
「北野神社」
所在地:東京都文京区春日1-5-2
駐車場:なし
アクセス:地下鉄丸ノ内線・南北線「後楽園駅」より徒歩約10分、地下鉄三田線・大江戸線「春日駅」より徒歩約10分、JR中央線・地下鉄東西線・南北線・大江戸線・有楽町線「飯田橋駅」より徒歩約10分
文京区にある「牛天神 北野神社」へ参拝してきました。
学問の神様・菅原道真公を祀る、知る人ぞ知るパワースポットなのですが……。
たどり着くまでに、現代人ならではの「落とし穴」にハマってしまったので聞いてください。
📝 参拝情報
参拝時間:24時間可能ですが、拝殿の開扉は9:00~17:00です。
授与所受付(お守り・お札):9:00~17:00
🖌️ 御朱印の種類と初穂料
月替わりや行事ごとの豊富な「限定御朱印」で非常に人気が高い神社です。
御朱印の種類
・通常御朱印
通年授与される「牛天神」の御朱印や、干支が描かれたものがあります。
・月替わりや記念御朱印
毎月デザインが変わるほか、「昭和の日」「平成の日」「令和の日」といった特定の記念日に合わせた限定デザインが頒布されます。
・兼務社の御朱印
出世稲荷神社など、周辺の兼務社の御朱印もこちらで受けることができます。
初穂料:一般的な御朱印は500円ですが、デザインや形式(見開き等)によって異なる場合があります。
基本的には御朱印帳への「直書き」でのご対応です。
授与場所:境内左手の社務所にてご対応いただけます。
受付時間:9:00~16:00
御朱印の受付終了は授与所閉所より1時間早いのでご注意ください

直書きでいただいた御朱印。
今日はポカポカあったかくて、境内の桜は満開で
「春がきたんだなぁ~」と実感しました。

神社北側の「牛坂」
🗺️ スマホの地図が指し示した「過酷なルート」
後楽園駅からスマホのマップを片手に出発。
「よし、こっちだな」と案内されるがままに進むと、目の前に現れたのは……「牛坂」。
名前は可愛いですが、実態はかなりの急勾配!
「学問の神様に会うには、この試練を乗り越えねばならぬのか……」
と、息を切らしながら一歩一歩登りきりました。

「北野神社境内」
🌸 静かに寄り添う神社
大きな神社ではありませんが、その分どこか落ち着いた空気が流れていて、
👉 そっと願いを託したくなるような場所。
派手さはないけれど、やさしく寄り添ってくれるような神社です。

ご神木「木斛(もっこく)」
樹齢は100年を超えるそうです。

「手水舎」
すごく趣のある手水舎!
平成14年に「菅原道真公昇神1100年」を記念して奉納されたそうです。

「撫で牛(石牛)」さんの像
いうまでもありませんが‥‥
・頭を撫でると頭が良くなる
・悪いところを撫でると良くなる
といわれています。
そのため、受験生や参拝者がやさしく撫でていく姿がとても印象的です。
全国各地の天満宮にある「撫で牛」の風習ですが、ここ牛天神 北野神社は
「なで牛の発祥の地」とも言われています。

🐄「ねがい牛(撫で岩)」
ねがい牛には、創建のきっかけとなった源頼朝にまつわる不思議な伝説があります。
👉 源頼朝の夢とお告げ
元暦元年(1184年)源頼朝が東国平定(奥州征伐とも)の途中にこの地を訪れ、境内の大きな岩に腰掛けて休息をとっていました。
その際、頼朝の夢に牛に乗った菅原道真公(天神様)が現れ、
「汝に二つの喜びがある。願いが叶ったら社を建てて祀るように」
とお告げを残しました。
その後、実際に頼朝には二つの吉事が舞い込みました。
・嫡男(源頼家)の誕生(1182年/寿永元年)
・戦(東国平定)の勝利と支配権の確立(1183年/寿永2年)
この御利益に感謝した頼朝が、太宰府天満宮から御分霊を勧請して社殿を建立したのが「牛天神」の始まりで、頼朝が夢でお告げを受けた時に腰掛けていた牛の形の岩こそが、現在の「ねがい牛(撫で岩)」です。

「おみくじ掛け」
牛さんのシルエットが浮かび上がるようになってます。
おみくじは境内の梅の木には結ばないようにね!

境内社「太田神社・高木神社」
💫 牛天神の奥で、そっと息づく神さまたち
境内を歩いていると、少しだけ空気が変わる場所があります。
静かで、でもどこかあたたかい気配のする一角。
そこに佇むのが、太田神社と高木神社です。
祀られているのは、
「舞いと芸の神・天鈿女命」
「道をひらく猿田彦命」
「実りをもたらす宇迦御魂命」
夫婦の神さまと、暮らしを支える神さまが、穏やかに寄り添うように鎮まっています。
👉「貧乏神」だった神さまの、不思議な転機
ここには少し不思議な由来があります。
もともとは、黒闇天女という神さまが祀られていました。
弁財天の姉ともいわれ、「貧乏神」と呼ばれていた存在。
けれど江戸のある出来事をきっかけに、
“貧しさを追い払い、福を呼び込む場所”として人々の信仰を集めるようになります。
不運を遠ざける場所が、いつしか希望を呼ぶ場所へ。
その変化が、なんだか人の祈りそのものみたいで、少し胸に残ります。
👉 芸に生きる人たちが集った場所
かつてこの場所は、とても賑やかだったそうです。
祭りの日には、夜明け前から人が訪れ、夜遅くまで灯りが絶えない。
そんな光景が、関東大震災の頃まで続いていました。
芸能の神として知られ、歌舞伎役者や舞台に立つ人々が足しげく通い、名のある役者たちもここで手を合わせたといいます。
舞台の裏にある、祈りの時間。
その静かな瞬間が、この場所には今も残っている気がします。
ふと立ち寄るだけでも、どこか心が整うような場所。
賑わいの記憶と、静けさが重なり合うこの社で、少しだけ立ち止まってみるのもいいかもしれません。

「本殿」
地元では「牛天神さん」と親しまれている「牛天神 北野神社」は、元暦元年(1184年)に、源頼朝によって創建された歴史ある古社です。
江戸時代には有名な浮世絵師・葛飾北斎の「富嶽三十六景」で、唯一の雪景色を描いた名作(1831~1833年頃)「礫川 雪ノ旦(こいしかわ ゆきのあした)」を描いた地が、この神社の境内にあった茶屋ではないか、と考えられています。

「富嶽三十六景・礫川 雪ノ旦」

境内の「桜」
江戸時代に、「水戸黄門」でおなじみの常陸水戸藩主・徳川光圀公から奉納された桜の木だそうです。
当初は5本奉納されたそうですが、この一本の木だけが枯れずに残っているそうです。
境内に彩を与えてくれる貴重な桜の木です。
「水戸黄門」といえば、やっぱり光圀のことを思い浮かべる方が多いですよね。
でも実は、歴代の水戸藩主の中には、光圀のほかにも頼房、綱條、治保、斉脩、斉昭、慶篤といった、中納言・権中納言に任じられた方々がいらっしゃるんです。
なので、「水戸黄門」と呼べる方は、光圀だけではなくて、全部で7人もいらしたことになるんですよ。
ちょっと意外で面白いですよね。
💡 ポイント!
「黄門(こうもん)」というのは、もともと役職の呼び名なんです。
平安時代の官職である「中納言(ちゅうなごん)」の別名で、「黄門侍郎(こうもんじろう)」と呼ばれていたことから、略して「黄門」と言うようになりました。
つまり「水戸黄門」というのは、
👉 水戸藩主で中納言に任じられた人物
という意味になるんですね。
🌸 ご褒美は「満開の桜」!
あの急坂を登った苦労も、境内に足を踏み入れた瞬間に吹き飛びました。
今、境内は桜が満開!
青空に映える淡いピンクの花びらが風に舞って、まさに春爛漫。
「撫でれば願いが叶う」という有名なねがい牛(撫で岩)も、心なしか嬉しそうに見えました。

❓ 衝撃の事実!「階段」があったんかーい!
なんとか境内に到着し、無事にお参りを済ませてスッキリした帰り道。
ふと坂の下を見下ろすと……。
「……ん? あの階段、どこに続いてるの?」
なんと、坂の下から境内へ直結する階段があるじゃないですか!
スマホのルート案内を忠実に守りすぎて、最短ルートの階段を完全に見落とし、わざわざ急坂を大回りして登っていたんです(笑)。
これから行く方は、ぜひ視線をスマホから上げて「階段」を探してみてくださいね。

「牛坂の下にある神社入口」
坂の下にあった境内へ直通の階段…………
マップに集中しすぎて気づかんかった💦
⛩️ 参拝後記
道真公も、必死に坂を登ってくる私の姿を見て「真面目なやつじゃのう」と苦笑いしていたかもしれません。
失敗も含めて、とても記憶に残る参拝になりました。
みなさんも、地図を見すぎず、五感(と階段)を信じて、素敵な春の散歩を楽しんでみてください!
