【元三大師安樂寺】数々の映画やドラマのロケ地|大人気アイドルも訪れた名刹
元三大師安樂寺(がんざんだいし あんらくじ)で御朱印を頂きました。
2022.05.29参拝

「正覺山蓮前院安樂寺」
所在地:茨城県常総市大輪町1番
駐車場:あり(無料)
アクセス:関東鉄道常総線「中妻駅」または「三妻駅」から徒歩約1時間
茨城県常総市にある「元三大師 安楽寺」をご紹介します。
ここは、おみくじの創始者とも言われる「元三大師(良源)」を祀る天台宗の古刹。
ただのお寺と侮るなかれ!
一歩足を踏み入れると、そこには別世界のような静寂とパワーが満ちていました。
■安樂寺の歴史
延長7年(929年)、学問の神様として崇敬を集める菅原道真の子・景行が大生郷天満宮の別當寺として創建したそうです。
江戸時代初期、陰陽道や風水に基づく江戸鎮護構想を進めた大僧正・南光坊天海により江戸城の鬼門に当たる安樂寺に慈恵大師良源(元三大師)が勧請され、徳川幕府の庇護を賜る関東屈指の名刹となりました。
■3つの門、どれから入る?
安楽寺には珍しく3つの参道があり、それぞれ門にご利益が込められています。
長寿門(表参道):厄除開運。まずはここから!
福禄門(東参道):商売繁盛を願うなら。
子安門(西参道):子宝・安産のご利益。
私は欲張らず(?)表参道から入りましたが、門をくぐるたびに空気がキリッと引き締まるのを感じます。

鐘楼堂

厄除けの門「中門」
本堂と大師堂がある境内の入口・諸願成就門と呼ばれる中門には厄除けのご利益があります。

安樂寺本堂、天台宗別格本山 正覺山蓮前院安樂寺が正式名称のようです。
木々に囲まれた茅葺き屋根の建物や、手入れの行き届いた庭園は、どこを切り取っても絵になります。深呼吸するだけで、日頃のストレスがスッと抜けていくような感覚に。
安樂寺は数々の映画・ドラマのロケ地としても有名です。
・NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」(岡田准一さん主演)
・フジテレビ「信長協奏曲」(小栗旬さん主演)
・TBSテレビ日曜劇場「JIN-仁-」(大沢たかおさん主演)
などなど---
歴史ドラマ好きじゃなくても知っているような名作ドラマのロケ地になっています。
管理人が安樂寺の駐車場へ向かうと、手前のスペースには見慣れない車が停まっていた。
品川ナンバーの紺色のハイエースが2台、さらに機材運搬用と思われる2トントラックも2台――
明らかにただの参拝客ではない。
そのまま奥の駐車場へ進むと、道路脇にはかご台車に積まれた撮影機材やロケセットの部材が並んでいる。
「ロケやってんじゃん!」
思わず嫁に声をかけると、「何の撮影?」と返ってくる。
だが、こちらにわかるはずもない。
さらに進み、奥の駐車場に入ると、今度は様子が一変した。
品川ナンバーの高級ワゴン車が、エンジンをかけたまま日陰に停まっている。
この日の気温は36度。
冷房を効かせるため、エンジンを切れないのだろう。
その周囲には、都内ナンバーの高級車が数台。
主要キャストのものと思われる車が並んでいる。
「間違いない……ロケやってる」
思わず、少し上ずった声が漏れた。
どうやら撮影は休憩中らしい。
おそらく芸能事務所の送迎車であろう高級ワゴン車――
その中に、休憩中の「芸能人」がいるのは明らかだった。
こうしたロケ現場では、寺の一室が控室になることが多い。
しかし、人見知りの役者や、共演者との距離感を気にする場合、あえて控室を使わず自分の車で休むことも珍しくない。
目の前のワゴン車も、まさにそんな一台なのだろう。
だが――
カーテンはしっかり閉ざされている。
冷房の効いたその車内に、誰がいるのか。
結局、確認することはできなかった。
参詣を済ませ、御朱印を拝受。
車へ戻る途中、スタッフがトラックから小道具を運び出しているところに出くわした。
どうやら、もうすぐ撮影が再開されるらしい。
しかし撮影場所は、「健康延壽之門」から延びる細い林道の奥。
見学できるような場所ではなさそうだ。
車で出演者の出待ちをしようか――
そんな考えも一瞬よぎる。
だが、
「田舎者の野次馬根性で邪魔をしてはいけない」
そう思い直し、後ろ髪を引かれる思いを振り切って、元三大師安樂寺を後にした。
後日。
嫁が何気なく見ていたテレビで、あの日のロケの正体が判明する。
なにわ男子・道枝駿佑君主演、
日本テレビ『金田一少年の事件簿』――
あのとき見かけた機材、そしてロケセット。
すべてが、ドラマの中にそのまま映し出されていた。
「なるほど、あれだったのか」
その瞬間、現地での記憶と映像がつながった。
何のロケかもわからずに通り過ぎたあの日。
だが今になって、はっきりとその答えを知ることになったのである。

元三大師堂の安樂寺慈慧殿
元三大師とは、平安時代の天台宗の僧・慈恵大師良源の尊称です。
天台宗最高の位である第18代天台座主に就いた高僧で、比叡山延暦寺中興の祖として名高く、全国の神社にあるおみくじの創始者とも言われています。
■元祖「おみくじ」を体験
おみくじの元祖ということもあり、こちらのおみくじは少し独特。
よくある「吉・凶」の結果だけでなく、そこに書かれたお言葉をじっくり読み解くことで、今の自分に必要なメッセージが受け取れる気がします。

今回書置きで頂いたご本尊の御朱印。
御朱印は本堂向かいの庫裡にあるインターフォンを押すと対応して頂けます。
インターフォン脇に御朱印の種類と番号が書いてありますので、ご希望する御朱印の番号でお伝えください。
■週末のデトックスに最高!
都心からも車で1時間ちょっと。
厄除けはもちろんですが、
「最近ちょっと疲れたな…」
という時にふらっと立ち寄るだけでも、心身ともにリフレッシュできる場所でした。
自然に癒やされながら、最強の厄除けパワーをチャージしに、ぜひ足を運んでみてくださいね。
2022.05.29参拝

「正覺山蓮前院安樂寺」
所在地:茨城県常総市大輪町1番
駐車場:あり(無料)
アクセス:関東鉄道常総線「中妻駅」または「三妻駅」から徒歩約1時間
茨城県常総市にある「元三大師 安楽寺」をご紹介します。
ここは、おみくじの創始者とも言われる「元三大師(良源)」を祀る天台宗の古刹。
ただのお寺と侮るなかれ!
一歩足を踏み入れると、そこには別世界のような静寂とパワーが満ちていました。
■安樂寺の歴史
延長7年(929年)、学問の神様として崇敬を集める菅原道真の子・景行が大生郷天満宮の別當寺として創建したそうです。
江戸時代初期、陰陽道や風水に基づく江戸鎮護構想を進めた大僧正・南光坊天海により江戸城の鬼門に当たる安樂寺に慈恵大師良源(元三大師)が勧請され、徳川幕府の庇護を賜る関東屈指の名刹となりました。
■3つの門、どれから入る?
安楽寺には珍しく3つの参道があり、それぞれ門にご利益が込められています。
長寿門(表参道):厄除開運。まずはここから!
福禄門(東参道):商売繁盛を願うなら。
子安門(西参道):子宝・安産のご利益。
私は欲張らず(?)表参道から入りましたが、門をくぐるたびに空気がキリッと引き締まるのを感じます。

鐘楼堂

厄除けの門「中門」
本堂と大師堂がある境内の入口・諸願成就門と呼ばれる中門には厄除けのご利益があります。

安樂寺本堂、天台宗別格本山 正覺山蓮前院安樂寺が正式名称のようです。
木々に囲まれた茅葺き屋根の建物や、手入れの行き届いた庭園は、どこを切り取っても絵になります。深呼吸するだけで、日頃のストレスがスッと抜けていくような感覚に。
安樂寺は数々の映画・ドラマのロケ地としても有名です。
・NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」(岡田准一さん主演)
・フジテレビ「信長協奏曲」(小栗旬さん主演)
・TBSテレビ日曜劇場「JIN-仁-」(大沢たかおさん主演)
などなど---
歴史ドラマ好きじゃなくても知っているような名作ドラマのロケ地になっています。
管理人が安樂寺の駐車場へ向かうと、手前のスペースには見慣れない車が停まっていた。
品川ナンバーの紺色のハイエースが2台、さらに機材運搬用と思われる2トントラックも2台――
明らかにただの参拝客ではない。
そのまま奥の駐車場へ進むと、道路脇にはかご台車に積まれた撮影機材やロケセットの部材が並んでいる。
「ロケやってんじゃん!」
思わず嫁に声をかけると、「何の撮影?」と返ってくる。
だが、こちらにわかるはずもない。
さらに進み、奥の駐車場に入ると、今度は様子が一変した。
品川ナンバーの高級ワゴン車が、エンジンをかけたまま日陰に停まっている。
この日の気温は36度。
冷房を効かせるため、エンジンを切れないのだろう。
その周囲には、都内ナンバーの高級車が数台。
主要キャストのものと思われる車が並んでいる。
「間違いない……ロケやってる」
思わず、少し上ずった声が漏れた。
どうやら撮影は休憩中らしい。
おそらく芸能事務所の送迎車であろう高級ワゴン車――
その中に、休憩中の「芸能人」がいるのは明らかだった。
こうしたロケ現場では、寺の一室が控室になることが多い。
しかし、人見知りの役者や、共演者との距離感を気にする場合、あえて控室を使わず自分の車で休むことも珍しくない。
目の前のワゴン車も、まさにそんな一台なのだろう。
だが――
カーテンはしっかり閉ざされている。
冷房の効いたその車内に、誰がいるのか。
結局、確認することはできなかった。
参詣を済ませ、御朱印を拝受。
車へ戻る途中、スタッフがトラックから小道具を運び出しているところに出くわした。
どうやら、もうすぐ撮影が再開されるらしい。
しかし撮影場所は、「健康延壽之門」から延びる細い林道の奥。
見学できるような場所ではなさそうだ。
車で出演者の出待ちをしようか――
そんな考えも一瞬よぎる。
だが、
「田舎者の野次馬根性で邪魔をしてはいけない」
そう思い直し、後ろ髪を引かれる思いを振り切って、元三大師安樂寺を後にした。
後日。
嫁が何気なく見ていたテレビで、あの日のロケの正体が判明する。
なにわ男子・道枝駿佑君主演、
日本テレビ『金田一少年の事件簿』――
あのとき見かけた機材、そしてロケセット。
すべてが、ドラマの中にそのまま映し出されていた。
「なるほど、あれだったのか」
その瞬間、現地での記憶と映像がつながった。
何のロケかもわからずに通り過ぎたあの日。
だが今になって、はっきりとその答えを知ることになったのである。

元三大師堂の安樂寺慈慧殿
元三大師とは、平安時代の天台宗の僧・慈恵大師良源の尊称です。
天台宗最高の位である第18代天台座主に就いた高僧で、比叡山延暦寺中興の祖として名高く、全国の神社にあるおみくじの創始者とも言われています。
■元祖「おみくじ」を体験
おみくじの元祖ということもあり、こちらのおみくじは少し独特。
よくある「吉・凶」の結果だけでなく、そこに書かれたお言葉をじっくり読み解くことで、今の自分に必要なメッセージが受け取れる気がします。

今回書置きで頂いたご本尊の御朱印。
御朱印は本堂向かいの庫裡にあるインターフォンを押すと対応して頂けます。
インターフォン脇に御朱印の種類と番号が書いてありますので、ご希望する御朱印の番号でお伝えください。
■週末のデトックスに最高!
都心からも車で1時間ちょっと。
厄除けはもちろんですが、
「最近ちょっと疲れたな…」
という時にふらっと立ち寄るだけでも、心身ともにリフレッシュできる場所でした。
自然に癒やされながら、最強の厄除けパワーをチャージしに、ぜひ足を運んでみてくださいね。
2022.08.03 02:48 | comment(0)
【一言主神社】「一言」だけで願いが叶う!?常総市のパワースポット『一言主神社』が凄すぎる…!
一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)で直書きの御朱印を頂きました。
2022.05.29参拝

「一言主神社」
所在地:茨城県常総市大塚戸町875
駐車場:あり(無料)
アクセス:常磐自動車道「谷和原IC」から約20分
茨城県常総市にある、ちょっと変わった、でも最強のパワースポットをご紹介します。
その名も、「一言主神社」!
ここの神様、なんと
「たった一言の願いなら、どんなことでも聞き届けてくれる」
という、なんとも太っ腹(?)な神様なんです。
■一言主神社の歴史
大同4年(809年)大和国葛上郡の葛城一言主神社(現・奈良県御所市)より一言主大神をお迎えして創建されました。
現在鎮座する社から西方に位置する創建の地には、怪光とともに雪中から筍が生えて三岐の竹になったとの伝承があるため「三竹山一言主神社」と称されるようになりました。
現在境内には大黒社、縁結社、香取社・稲荷社などの境内社が鎮座していますが、管理人が参拝した時、旦那が熱中症気味になってしまい本殿しか参拝できませんでした(´;ω;`)

「一言主神社社殿」
長禄3年(1459年)に荒廃していた社殿を、下総守谷城主・相馬胤広が再建したと伝わります。
■「一言」に魂を込めろ!
普通の神社だと
「住所、氏名、それからあーなってこーなって…」
と長く祈願しがちですが、ここはシンプルイズベスト。
「これだけは!」
という願いを一言に凝縮して伝えてください。
「内定!」でも「健康!」でも「結婚!」でも。
言葉に重みが出るからこそ、自分の本音と向き合える気がしますよね。
■始まりは「ミツマタの竹」?
この神社の始まりは、平安時代の809年。この地に、1本の竹が3つに分かれた不思議な
「三岐(みつまた)の竹」
が現れたのがきっかけだそう。
「これは神様が降りてきたに違いない!」
と祀られたのが始まりという、なんとも神秘的なエピソード。
境内には今もその竹が大切に守られていますよ!
■見逃せない「からくり綱火」
もし時期が合えば、9月の例大祭で披露される
「からくり綱火(つなび)」
は必見です。
空中を走る人形や仕掛け花火のパフォーマンスは、なんと江戸時代から続く伝統芸能。
茨城県指定の無形民俗文化財にもなっている、ド派手でカッコいいお祭りなんです。
■董市で宝探しも!
実はここ、定期的に開催される「骨董市」でも有名。
渋いアンティークや掘り出し物のお皿など、見て回るだけでワクワクします。
参拝ついでに素敵な出会いがあるかもしれません。

頂いた御朱印、正に御朱印という感じの墨書きの字がとてもカッコいい御朱印でした。
「一言主神社」は、欲張らず、迷わず、自分の一番の願いを神様に届ける場所。
最近ちょっと悩みが多いな…という方も、ここへ行けば自分の進むべき道が「一言」でクリアになるかもしれません。
2022.05.29参拝

「一言主神社」
所在地:茨城県常総市大塚戸町875
駐車場:あり(無料)
アクセス:常磐自動車道「谷和原IC」から約20分
茨城県常総市にある、ちょっと変わった、でも最強のパワースポットをご紹介します。
その名も、「一言主神社」!
ここの神様、なんと
「たった一言の願いなら、どんなことでも聞き届けてくれる」
という、なんとも太っ腹(?)な神様なんです。
■一言主神社の歴史
大同4年(809年)大和国葛上郡の葛城一言主神社(現・奈良県御所市)より一言主大神をお迎えして創建されました。
現在鎮座する社から西方に位置する創建の地には、怪光とともに雪中から筍が生えて三岐の竹になったとの伝承があるため「三竹山一言主神社」と称されるようになりました。
現在境内には大黒社、縁結社、香取社・稲荷社などの境内社が鎮座していますが、管理人が参拝した時、旦那が熱中症気味になってしまい本殿しか参拝できませんでした(´;ω;`)

「一言主神社社殿」
長禄3年(1459年)に荒廃していた社殿を、下総守谷城主・相馬胤広が再建したと伝わります。
■「一言」に魂を込めろ!
普通の神社だと
「住所、氏名、それからあーなってこーなって…」
と長く祈願しがちですが、ここはシンプルイズベスト。
「これだけは!」
という願いを一言に凝縮して伝えてください。
「内定!」でも「健康!」でも「結婚!」でも。
言葉に重みが出るからこそ、自分の本音と向き合える気がしますよね。
■始まりは「ミツマタの竹」?
この神社の始まりは、平安時代の809年。この地に、1本の竹が3つに分かれた不思議な
「三岐(みつまた)の竹」
が現れたのがきっかけだそう。
「これは神様が降りてきたに違いない!」
と祀られたのが始まりという、なんとも神秘的なエピソード。
境内には今もその竹が大切に守られていますよ!
■見逃せない「からくり綱火」
もし時期が合えば、9月の例大祭で披露される
「からくり綱火(つなび)」
は必見です。
空中を走る人形や仕掛け花火のパフォーマンスは、なんと江戸時代から続く伝統芸能。
茨城県指定の無形民俗文化財にもなっている、ド派手でカッコいいお祭りなんです。
■董市で宝探しも!
実はここ、定期的に開催される「骨董市」でも有名。
渋いアンティークや掘り出し物のお皿など、見て回るだけでワクワクします。
参拝ついでに素敵な出会いがあるかもしれません。

頂いた御朱印、正に御朱印という感じの墨書きの字がとてもカッコいい御朱印でした。
「一言主神社」は、欲張らず、迷わず、自分の一番の願いを神様に届ける場所。
最近ちょっと悩みが多いな…という方も、ここへ行けば自分の進むべき道が「一言」でクリアになるかもしれません。
2022.08.01 02:34 | comment(0)
【八龍神社】天慶年間に創建された雨を司る龍神を祀る社
「八龍神社(はちりゅうじんじゃ)」の御朱印を直書きで拝受しました。
2022.07.07参拝

「八龍神社」
所在地:茨城県坂東市生子632
駐車場:なし
アクセス:茨城急行自動車のバス停「岩井車庫」から徒歩で約16分、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)「坂東IC」より約10分
茨城県坂東市に鎮座する八龍神社。
創建は平安時代にまでさかのぼると伝えられ、
坂東の地で起きた動乱や、人々の祈りとともに歩んできた歴史ある神社です。
雨を司る神を祀り、農耕と深く結びついてきたこの地には、
かつての領主や武士、そして農民たちの想いが静かに積み重なっています。
今回は、そんな八龍神社を訪れ、境内の様子や見どころ、
そしてその背景にある歴史についてご紹介していきます。

⛩️ 参道入口の鳥居
朱色に塗られた木造の両部鳥居。
その奥には、昭和17年(1942年)に地元の名士・片倉七郎翁によって奉納された石鳥居が建てられています。
時代の異なる二つの鳥居が並ぶ光景は、歴史の積み重なりを感じさせてくれます。

🏯 拝殿
平成11年(1999年)に再建された拝殿。
新しさの中にも、しっかりとした風格が感じられる社殿です。
📜 八龍神社の由緒
八龍神社の創建は、天慶年間(938年〜947年)と伝えられています。
この時代、坂東では平将門が起こした「承平天慶の乱」が勃発。
将門は関東一帯を掌握し、自らを「新皇」と称して朝廷と対立しました。
しかし天慶3年(940年)、討伐軍との戦いで流れ矢により討死。
将門は、荒地だった坂東の地で馬牧の経営や製鉄による農具開発を行い、農地開拓を進めた人物でもあり、農民からの信頼が厚かったとされています。
そのため、この地を治めた後の領主が、農民の支持を得るために
雨を司る神・高闇龗命を祀ったことが、神社の始まりだったのかもしれません。
🏯 江戸時代の保護
寛文2年(1662年)には、関宿藩主・板倉重郷により、
社領七反余歩が年貢免除の地として認められました。
さらに享保4年(1719年)には、神祇権大副・吉田兼敬より
「正一位八龍神」の扁額が寄進されています。
当時、吉田家は全国の神社を統括するほどの権威を持つ神道家であり、
その吉田家からの寄進というのは、非常に格式の高いものでした。
八龍神社の創建は天慶年間(938年~947年)と伝わります。
この頃、坂東に拠点を置いた平将門による承平天慶の乱が起こり、将門は関東全域を手中に収め新皇と自称して朝廷と対立しました。
天慶3年(940年)2月14日、将門は朝廷の派遣した追討軍との戦で流れ矢が額に刺さり討死してしまいました。
将門は荒地だった坂東の地を豊かにするため馬牧の経営と製鉄による農具の開発などを行って、農民たちと農地の開墾を進めたため農民からの信頼が篤かったとされています。
岩井(茨城県坂東市)に政庁を置いた将門のあとに当地を領した領主によって、農民の支持を集めるために雨を司る神「高闇龗命」を祀る神社が建立されたのかも知れません。
寛文2年(1662年)には下総関宿藩第2代藩主・板倉重郷より社領・七反余歩が年貢免除となる除地として認められました。
享保4年(1719年)神祇権大副・吉田兼敬より正一位八龍神の額面が寄進されたそうです。
吉田家は寛文5年(1665年)7月に江戸幕府が発布した「諸社禰宜神主法度」の中で「無位の社人、白張を着すべし。その他の装束は、吉田の許状をもつてこれを着すべき事。」と記されるほどの権威を持った神道家でした。
このため全国の神職は上京し、吉田家に神道裁許状を求めたため、諸社禰宜神主法度発布後は吉田家がほぼ全ての神社の神職を管理下に置きました。

拝殿の扁額
拝殿には、金色の文字で社号が刻まれた立派な扁額が掲げられています。
歴史の重みと格式を感じさせる、見どころのひとつです。


🏚️ 境内に残る古い社殿
広い境内には、ひときわ目を引く古い社殿が建っていました。
境内社なのか、それとも八龍神社の旧社殿なのかは不明ですが、
かなり朽ちた様子から、長い年月を経てきたことがうかがえます。
それでも、彩色された彫刻は非常に豪華で、かつての姿の美しさを感じさせてくれます。
このまま失われてしまうのは、どこか寂しさを覚えますね(*‘ω‘ *)

八龍神社の御朱印は沓掛香取神社で頂く事が出来ます。
八龍神社は、華やかな観光地ではありませんが、
長い歴史の中で人々の暮らしと深く結びついてきた、静かで味わいのある神社でした。
境内に残る古い社殿や彫刻からは、
かつての信仰の厚さや、この地で大切にされてきた歴史が伝わってきます。
こうした場所を実際に歩いてみると、
書物だけでは感じられない“土地の記憶”に触れられるのが魅力ですね。
派手さはなくとも、じっくりと歴史を感じたい方には、ぜひ訪れてほしい神社です。
2022.07.07参拝

「八龍神社」
所在地:茨城県坂東市生子632
駐車場:なし
アクセス:茨城急行自動車のバス停「岩井車庫」から徒歩で約16分、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)「坂東IC」より約10分
茨城県坂東市に鎮座する八龍神社。
創建は平安時代にまでさかのぼると伝えられ、
坂東の地で起きた動乱や、人々の祈りとともに歩んできた歴史ある神社です。
雨を司る神を祀り、農耕と深く結びついてきたこの地には、
かつての領主や武士、そして農民たちの想いが静かに積み重なっています。
今回は、そんな八龍神社を訪れ、境内の様子や見どころ、
そしてその背景にある歴史についてご紹介していきます。

⛩️ 参道入口の鳥居
朱色に塗られた木造の両部鳥居。
その奥には、昭和17年(1942年)に地元の名士・片倉七郎翁によって奉納された石鳥居が建てられています。
時代の異なる二つの鳥居が並ぶ光景は、歴史の積み重なりを感じさせてくれます。

🏯 拝殿
平成11年(1999年)に再建された拝殿。
新しさの中にも、しっかりとした風格が感じられる社殿です。
📜 八龍神社の由緒
八龍神社の創建は、天慶年間(938年〜947年)と伝えられています。
この時代、坂東では平将門が起こした「承平天慶の乱」が勃発。
将門は関東一帯を掌握し、自らを「新皇」と称して朝廷と対立しました。
しかし天慶3年(940年)、討伐軍との戦いで流れ矢により討死。
将門は、荒地だった坂東の地で馬牧の経営や製鉄による農具開発を行い、農地開拓を進めた人物でもあり、農民からの信頼が厚かったとされています。
そのため、この地を治めた後の領主が、農民の支持を得るために
雨を司る神・高闇龗命を祀ったことが、神社の始まりだったのかもしれません。
🏯 江戸時代の保護
寛文2年(1662年)には、関宿藩主・板倉重郷により、
社領七反余歩が年貢免除の地として認められました。
さらに享保4年(1719年)には、神祇権大副・吉田兼敬より
「正一位八龍神」の扁額が寄進されています。
当時、吉田家は全国の神社を統括するほどの権威を持つ神道家であり、
その吉田家からの寄進というのは、非常に格式の高いものでした。
八龍神社の創建は天慶年間(938年~947年)と伝わります。
この頃、坂東に拠点を置いた平将門による承平天慶の乱が起こり、将門は関東全域を手中に収め新皇と自称して朝廷と対立しました。
天慶3年(940年)2月14日、将門は朝廷の派遣した追討軍との戦で流れ矢が額に刺さり討死してしまいました。
将門は荒地だった坂東の地を豊かにするため馬牧の経営と製鉄による農具の開発などを行って、農民たちと農地の開墾を進めたため農民からの信頼が篤かったとされています。
岩井(茨城県坂東市)に政庁を置いた将門のあとに当地を領した領主によって、農民の支持を集めるために雨を司る神「高闇龗命」を祀る神社が建立されたのかも知れません。
寛文2年(1662年)には下総関宿藩第2代藩主・板倉重郷より社領・七反余歩が年貢免除となる除地として認められました。
享保4年(1719年)神祇権大副・吉田兼敬より正一位八龍神の額面が寄進されたそうです。
吉田家は寛文5年(1665年)7月に江戸幕府が発布した「諸社禰宜神主法度」の中で「無位の社人、白張を着すべし。その他の装束は、吉田の許状をもつてこれを着すべき事。」と記されるほどの権威を持った神道家でした。
このため全国の神職は上京し、吉田家に神道裁許状を求めたため、諸社禰宜神主法度発布後は吉田家がほぼ全ての神社の神職を管理下に置きました。

拝殿の扁額
拝殿には、金色の文字で社号が刻まれた立派な扁額が掲げられています。
歴史の重みと格式を感じさせる、見どころのひとつです。


🏚️ 境内に残る古い社殿
広い境内には、ひときわ目を引く古い社殿が建っていました。
境内社なのか、それとも八龍神社の旧社殿なのかは不明ですが、
かなり朽ちた様子から、長い年月を経てきたことがうかがえます。
それでも、彩色された彫刻は非常に豪華で、かつての姿の美しさを感じさせてくれます。
このまま失われてしまうのは、どこか寂しさを覚えますね(*‘ω‘ *)

八龍神社の御朱印は沓掛香取神社で頂く事が出来ます。
八龍神社は、華やかな観光地ではありませんが、
長い歴史の中で人々の暮らしと深く結びついてきた、静かで味わいのある神社でした。
境内に残る古い社殿や彫刻からは、
かつての信仰の厚さや、この地で大切にされてきた歴史が伝わってきます。
こうした場所を実際に歩いてみると、
書物だけでは感じられない“土地の記憶”に触れられるのが魅力ですね。
派手さはなくとも、じっくりと歴史を感じたい方には、ぜひ訪れてほしい神社です。
2022.07.11 23:57 | comment(0)
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