埼玉厄除け開運大師龍泉寺で季節限定御朱印と木花咲耶姫の御朱印を頂きました。

埼玉厄除け開運大師龍泉寺
所在地:埼玉県熊谷市三ヶ尻3712
駐車場:あり(無料)
アクセス:関越自動車道「花園IC」から約10分、JR「籠原駅」からタクシーで約5分、正月三が日(1月1日〜3日)のみ、JR籠原駅から臨時無料シャトルバスが約20分間隔で運行されます

「最近なんだかツイてないな…」「新しいことに挑戦する前にパワーが欲しい!」
そんな方におすすめしたいのが、埼玉県熊谷市にある『埼玉厄除け開運大師・龍泉寺』です。
1200年以上の歴史を持ちながら、SNSでも「御朱印が美しすぎる!」と話題のこのお寺。今回はその見どころを凝縮してご紹介します。

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2025.01.02再訪
初詣に友人と行ってきました。
「初詣限定切り絵御朱印」と「大開運守」をGETしました♪
めちゃめちゃ混んでて写真どころじゃなかったよ~

「初詣限定切り絵御朱印」


「大開運守」


おみくじひいたら「大吉」だった!
今年はいいことあるかも・・・ねっ♪
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「龍泉寺山門」
龍泉寺は千二百年の歴史ある古刹です。
山門の扁額には「第一義」と記されています。


境内に建立されている「平成安全大観音像」
あらゆる「安全」のご利益があるそうで、高さは10mもあります。


「観音堂」
本堂より少し小高い丘に建立されています。
千手観音菩薩などがお祀りされています。


「本堂」
👉日本唯一!「厄除け」と「開運」を同時に叶える黄金の大師
龍泉寺の最大の特徴は、「厄除け金色大師」と「開運金色大師」の二尊を同時にお祀りしていること。
悪い運気を払い(厄除け)、良い運気を引き寄せる(開運)。
この両方を一度に願えるのは、日本でもここだけと言われています。
まさに「最強のパワースポット」ですよね。

写真の左手前に写る弘法大師様もお立ち寄りになられた関東の名刹です。

💰金運アップの「大黒天」も見逃せない
境内にある金運堂(三面大黒天堂)には、宝くじの高額当選祈願でも有名な大黒天様がいらっしゃいます。
厄を払った後は、ぜひ金運もしっかりチャージしていきましょう!

金運堂は、本堂のすぐ左手に位置する小さなお堂です。
金色に輝く看板や、「金運上昇」と書かれた黄色の幟(のぼり)が目印です。

👉まるでアート!元祖「切り絵御朱印」
参拝者の多くが目当てにしているのが、息をのむほど繊細な「切り絵御朱印」。
実は龍泉寺は、切り絵御朱印の発祥の地としても知られています。

季節ごとにデザインが変わり、透かしてみるとその美しさは格別!
限定デザインは早めに授与が終了することもあるので、事前に公式SNSをチェックしておくのが正解です。

また、人気の授与品として「大開運守」があります。
多くのメディアで紹介され、「全国最強開運守」とも称される人気の御守です。


拝受した見開きの「花手水御朱印」
直書きで頂きました。


こちらは書置きで拝受した「木花咲耶姫」の御朱印

御朱印の拝受には住所と名前を御朱印の申込用紙に記入しなければ拝受する事はできません。
通常御朱印はもちろん、限定御朱印の郵送頒布も行っています。

歴史ある厳かな雰囲気と、現代的な美しさが融合した龍泉寺。
心落ち着く境内で、自分自身を見つめ直す時間を過ごしてみてはいかがでしょうか?
次の週末のドライブ先は、ここに決まりです!
2022.05.18 00:55 | comment(0)

常木山十輪寺(じょうぼくざん じゅうりんじ)で御朱印を頂きました。
参拝日:2022.04.19

「常木山十輪寺」
所在地:埼玉県秩父郡小鹿野町小鹿野1823
駐車場:あり()無料
アクセス:西武秩父駅または秩父鉄道秩父駅より西武観光バス「小鹿野車庫・栗尾ゆき」にて「小鹿野町」下車徒歩約2分

埼玉県秩父郡小鹿野町にある「常木山 十輪寺」。

一見すると静かな山あいの寺院ですが、その背景をたどると、秩父らしい“濃い歴史”が見えてきます。
今回は、戦国好きの視点も交えながら、この寺の魅力を深掘りしていきます。

常木山十輪寺
十輪寺は真言宗系の寺院で、地域では古くから信仰を集めてきたお寺です。
創建の詳細な年代ははっきりしないものの、中世(鎌倉~室町期)にはすでに存在していたと考えられており、戦国時代の動乱の中でも地域の祈りの場として存続してきました。
こうした寺院は、武士や農民の精神的支柱であり、戦国期の「在地の信仰拠点」としても重要な存在だったそうです。

■ 修験道の名残を持つ寺
十輪寺の大きな特徴は、その成り立ちにあります。
もともとは「輪坊」と呼ばれる修験道の拠点で、天台系の山岳信仰と関わりの深い場所でした。

つまりここは、

・山伏(修験者)が活動する拠点
・山そのものを信仰対象とする場

だった可能性が高いのです。

秩父という土地は、山岳信仰が非常に強い地域。
十輪寺もその流れの中に位置する、典型的な“山の寺”と言えるでしょう。

■ 巡礼文化との関わり
境内には「補陀場十五番」の石碑が残されています。
これは、秩父三十四箇所観音霊場との関係を示す重要な痕跡です。

もともと15番札所だった寺が廃寺となり、その役割や遺物の一部を十輪寺が引き継いだとされています。

つまりこの寺は、

「単なる一寺院ではなく、巡礼ネットワークの再編」

に関わった“受け皿”的存在でもあります。
人が集まり、祈りが集積する場所だったわけです。

■ 戦国時代との距離感
秩父・小鹿野エリアは、戦国時代において重要な“境目の地”でした。
北条氏の勢力圏(鉢形城)と、甲斐武田氏の影響圏がぶつかる地域。

こうした場所にある寺院は、単なる宗教施設ではありません。

・兵の宿泊地
・情報交換の場
・戦勝祈願の場

といった役割を担っていた可能性が高いのです。

十輪寺もまた、修験系の背景を持つことから、戦国期において何らかの機能を果たしていたと考えるのが自然でしょう。

■ 江戸時代以降の再編
現在の場所に移されたのは江戸時代・享保年間。
これは多くの寺院に見られる流れで、

・中世に成立
・戦乱や変遷を経る
・江戸時代に再編・整備

というパターンに当てはまります。
秩父巡礼の発展とともに、十輪寺も地域信仰の中核として再構築されていきました。

■ 地域に根ざした寺として
十輪寺には、戊辰戦争に関わった人物の墓も残されています。
これは、この寺が単なる山寺ではなく、地域の有力者と深く関わる“菩提寺的役割”を持っていた証でもあります。

また、県指定・町指定の文化財もあり、歴史的価値も高い寺院です。

■ 静かな山寺に残る「層の厚さ」
常木山 十輪寺は、

・修験道の拠点としての顔
・巡礼文化の中継点としての役割
・地域社会の中心としての機能

これらが幾重にも重なった寺です。

背景を知ると一気に“見え方が変わる”タイプの史跡。
秩父の山を歩く中でこうした寺に出会うと、単なる風景ではなく「歴史の痕跡」として立ち上がってきます。

もし現地を訪れるなら、ぜひ

・石碑の配置
・山門の向き
・周辺の古道

にも注目してみてください。
そこには、戦国時代から続く“人の動き”の名残が隠れています。


御朱印の書きあがりをお待ちする間、境内の猫ちゃんと遊んでました。

十輪寺の創建年代は不明ですが、中興したのは「盛賢」という人物である事はわかっているのだそうです。
ただ、この「盛賢」という人物もいつの時代の方なのかは一切不明だそうです。
戊辰戦争で改易された唯一の藩である上総国請西藩(じょうざいはん)の藩士だった吉田柳助の墓所になっています。


直書きで頂いた御朱印

派手な史跡ではないものの、こういう場所にこそ“本物の積み重ね”が残っています。

山と信仰、人の往来が交わる地点としての寺。

そういう視点で見ると、十輪寺はただの一寺ではなく、秩父という土地そのものを映した存在にも思えてきます。

こういう場所を拾って歩くのが、やっぱり一番面白いですね。
2022.04.24 13:55 | comment(0)

「三峯神社」で御朱印を頂きました。
2022.04.19参拝

「三峯神社」
所在地:埼玉県秩父市三峰298-1
駐車場:あり(有料)
アクセス:西武秩父線「西武秩父駅」(秩父鉄道「三峰口駅」からも乗車可能)から西武バス 急行 三峯神社線「三峯神社」下車、関越自動車道「花園IC」から国道140号線を経由して約1時間30分

埼玉県秩父市の山奥に鎮座する「三峯神社」へ行ってきました。
ここは日本武尊(ヤマトタケル)が創祀したと伝わる、関東屈指のパワースポット。
一歩足を踏み入れると、下界とは明らかに違うピリッとした空気感に包まれます。


狼(お犬様)が守る異世界の入り口
三峯神社の特徴は、狛犬ではなく「狼(山犬)」が神の使い(眷属)として鎮座していること。
鋭い眼光でこちらを射抜くような姿は、邪気を一気に払い飛ばしてくれそうな力強さがあります。


三ツ鳥居を進んだ参道脇には高い木がそびえ立っていて、とても厳かな気持ちになります。


隋身門、こちらが本来の正参道だったそうです。
朱塗りの山門は重厚感があってカッコいいですね。


寛政12年(1800年)に建立された拝殿。

📜 三峯神社の歴史~神話から戦国、そして現代へ続く霊峰の信仰
秩父の奥深く、霊峰・三峯山に鎮座する三峯神社。
その歴史は非常に古く、神話の時代にまで遡ると伝えられています。

■ 創建と神話の時代
三峯神社の創建は、第12代天皇である景行天皇の時代にまで遡ります。

東国平定のために遣わされた日本武尊が三峯山に登り、
伊弉諾尊・伊弉册尊を祀る仮宮を建立したことが始まりとされています。

その後、景行天皇が東国巡幸の際にこの地を訪れ、
「三峯宮」という社号を授けたと伝えられています。

■ 修験道の聖地として
飛鳥時代には、呪術者として知られる役小角が修行した場とされ、
さらに平安時代には空海が観音像を安置したとも伝わります。

こうした背景から、三峯山は古くから山岳信仰と修験道の霊場として発展していきました。

■ 武士の信仰と隆盛
養和元年(1182年)、秩父の領主であった畠山重忠が、願文を納めた際に霊験を授かります。

これを契機に、重忠は広大な土地を寄進し、三峯山を「守護不入」の地としました。

その結果、関東武士の篤い崇敬を集め、三峯信仰は大きく発展。
この時期に、三峯神社は大きな栄華を迎えたといわれています。

■ 南北朝の動乱と衰退
しかし、正平7年(1352年)新田義興らが三峯山へ逃れたことがきっかけとなり、
足利氏によって社領は没収されてしまいます。

これにより、三峯神社は一時的に衰退の時期を迎えることとなりました。

■ 戦国期の再興と修験の中心地へ
天文2年(1533年)、修験者・月観道満が堂舎を再興。

さらに京都の聖護院より大権現を勧請したことで、
三峯山は聖護院派天台修験の関東総本山として再び隆盛を極めます。

この時期、三峯神社は単なる信仰の場を超え、
関東における修験道ネットワークの中核として機能していました。

■ 近代以降の変化
明治時代に入ると、政府による神仏分離政策の影響を受け、寺院は廃され「三峯神社」と改称されます。

そして大正末期、秩父宮が参拝したことをきっかけに、
信仰は再び全国へと広がっていきました。

三峯神社は、

・神話に始まる創建伝承
・修験道の霊場としての発展
・武士の信仰による隆盛
・戦乱による衰退と再興

といった歴史の流れを経て、現在へと受け継がれています。

秩父の山中にありながら、その歴史は日本全体の動きと深く結びついており、
まさに“霊峰に刻まれた歴史”といえるでしょう。

🐉 見逃せない!石畳に現れた「赤い目の龍神」
2012年の辰年に突如現れたという、拝殿前の「龍神様」。
水をかけると、石畳に赤い目をした龍の姿がくっきりと浮かび上がります。
見つけると縁起が良いと言われているので、参拝の際はぜひ足元をチェックしてみてください。

🌳 樹齢800年の御神木から「氣」をもらう
拝殿の両脇にそびえ立つ巨大な杉の木。
深呼吸をしながらそっと手を合わせると、木々の生命力が体に流れ込んでくるような不思議な感覚に。
ここで授与される「氣守(きまもり)」は、勇気と元気をくれるお守りとして有名です。

👉 奥宮への挑戦!
体力に自信がある方は、片道1時間の登山で「奥宮」へ。
絶景とともに、より深いパワーを感じられます。


書置きで拝受した御朱印。
御朱印は拝殿左側の授与所で頂けます。


「クマが出たよ~!」
おみやげ屋さんのはく製のクマさん、
愛らしい顔してるけど、山道で現れたらやっぱ怖い・・・

三峯神社は、単なる観光地ではなく、自分自身を見つめ直し、明日へのエネルギーをチャージできる場所でした。
最近パワー不足を感じている方は、ぜひこの「天空の聖域」を訪れてみてください。
2022.04.23 17:48 | comment(0)
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プロフ

関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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