ちょっとした気分転換でも大丈夫。
ふと立ち寄るだけでも、きっと何かをリセットできる——

そんな静かな力を感じるお寺でした。
2026.04.17 16:20 | comment(0)

金山神社(かなやまじんじゃ)で御朱印をいただきました。
金山神社
📋 基本情報
[金山神社](公式X)
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師駅前2丁目13−16
駐車場:あり
アクセス:京急大師線「川崎大師駅」南口より徒歩約2分

📝 参拝情報
参拝時間:24時間
授与所受付時間:9:00〜17:00
御朱印受付時間:9:00〜16:30

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
通常御朱印:書体のみのものと、土日祝限定のイラスト入り(かなまら様や仁徳天皇のモチーフ)があります。
期間限定御朱印
かなまら祭限定:毎年4月の祭り期間中に頒布される特別なデザインです。
季節・行事限定:夏詣、山の日、注連縄作り、オヤシロフェスなど、時期に応じた限定デザインが多数用意されます。
ミニ御朱印:通常サイズより小さい「ミニ御朱印」の授与も行っています。
初穂料(料金): 500円 (以前は300円でしたが変更されました)。
※一部の祭事限定御朱印は1,000円となる場合もあります。
授与場所:若宮八幡宮の本殿に向かって右側の授与所にてご対応いただけます。
受付時間:9:00 〜 16:30
注意点:原則として御朱印帳への直書きですが、書き手不在時や一部の限定品は書き置き(紙)での授与となります。


神奈川県川崎市にあるちょっとユニークでパワフルな神社、「金山神社」をご紹介します。
川崎大師のすぐそば、若宮八幡宮の境内にあるこの神社。
実は「かなまら様」という愛称で、今や日本国内だけでなく世界中から参拝者が訪れる超人気スポットなんです。

金山神社の御朱印
「直書きでいただいた御朱印」

金山神社の鳥居
「鳥居」
緑に包まれた小さな鳥居をくぐると、そこには静かでやさしい空気が流れていました。

🔍 金山神社ってどんなところ?
金山神社は、金属加工や鍛冶の神様である「金山比古神」と「金山比売神」を祀っています。
鉄の神様であることから、「折れない心」や、転じて「夫婦和合」「子孫繁栄」、さらには「性の守護神」として古くから信仰されてきました。

金山神社の拝殿
「拝殿」
平成11年に再建された社殿は必見!
鉄板で覆われた黒一色の「正八角形」のデザインは、他の神社ではなかなか見られないモダンで力強い雰囲気です。

📜 ご由緒
古くからこの地で「鍛冶の神」として祀られてきましたが、詳細な創建時期の記録は残っていません。
江戸時代には既に現在の「かなまら祭」の原型となる信仰があったことが確認されています。
もともとは現在の京急「川崎大師駅」の東側(現在のセブンスターマンション付近)に独立して鎮座していました。
大正時代、当時の京浜電気鉄道(現:京浜急行)が路線の拡張(ループ線の建設)を行う際、神社の境内地が線路にかかってしまったため、大正13年(1924年)に、現在の若宮八幡宮の境内へと遷されました。

かなまら様
境内の「金属製の黒いシンボル」
境内で目を引く黒いシンボルは、御神体である「かなまら様」を象ったものです。
👉 なぜ「黒」なのか?
それは、この神社の神様が「鉄」や「鍛冶」の守護神だから。
鉄の質感を表現した黒い姿は、職人の魂と力強さの象徴でもあるのです。

💫 神話から読み解く「性の神様」へのルーツ
金山神社の御祭神は、金山比古神(かなやまひこのかみ)と金山比売神(かなやまひめのかみ)の二柱。
日本神話によると、火の神を産んで大火傷を負ったイザナミを看病したのがこの神様たちだとされています。
このエピソードから、「下半身の病気平癒」や「安産」の守護神として信仰されるようになりました。
また、鍛冶で使う「ふいご」のピストン運動が男女の和合を連想させることから、次第に子孫繁栄や夫婦和合の神様としても親しまれるようになったといわれています。

🌸 江戸時代の遊女たちも祈った、歴史ある神社
実はここ、江戸時代の「川崎宿」で働いていた飯盛女(遊女)たちが、性病除けや商売繁盛を願って夜な夜な参拝した場所でもあります。
当時は、地面に筵(むしろ)を敷いて祈ったことから「地べた祭」と呼ばれていました。
それが今の「かなまら祭」へと受け継がれているのです。

🎈 世界が熱狂!「かなまら祭」
毎年4月の第1日曜日に開催される「かなまら祭」は、SNSでもたびたび話題になりますよね。
ピンク色の「エリザベス神輿」が街を練り歩く光景は圧巻。
多様性を認める現代において、エイズ除けや安産祈願など、あらゆる願いを包み込む懐の深いお祭りとして愛されています。

⛩️ 参拝後記
「ちょっと変わった神社かな?」と思って訪れると、その歴史の深さと温かい雰囲気に驚かされる金山神社。
一見すると刺激的な光景ですが、その背景には「命を繋ぐこと」への真摯な願いと、鉄鋼の町・川崎らしい歴史が詰まっています。
ユニークなお守りや絵馬もたくさんあるので、ぜひ一度、そのパワーを感じに足を運んでみてはいかがでしょうか?
夫婦やカップルでのデート、女子旅でのパワーチャージにもぴったりの場所ですよ。
2026.04.16 15:48 | comment(0)

若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)で御朱印をいただきました。
若宮八幡宮
📋 基本情報
[若宮八幡宮]
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師駅前2丁目13−16
駐車場:あり(無料)
アクセス:京急大師線「川崎大師駅」南口より徒歩約2分

📝 参拝情報
参拝時間:24時間
授与所受付時間:9:00〜17:00
御朱印受付時間:9:00〜16:30

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
平日:基本的に書体(文字)のみのシンプルな御朱印です。
土日祝:イラスト付きの華やかな御朱印が授与されることがあります。
限定御朱印:1月の注連縄作りや、夏詣(7〜8月)、選挙当日(選挙割限定)など、季節やイベントに合わせた期間限定のデザインが多数登場します。
初穂料(目安):500円
※デザインなどによって変わる場合もあります。
授与場所:拝殿右側の授与所にてご対応いただけます。
受付時間:9:00〜16:30

京急大師線「川崎大師駅」から歩いてすぐ。
今回は、古くからこの地の鎮守として親しまれている若宮八幡宮を訪れました。
仁徳天皇を主祭神とし、多摩川の氾濫から土地を守る治水の神様、そして子供たちの健やかな成長を見守る神様として、地元では古くから篤い信仰を集めている神社です。

若宮八幡宮の御朱印
直書きでいただいた御朱印。

若宮八幡宮の鳥居
「石鳥居」
鳥居をくぐると、駅前の喧騒が嘘のように静かな空間が広がります。
社殿のそばには、この地の歴史を物語る「大師河原干拓」に関する石碑などもあり、川崎の発展を見守り続けてきた重みを感じることができます。
お昼ごろに到着し、まずは無事に参拝を済ませました。
ここまでは、いつも通りの心地よい神社巡りになるはずだったのですが……。

若宮八幡宮「拝殿」
「拝殿」
昭和20年(1945年)4月15日の「川崎大空襲」によって焼失し、現在の拝殿は昭和35年(1960年)に再建されました。

📜 ご由緒
東京都大田区東六郷にある八幡塚六郷神社から、氏子の方々の移住とともに、この地に祀られたのが始まりとされているそうです。

大師河原の干拓地を守る総鎮守として、六郷神社の御祭神である応神天皇の御子・仁徳天皇が、淀川の治水工事でのご功績にちなみ、お祀りされたと伝えられています。

創建された正確な年代ははっきりしていないものの、永正17年(1520年)から弘治元年(1555年)にかけての検地をもとに作られた『小田原衆所領役帳』や、永禄2年(1559年)の記録に名前が見られることから、その頃にはすでに存在していたと考えられているそうです。

もともとは川崎大師平間寺の鎮守社として大切にされてきましたが、明治時代の神仏分離をきっかけに独立し、その後は平間寺38世・佐伯隆基のご親族が宮司を務められたとのこと。

こうして長い歴史の中で、形を変えながらも受け継がれてきた背景を知ると、より一層この場所の奥深さを感じられる気がしました…。

👉 始まりは「干拓の守護神」
昔、このあたりは「大師河原」と呼ばれる荒地でした。
この地に移り住み、開発(干拓事業)に尽力した八幡塚六郷神社の氏子たちが、事業の成功と人々の平穏を祈り、御祭神を分祀したのが始まりとされています。
いわば、川崎の街の基盤を作った人々を見守ってきた守り神なのです。

👉 聖帝と称えられた「仁徳天皇」
主祭神として祀られているのは、第16代天皇である仁徳天皇(にんとくてんのう)です。
仁徳天皇は、高台から民の家々を見渡し、炊飯の煙が上がっていないのを見て
「民が貧しいのは私自身の責任である」
として数年間の免税を行ったという「民のかまど」のエピソードで知られる慈愛に満ちた天皇です。
このことから、以下のようなご利益があるといわれています。
「生活の安定・商売繁盛」
「治水・開拓の守護」
「子供の成長・若者の守護」(「若宮」の名に由来)

👉 街の発展とともに歩む
明治時代には村社に列せられ、大師河原の総鎮守として地域住民に親しまれてきました。
現在も、参拝者が参加できる「のりまつり」や「ふいごまつり」、秋には「水鳥のまつり」など、古き良き伝統行事を守り続けており、川崎の文化を今に伝える貴重な場所となっています。

😥 授与所での、耳を疑うような出来事
13時まではお昼休憩かな?
と思いながら授与所を覗くと、窓が開いていました。
中には私服の女性が座り、スマートフォンを操作しているのが見えます。
「お昼休憩中かな?」
と確認するために近づこうとした、その時です。
目の前で、バタン!
と勢いよく窓が閉められました。
さらに、開いていた脇のドアまでも、力強く音を立てて閉められたのです。
その女性は一言も発することなく、そのまま奥へと去っていきました。
あまりに突然の、そして拒絶を感じる対応に、私はただ呆然と立ち尽くしてしまいました。

これまで数多くの神社仏閣を訪れてきましたが、これほどまでに気分が悪くなる体験をしたのは初めてです。
「ここには、神様はいないのかもしれない……」
という直感が、静かな境内に虚しく響きました。

唖然としたまま無人になった授与所を見ると、そこにはインターホンがあり、
「御用の方は押してください」
との案内がありました。
意を決して押してみると、今度は男性の方が出てこられました。
御朱印の対応時間を尋ねると、先ほどの騒動が嘘のように、すぐさま丁寧に対応してくださったのです。
この一件で、神社という場所であっても、そこで働く「人」によって受ける印象がこれほどまでに変わるのかと痛感させられました。

⛩️ 参拝後記
神聖な場所であるはずの神社での、予想だにしない体験。
歴史ある素晴らしい社殿を前にしても、心の曇りが完全には晴れないまま境内を後にすることになったのは、非常に残念でなりませんでした。
神社を訪れる理由は人それぞれですが、最後に残るのは「人との触れ合い」から生まれる心の充足感なのかもしれません。
2026.04.15 13:26 | comment(0)
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関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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