【中村八幡宮】奥州伊達氏の源流を辿る|「中村八幡宮」に刻まれた武士の足跡

中村八幡宮で御朱印を頂きました。

「中村八幡宮」
所在地:栃木県真岡市中556
駐車場:あり(無料)
アクセス:北関東自動車道「真岡IC」から約15分

栃木県真岡市の静かな森に包まれた中村八幡宮。
ここは単なる地域の守り神ではありません。
実は、戦国最強の武将の一人・伊達政宗で知られる「伊達氏」のルーツが眠る、歴史ファン必見の聖地なのです。

■中村八幡宮の歴史
白鳳4年(676年)天武天皇の勅令により全国に建立された社の1つと伝わります。
永承年間に源頼義・義家父子が前九年の役に際し北関東に建立した8社の八幡社のうちの1社が中村八幡宮だそうです。
文治5年(1189年)源頼朝率いる鎌倉軍の奥州遠征の折、当地領主・中村宗村は当社に戦勝祈願をして参陣し武功を挙げ、奥州伊達郡の地頭職を任じられると伊達郡に移住、伊達氏の祖となったそうです。


「ご神木」

■始まりは天武天皇の勅願
中村八幡宮の歴史は驚くほど古く、白鳳4年(676年)にまで遡ります。
天武天皇の勅命により建立されたと伝えられており、古くからこの地の信仰を集めてきました。
一歩足を踏み入れると、栃木県指定天然記念物の「社叢(しゃそう)」が作り出す厳かな空気に圧倒されます。


「社殿」
本殿は宝徳3年(1461年)頃の造営と伝わり、真岡市の有形文化財となっています。

■伊達氏の祖・中村宗村(念西)ゆかりの地
この神社の最も興味深い点は、伊達氏の始祖とされる中村宗村(なかむら むねむら)との関わりです。
鎌倉時代、源頼朝による奥州征伐で軍功を挙げた宗村は、頼朝から陸奥国伊達郡を賜りました。
彼が奥州へ下る前に拠点としていたのが、ここ中村の地です。
境内には、頼朝から寄進されたと伝わる書状などの家宝が今も大切に保管されており、武家社会の黎明期を今に伝えています。


拝殿には注連縄が張られ、奉納された古い絵や八幡宮の扁額が飾られていました。

■今に息づく武士の気風「流鏑馬(やぶさめ)」
中村八幡宮を語る上で欠かせないのが、毎年9月に行われる例大祭の流鏑馬です。
これは、仙台藩5代藩主・伊達吉村が、祖先ゆかりの地であるこの神社に神馬を奉納したことをきっかけに始まったとされています。
疾走する馬の上から的に矢を射る勇壮な姿は、まさに伊達氏の武勇を象徴する光景。
江戸時代、遠く離れた仙台の殿様が、わざわざこの地を敬ったという事実に、歴史のロマンを感じずにはいられません。

■静寂の中で歴史を噛み締める
現在は「勝負事」や「交通安全」の神様としても親しまれている中村八幡宮。
華美な装飾はありませんが、苔むした石段や巨木に囲まれた境内は、当時の武士たちが戦勝を祈願した姿を想像させる力強さがあります。


拝受できる御朱印は2種類ありました。


直書きで頂いた通常御朱印

伊達政宗という巨大な星を生んだ一族が、かつてこの栃木の地で力を蓄えていた――。
そう思うと、何気ない風景も違って見えてきます。
歴史の「点」と「線」が繋がる感覚を味わいに、ぜひ真岡へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
2023.05.12 11:03 | comment(0)

【孤峰山蓮馨寺】小江戸の慈愛に触れる|安産・子育ての古刹「蓮馨寺」参拝記

孤峰山 蓮馨寺(こほうざん れんけいじ)で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.04.24

「孤峰山寶池院蓮馨寺」
所在地:埼玉県川越市連雀町7-1
駐車場:あり(無料)
アクセス:西武新宿線「本川越駅」より徒歩約10分、JR・東武東上線「川越駅」より徒歩約20分、川越駅・本川越駅から東武バス(神明町車庫行など)に乗車し、「蓮馨寺」または「蓮馨寺北」バス停にて下車すぐ。

小江戸・川越のメインストリート、蔵造りの町並みへと続く道の入り口に、ひときわ穏やかな空気をまとったお寺があります。
それが今回ご紹介する「孤峰山 蓮馨寺(こほうざん れんけいじ)」です。

■蓮馨寺の歴史
天文18年(1549年)河越城主・大道寺政繁の母・蓮馨尼(れんけいに)が、民衆を救うために開いたのが始まりです。
開山は大道寺政繁の甥にあたる感誉存貞上人で、存貞上人は増上寺第十世法主となったそうです。
また、源誉存応上人(増上寺の十二世法主)など代々、高僧が住職となったお寺だそうでで、すぐ近くに鎮座している川越熊野神社は、蓮馨寺の然誉文応僧正が創建しました。

江戸時代には幕府から厚い保護を受け、徳川家康公から「浄土宗の関東十八檀林(僧侶の養成機関)」の一つに認められた名刹でもあります。
かつては多くのお坊さんがここで修行に励んでいたと思うと、背筋が伸びるような歴史の重みを感じます。

現在、小江戸川越七福神巡りの第五霊場となっていて、境内には福禄寿がお祀りされています。

■「なでる」と治る?おびんづる様と呑龍上人
境内に一歩足を踏み入れると、まず迎えてくれるのが本堂の軒下に座る「おびんづる様」。
自分の体の悪いところと同じ場所をなでると病気が治ると言われていて、長年多くの参拝客に撫でられてきたそのお姿は、ピカピカに光り輝いています。
また、ここには「子育て呑龍(どんりゅう)様」と呼ばれる呑龍上人も祀られています。
捨て子を弟子として育て、命を救ったという伝説から、今でも安産や子育ての守護神として厚い信仰を集めています。

■立ち寄りグルメ
名物の「焼きだんご」
参拝後のお楽しみといえば、境内にある「松山商店」の焼きだんご。
醤油の香ばしい匂いに誘われて、つい手が伸びてしまいます。
甘くない、昔ながらの素朴な味わいは、散策のお供にぴったりです。


直書きで頂いた御朱印

蓮馨寺では、主に以下の御朱印をいただくことができます。

ご本尊(阿弥陀如来)の御朱印:中央に力強く墨書きされた文字が印象的です。

福禄寿神の御朱印:蓮馨寺は「小江戸川越七福神」の第五番霊場。幸福・高禄・長寿を授ける福禄寿の御朱印も人気です。

※御朱印は本堂向かって左側の受付(寺務所)でいただけます。

歴史と人々の願いが溶け合う蓮馨寺。川越観光のスタート地点として、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
2023.05.02 23:36 | comment(0)

【星野山喜多院】江戸の息吹が残る「川越大師」—時を超えた家康・家光との深い絆

星野山 喜多院(せいやさん きたいん)で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.04.24

「喜多院参道」

「星野山無量寿寺喜多院(川越大師)」
所在地:埼玉県川越市小仙波町1-20-1
駐車場:あり(有料)
アクセス:「本川越駅」から徒歩約10分、「川越駅」から徒歩約20分

小江戸・川越のシンボルとして親しまれる「星野山 喜多院」。
単なる古刹というだけでなく、実は「江戸城のパーツが今も残る唯一の場所」であることをご存知でしょうか?
今回は、波乱万丈な喜多院の歴史を旅のヒントとともにご紹介します。

■喜多院の歴史
喜多院は天長7年(830年)淳和天皇の命で慈覚大師・円仁が東国に天台宗の教えを拡めるために無量寿寺を開創したのが始まりと伝わります。
慶長4年(1599年)第27世住職として天海僧正が入寺すると「喜多院」と寺号を改めました。
天海僧正は江戸幕府のブレーンとして朝廷政策・宗教政策に深く関与し、徳川家康からも信頼が厚く、参謀格の側近として重用されていました。
慶長18年(1613年)には二代将軍・徳川秀忠の関東天台法度により「関東天台総本山」と定められ、幕府より500石の寺領を拝領しました。


「山門」
喜多院で現存する最古の建物である山門は、寛永9年(1632年)に天海大僧正によって建立されました。
重要文化財となっています。

■始まりは平安時代から
喜多院の歴史は古く、天長7年(830年)に慈覚大師円仁が創建した「無量寿寺」が始まりとされています。その後、室町時代に「北院・中院・南院」の三院に分かれましたが、歴史の表舞台に大きく登場するのは江戸時代に入ってからのことです。


「多宝塔」
県指定有形文化財になっています。


山門前に建つ「天海大僧正の像」

■天海大僧正と徳川家康の出会い
喜多院を語る上で欠かせないのが、27世住職・天海大僧正です。
徳川家康の厚い信頼を得た天海は、幕府のブレーンとして活躍しました。
これにより喜多院は幕府から手厚い保護を受けるようになり、寺領4万8千石という絶大な力を持ちます。


「鐘楼門附銅鐘」
元禄15年(1702年)に建立され、こちらももちろん重要文化財となっています。

■江戸城が川越にやってきた?「川越大火」の奇跡
寛永15年(1638年)川越を襲った大火により喜多院の建物のほとんどが焼失してしまいます。
この時、再建を急いだ3代将軍・徳川家光は、なんと江戸城内の建物を解体して、わざわざ川越まで運ばせて移築しました。

・「客殿」:家光公が誕生したとされる間
・「書院」:春日局が化粧をしたとされる間

現在、江戸城の遺構は本家・東京にはほとんど残っておらず、喜多院にあるこれらの建物が日本で唯一の江戸城遺構として国の重要文化財に指定されています。


「慈恵堂」
中央には慈恵大師、左右には不動明王をお祀りしている慈恵堂は、県指定有形文化財となっています。

■表情豊かな538体「五百羅漢」
歴史散策の締めくくりに外せないのが「五百羅漢」です。
1782年から約50年かけて建立された538体の石像は、笑う、泣く、怒る、ひそひそ話をする…と、驚くほど表情豊か。
深夜、羅漢様の頭を撫でて、温かいものを探すとそれが亡くなった親の顔だ、という不思議な伝承も残っています。

徳川将軍家との深い縁によって、江戸の文化を今に伝える喜多院。
お参りの後は、門前にある老舗の厄除けだんごを頬張りながら、かつての江戸に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

■喜多院で授かれる御朱印ガイド

1. 基本の御朱印

・川越大師

喜多院でいただける最もポピュラーな御朱印には、中央に大きく「川越大師」と墨書きされます。
これは、厄除け大師として信仰を集める喜多院の象徴的な名称です。
力強い筆致が、参拝の思い出をより深いものにしてくれます。

2. 霊場巡りの御朱印も充実
喜多院は複数の霊場札所にもなっているため、巡礼用の御朱印もいただけます。

・関東三十六不動尊霊場(第28番)
・東国花の寺百ヶ寺(埼玉第6番)
・武蔵野三十三観音霊場(第13番)

など、それぞれの霊場に合わせた御朱印が用意されています。

3. 期間限定!お正月限定の御朱印
特に人気なのが、毎年1月の初大師(だるま市)に合わせて授与される期間限定の御朱印です。
通常とは異なる金文字や、特別な印が押されることがあり、これを求めて多くの参拝客が訪れます。
※年によってデザインや期間が異なるため、最新の公式情報をチェックすることをおすすめします。

御朱印をいただく際の基本情報
授与場所:本堂(慈恵堂)の右手にある「御朱印受付」
受付時間:9:00〜16:00頃(季節や行事により前後します)
初穂料:一般的に500円〜(種類により異なります)
御朱印帳:喜多院オリジナルの御朱印帳も販売されています。
家紋入りのシックなデザインや、五百羅漢をモチーフにしたものなど、お寺らしい落ち着いたデザインが特徴です。

喜多院は大変人気の高い寺院です。
特に週末や祝日、1月の行事期間中は待ち時間が発生することがあります。
まず参拝を済ませ、御朱印を預けてから境内(五百羅漢など)をゆっくり散策すると、時間を有効に活用できますよ!


今回は「関東三十六不動霊場」の御朱印を頂きました。


お腹がすいたので参道沿いにある「茶そば寿庵 喜多院店」によりました。
明治38年創業という老舗です。


茶蕎麦天せいろ(1600円)を頂きました。
2023.05.01 20:56 | comment(0)
御朱印ギャラリー
御朱印道 今日の御朱印画像

夫婦で関東の神社やお寺を巡りながら、いただいた御朱印を記録しています。
参拝時の雰囲気、アクセス、混雑状況など、実際に訪れたからこそわかる情報を紹介しています。

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