【都幾山慈光寺】「鎌倉殿の13人」大泉洋さん演じる源頼朝ゆかりのお寺

都幾山慈光寺(ときさん じこうじ)で御朱印を頂きました。
2022.04.18参拝

所在地:埼玉県比企郡ときがわ町西平386
駐車場:あり(無料)
アクセス:関越自動車道「東松山IC」または「嵐山小川IC」から約30分

埼玉県ときがわ町。
都心から車で1時間半ほどの場所にある「都幾山 慈光寺」を訪ねてきました。
1300年以上の歴史を誇り、かつては「比企の山寺」として源頼朝や徳川家康も篤く信仰したというこのお寺。
実際に足を運んで感じた見どころをレポートします!

📜 慈光寺の由緒
慈光寺は、源頼朝が戦勝祈願を行ったことでも知られる、古くから信仰を集めてきた由緒あるお寺です。

関東最古の山岳寺院とされ、
「坂東三十三観音霊場」の第9番札所にもなっています。

その起源は白鳳2年(673年)に、興福寺の僧・慈訓が千手観音堂を建立したことに始まります。

さらに宝亀元年(770年)には、鑑真の高弟である律宗の僧・道忠によって、
現在の慈光寺が創建されました。


👉 観音堂と「開運」の空気
急な石段を上がった先にある観音堂。
坂東三十三観音霊場の第9番札所ということもあり、御朱印を求める巡礼者の方も多く見かけました。
山の上にあるため空気が澄んでいて、境内にいるだけで背筋が伸びるようなパワーをもらえます。

治承3年(1179年)観音信仰に帰依していた源頼朝は側近の安達盛長に命じ、
配流されていた伊豆国から、署名入りの洪鐘を寄進しています。

洪鐘の寄進は、頼朝が平家討伐を決意し挙兵した前年だったので「戦勝祈願」だったのかも知れませんね。

文治5年(1189年)には奥州征伐の戦勝を慈光寺で祈願させ、愛染明王像を寄進しています。

👉 圧倒的な歴史の重み!国宝「慈光寺経」
まず驚くのが、ここには埼玉県内に5つしかない国宝の一つが所蔵されていること。
それが「法華経一品経(慈光寺経)」です。

鎌倉時代、後鳥羽上皇や源頼朝らが天下泰平を願って奉納したとされる豪華絢爛な写経。
宝物殿でその緻密な美しさを目にすると、当時の人々の祈りの深さが伝わってくるようです。


門の奥に見えているのが本堂です。
戦国時代には僧兵を揃え、近隣城主との抗争に明け暮れていたそうですが、扇谷上杉家家宰・太田道灌らにより焼き討ちになったそうです。
焼け残った木彫りの大きな仏像が本堂で拝見でき、黒く煤にまみれたお姿に心が痛みました。
江戸時代には徳川将軍家の帰依を受け、手厚く保護されたそうです。

👉 春は一面の「シャガ」の絨毯
慈光寺は「花の寺」としても有名です。
特に4月下旬から5月上旬にかけて、参道や境内を埋め尽くすシャガの群生は圧巻!
白地に紫と黄色の斑点が入った幻想的な花々が、新緑の中で揺れる姿はまさに極楽浄土のよう。
春に訪れるなら、この時期が一番のおすすめです。


御朱印は直書きで本堂を入り右側のご内陣で頂けます。
書きあがりをお待ちする間、仏さまにお参りさせて頂けます。

御朱印やお守りの郵送頒布にもご対応頂けるそうです。

ふもとのときがわ町で美味しい空気を吸いながら、地元の豆腐料理や古民家カフェでのんびりするのが黄金ルート。
自然豊かなドライブコースとしても最高です。
歴史好きの方も、花に癒やされたい方も、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。
2022.04.20 17:26 | comment(0)

【巌殿山正法寺】岩殿観音と鎌倉幕府|比企一族が守り、北条政子が祈った古刹の物語

巌殿山正法寺(いわどのさん しょうぼうじ)で御朱印を頂きました。
2022.04.18参拝

「巌殿山正法寺」
所在地:埼玉県東松山市大字岩殿1229
駐車場:あり(無料)※物見山公園近くの駐車場などを利用
アクセス:東武東上線「高坂駅」から川越観光バス「鳩山ニュータウン行き」で「物見山登山口」下車徒歩約10分

埼玉県東松山市に佇む「巌殿山正法寺(岩殿観音)」。
坂東三十三観音霊場の第10番札所として知られるこの寺院は、実は鎌倉幕府の草創期を支えた比企一族や、伝説の尼将軍・北条政子と深いゆかりがあることをご存知でしょうか?

今回は、歴史の表舞台に登場する重要人物たちとこの寺の、知られざる絆を紐解きます。

⚔️比企能員が治め、守り抜いた「比企の聖地」
鎌倉幕府の有力御家人であり、源頼朝の乳母の養子として大きな権力を持った比企能員(ひき よしかず)。
彼はこの岩殿観音がある比企地域を本拠地としていました。
寺伝によれば、能員は岩殿観音の別当(住職に相当する管理職)を務めていたともいわれており、この地を単なる領地としてだけでなく、一族の精神的な拠点として大切に保護していました。

💡 ポイント!
比企能員は、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で佐藤二郎さんが演じた武士です。


「正法寺観音堂」
観音堂のご本尊は千手観音菩薩様です。
参拝時に見える千手観音像は前立本尊となっていて、厨子の奥に秘仏ご本尊の千手観音菩薩坐像が安置されています。

👉 北条政子の「守り本尊」としての信仰
岩殿観音の御本尊である千手観音は、源頼朝の妻・北条政子の守り本尊として篤く信仰されていました。
頼朝もまた観音信仰に深く帰依しており、坂東三十三観音札所の制定には、比企地域を治める能員の影響も少なからずあったと考えられています。
政子にとってこの場所は、激動の鎌倉時代を生き抜く心の拠り所だったのかもしれません。

👉 愛する夫・頼朝への祈りと「諸堂の再建」
源頼朝が亡くなった後、悲しみに暮れる北条政子は、夫の菩提を弔うために大きな決断をします。
彼女の発願によって、岩殿観音の諸堂の再建が行われたと伝えられているのです。
比企能員の庇護と、北条政子の深い祈り。
のちに「比企の乱」で激突することになる両家ですが、この岩殿観音においては、共にこの寺を支え、守り伝えるという共通の足跡を残しています。


戦国時代、武蔵松山城主だった上田朝直が掲げた高札のレプリカが参道の階段脇に建てられています。
巌殿山一体の草木の刈り取りを禁じる内容が書いてあるそうです。

👉 武田信玄、松山城攻めの拠点
永禄6年(1563年)武田信玄が同盟者である北条氏康の要請を受け、武州松山城(埼玉県吉見町)を攻略しました。
武田信玄は松山城攻めの拠点として、本陣を正法寺に置きました。
武田軍は、金掘衆を用いた地下坑道作戦や水の手を断つ戦術で、上杉謙信の救援が雪に阻まれる中、城主・上杉憲勝を降伏開城に追い込み、関東の覇権争いにおける重要拠点を獲得しました。
その後、この城は北条氏の支配下となり、北条氏家臣・上田朝直が城主となりました。


直書きで拝受した御朱印。
御朱印は仁王門の右側を入った納経所で頂けます。

巌殿山正法寺は、ただの観音霊場ではなく、鎌倉幕府の成立を支えた比企一族や、北条政子の祈り、そして戦国時代には武田信玄の本陣が置かれた――

まさに、時代ごとの“重要な場面”に立ち会ってきた特別な場所でした。

静かな境内を歩いていると、華やかな歴史の裏にある、人々の想いや祈りが、今もなお息づいているように感じられます。

坂東三十三観音霊場としての信仰はもちろん、歴史好きの方にとっても見逃せないスポットです。

次に訪れるときは、ここに関わった人物たちの姿を思い浮かべながら、ゆっくりと参拝してみたいと思います。
2022.04.19 03:23 | comment(0)

【岩殿山安楽寺】源範頼ゆかりの寺院|直書きでいただく御朱印

岩殿山安楽寺(いわどのさん あんらくじ)で御朱印を頂きました。

「岩殿山安楽寺」
所在地:埼玉県比企郡吉見町御所374
駐車場:あり(無料)
アクセス:東武東上線「東松山駅」から川越観光バス(鴻巣駅・免許センター行)で「久米田」下車徒歩約30分

📜 安楽寺の由緒
安楽寺は、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で
迫田孝也さんが演じた源範頼ゆかりの寺院として知られています。

坂東三十三観音霊場の第11番札所でもあり、
古くから「吉見観音」の名で親しまれてきました。

その創建は奈良時代にさかのぼり、
聖武天皇の勅命を受けた僧・行基が、
聖観音像を安置したことに始まると伝えられています。

行基は、奈良の大仏建立に尽力し、
東大寺の「四聖」の一人にも数えられる高僧です。

さらに、日本の僧として初めて大僧正の位に就いた人物としても知られています。


境内には「阿弥陀如来坐像」が建てられています。
寛政2年(1790年)に建立された阿弥陀如来坐像は、地域の人々から「吉見の大仏様」と言われています。


「安楽寺本堂」

📜 安楽寺と源範頼
安楽寺は、源頼朝の弟である
源範頼ゆかりの寺院として知られています。

かつては、範頼の館跡と伝わる「息障院」を本坊とし、
一大寺院を形成していたと伝えられています。

現在の本堂は、寛文元年(1661年)に秀慶法印によって再建されたもので、
埼玉県の指定文化財にもなっています。

⚔️ 範頼の生涯と安楽寺
平治の乱において父・源義朝が平氏に敗れ、源氏が没落すると、
幼い範頼は公卿・藤原範季に引き取られました。

その後、稚児僧として安楽寺に預けられ、ここで幼少期を過ごしたとされています。

やがて成長した範頼は、兄・頼朝のもとで活躍し、平家討伐にも大きく貢献。

その功績により武蔵国吉見を与えられると、
息障院を居館とし、この地は「吉見御所」と呼ばれるようになりました。

さらに範頼は、幼少期を過ごした安楽寺に深い恩を感じ、
本堂や三重塔などの建立を行ったと伝えられています。


「三重塔」
鎌倉時代、吉見荘を領した源範頼によって建立されました。
天文6年(1537年)扇谷上杉氏と後北条氏の武州松山城をめぐる戦火により焼失してしまったそうです。
現在建立されている三重塔は、約380年前の寛永年間、下総国印旛郡出身の僧・杲鏡法印によって再建され、埼玉県指定の文化財となっています。


直書きで拝受した御朱印。
御朱印は本堂左側の寺務所で頂けます。

安楽寺は、源範頼の波乱の生涯と深く結びついた寺院です。

幼少期を過ごした場所が、のちに自身の拠点となり、
さらに寺の発展にもつながっていく――

そんな歴史のつながりを感じられる、
非常に興味深い場所となっています。
2022.04.18 03:17 | comment(0)
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