寛永寺開山堂の御朱印を頂きました。
参拝日:2023.07.14

「東叡山寛永寺開山堂(輪王寺両大師堂)」
東京都台東区上野公園14-14
駐車場なし

■開山堂とは何か?
開山堂とは、その寺を開いた人物(開山)を祀るお堂のこと。
寛永寺の開山である天海は、徳川家康・秀忠・家光に仕え、江戸の都市設計にも関わったとされる僧です。
寛永寺自体も、江戸城の鬼門(北東)を守るために建立された国家的な寺院でした。
つまりここは、単なる一堂ではなく
「江戸という都市を守る思想の中心」とも言える場所です。


「手水舎」

■なぜ「両大師」と呼ばれるのか?
このお堂には

・慈眼大師 天海
・慈恵大師 良源(元三大師)

の二人が祀られています。

もともとは天海のみを祀る開山堂でしたが、後に良源像が移され、
二人の大師を祀ることから「両大師」と呼ばれるようになりました。

特に良源は「角大師」として知られ、厄除けの護符で有名。
江戸時代には疫病除けとして庶民の信仰を集めていました。


境内には風鈴が吊るされていて夏らしい風情が感じられました。


「寛永寺開山堂」
平成5年(1993年)に再建された開山堂。
創建は正保元年(1644年)で、前年に108歳で没した天海大僧正をお祀りする開山堂でしたが、後に寛永寺本坊内の慈恵堂から慈恵大師像を開山堂に移し、慈恵大師と慈眼大師をお祀りしたことから「両大師」と呼ばれ、以来、庶民の信仰を多く集めたそうです。

開山堂は、東叡山寛永寺の開山である慈眼大師(天海大僧正)と、天海大僧正が尊崇していた慈恵大師(良源大僧正)をお祀りするお堂です。
天海大僧正は初代将軍・徳川家康の側近となり、徳川幕府のブレーンとして幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与した天台宗の高僧です。
良源大僧正は、第18代天台座主となり「比叡山延暦寺の中興の祖」となった高僧で、厄除け大師として有名な「元三大師」の名でも知られています。

■江戸時代の信仰の熱気
天海の命日(10月2日)には「開山会」が行われ、江戸中から人々が押し寄せたと伝わります。
また、角大師のお札を求める行列ができるほどで、この場所はまさに「江戸の厄除け信仰の中心」でした。


書置きで頂いた御朱印。

2023.07.17 14:26 | comment(0)

花園稲荷神社(はなぞのいなりじんじゃ)で御朱印をいただきました。

所在地:東京都台東区上野公園4-17
アクセス:京成上野駅より徒歩約4分、JR上野駅より徒歩約5分

上野の森にひっそりと佇む花園稲荷神社は、上野公園の一角にある小さな神社です。
すぐ近くには上野東照宮や寛永寺といった有名スポットがありますが、ここは比較的静かで、落ち着いて参拝できる“穴場”的存在です。


この神社最大の見どころは、連なる朱色の鳥居。

小規模ながら、まるでミニ伏見稲荷のような雰囲気で、鳥居をくぐり進むごとに空気が変わっていくのを感じます。

両脇には狐像も並び、稲荷信仰の世界観がしっかり表現されています。

■花園稲荷神社の由来
もともとは「忍岡稲荷」と呼ばれており、上野の山(忍岡)に古くから祀られていた神社です。
後に現在の名前「花園稲荷神社」となり、江戸時代にはこの一帯が花園(花の名所)だったことに由来するとされています。


この神社はもともと
👉 女性の願いを叶える神様として信仰されてきました。

特に有名なのが👇

■穴稲荷(あないなり)

境内の奥にある小さな洞窟(石窟)で、ここが縁結び・願掛けスポットとして知られています。

昔は

・子宝祈願
・良縁祈願
・女性の幸福

などを願う場所だったとされ、
現在では恋愛成就の意味合いも強くなっています。

◆縁結びとしての特徴
花園稲荷の縁結びはちょっと独特👇

・派手な恋愛神社ではない
・観光地化されすぎていない
・静かに願うタイプ

👉 “しっとり系の縁結び”

ガチでお願いしたい人向けです。

・五條天神社とのセット参拝がおすすめ
同じ境内には、病気平癒・健康祈願で有名な五條天神社が隣接しています。
「健康」と「良縁」を一度に祈願できる、非常に贅沢なルートとなっています。


いただいた御朱印。
隣接する五條天神社の社務所にて拝受可能です。

上野散策の合間にふらりと立ち寄れる花園稲荷神社。
美しい鳥居の風景に癒やされながら、素敵なご縁を願ってみてはいかがでしょうか?
2023.07.14 13:57 | comment(0)

上野アメ横にある開運勝利の守護神「下谷摩利支天」で御朱印を頂きました。

「妙宣山德大寺」
所在地:東京都台東区上野4-6-2
アクセス:JR山手線「御徒町」駅北口から徒歩2分
駐車場なし

買い物客で賑わうアメ横。
上を見上げると、商店の屋上に寺院の堂宇がそびえ立つ不思議な光景に出会います。
ここは日蓮宗の名刹「妙宣山 徳大寺」。
江戸時代から「下谷の摩利支天」として崇敬を集めてきた場所です。

昭和初期の改築で、鉄道の架線と同じ高さに本堂を設けた珍しい建築構造も、都市開発と宗教施設が共存した歴史の証明です。


日蓮宗の寺院なので境内には日蓮大聖人の像が建立されています。

■戦火を免れた「不焼(焼けない)」の霊験
歴史好きなら外せないのが、その驚異的な「生存の歴史」です。
関東大震災や東京大空襲により、周囲の上野・御徒町一帯は焦土と化しました。
しかし、徳大寺の本尊「摩利支天像」は焼失を免れ、今も当時のままの姿を伝えています。

本尊は聖徳太子の自作と伝えられ、江戸時代には徳川家からも厚い崇敬を受けました。


威光殿に掲げられている「威光燈」


本堂「威光殿」

寛永年間(1624年~1644年)に慈光院日遣上人によって創建されたと伝わります。
宝永5年(1708年)聖徳太子作と伝えられる摩利支天像が德大寺に安置され、庶民の信仰を集めたそうです。


御朱印は境内社のものも拝受できます。
管理人は「摩利支天」を頂きました。

■力強い「摩利支天」の墨書き
徳大寺の御朱印は、その力強い筆致が魅力です。
堂々と書かれた「摩利支天」の文字。
開運勝利を司る神仏らしい、エネルギーを感じる書体です。


直書きで頂いた御朱印、初穂料は500円でした。

参拝を終えて階段を降りれば、再びアメ横の活気が戻ってきます。
江戸から続く信仰が、現代の商店街と一体化して生き続ける姿こそ、徳大寺の最大の魅力かもしれません。
2023.07.14 17:28 | comment(0)
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プロフ

関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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