目黒不動尊(めぐろふどうそん)で御朱印をいただきました。

泰叡山護國院瀧泉寺(たいえいざん ごこくいん りゅうせんじ)
所在地:東京都目黒区下目黒3-20-26
駐車場:なし
アクセス:東急目黒線「不動前駅」より徒歩約15分、JR「目黒駅」より徒歩約20分、JR五反田駅(西口)より東急バス渋谷行(渋72系統)「目黒不動尊境内」下車

「最近、なんだかスッキリしないな……」
そんな時、私が駆け込む場所があります。
それが、目黒区下目黒にある目黒不動尊(瀧泉寺)です。
都内にあるとは思えないほど静寂で、でもどこか活気がある。
今回は、そんな「お不動様」の知られざる魅力をレポートします!

📝 参拝情報
境内への立ち入りは早朝から可能です。
開門時間: 9:00 〜 16:30
本堂への参拝や授与所での対応は上記の時間帯となります。
縁日(毎月28日)
縁日の護摩祈願は10:00、11:30、13:30、15:00、16:30に行われます。

🖌️ 御朱印の種類と納経料
主に以下の3種類があります。
・目黒不動尊
ご本尊である不動明王の御朱印です。
・聖観世音
江戸三十三観音霊場の第33番(結願寺)としての御朱印です。
・山手七福神(恵比寿神)
山手七福神巡りの一つとしての御朱印です。
納経料:1枚 500円
オリジナルの御朱印帳
不動明王や寺紋がデザインされたものが人気です。
価格は概ね1,500円〜2,000円です。
受付時間:9:00 〜 16:30
授与場所:本堂下の受付所(阿弥陀堂付近)でご対応いただけます。


書置きでいただいた御朱印。


圧倒的な迫力の「仁王門」
目黒不動尊の仁王門には、江戸時代の火災にまつわるドラマチックなエピソードがあります。
🔥「火伏せの不動」の象徴
現在の仁王門は昭和初期の再建ですが、江戸時代の旧仁王門は徳川家光が寄進した壮麗なものでした。
江戸時代、目黒一帯は何度も大火に見舞われましたが、この仁王門と本堂だけは不思議と火を免れることが多かったといいます。
これにより、目黒不動尊は

「火伏せ(火災除け)の不動」

として江戸庶民から絶大な信仰を集めるようになりました。

🏹 徳川家光と「鷹狩り」の縁
仁王門を含む伽藍が江戸初期に整備された背景には、家光の愛鷹(あいよう)のエピソードがあります。

家光が目黒で鷹狩りをしていた際、大事な鷹が行方不明になりました。
瀧泉寺の当時の住職に祈祷させたところ、鷹がすぐに見つかったことに感激。

家光はこの縁で荒廃していた寺を再興し、50余棟に及ぶ豪華な伽藍(その入り口が仁王門)を築かせたと伝えられています。

💡 ポイント!
仁王門の鮮やかな朱色は、魔除けの意味があります。
参拝者はまずこの門をくぐることで、心身の穢れを祓い、不動明王の聖域へと入っていく重要な結界の役割を果たしています。


🍀 阿吽(あうん)の仁王像
門に安置されている仁王像(金剛力士像)は、その力強い姿から「病気平癒」の力があると信じられていました。
かつては、自分の体の悪い部分と同じ箇所を仁王像に触れたり、紙を噛んで丸めた「投げ出し(つぶて)」をぶつけて祈願する風習もあり、庶民の切実な願いを受け止める場所でもありました。


「ちょこんと座ってる姿がかわいくて、思わず立ち止まってしまった場所🐸」

📜 ちょっと不思議な由緒
「夢から生まれた不動明王」
東京でも有名なお寺、目黒不動尊(瀧泉寺)。
実はそのはじまりには、少し神秘的で印象的なエピソードが残されています。

■ すべては“一つの夢”から始まった
時は808年。
後に天台宗の僧として知られる円仁 が、比叡山へ向かう途中のこと。
この地で見た夢に、青黒い顔をした恐ろしい姿の神人が現れます。

・右手には剣
・左手には縄

そしてこう告げたそうです。
👉「この地に現れ、魔を鎮め、人々の願いを叶えよう」

目覚めた円仁は、その姿を彫刻し、
👉 これが本尊・目黒不動明王のはじまりとされています。

■ 投げた法具から湧き出た“霊水”
さらに不思議なお話は続きます。
円仁が堂を建てようと決意し、法具のひとつ「独鈷(とっこ)」を投げたところ――

👉 その場所から泉が湧き出しました。

この泉は「独鈷の瀧」と呼ばれ、寺の名前「瀧泉寺(りゅうせんじ)」の由来にもなっています。

■ 将軍にも守られた華やかな時代
その後、江戸時代に入ると、このお寺は大きく発展します。

徳川家光 の庇護を受けて再建され、なんと53棟もの堂宇が立ち並ぶ大寺院に。

その華やかさから、
👉 「目黒御殿」と呼ばれるほどだったそうです。

■ 江戸の人々に愛された“観光スポット”
目黒不動尊は、信仰の場であると同時に、江戸時代の人々にとっては人気の行楽地でもありました。

・「富くじ」が行われるにぎやかな場所
・滝の水で病気平癒を願う信仰
・門前にはお店がずらり

そしてあの有名な落語
👉「目黒のさんま」の舞台にもなっています。

夢から生まれ、奇跡の水に守られ、江戸の人々に親しまれてきたお寺。
目黒不動尊は、今も変わらず静かにその歴史を伝えています。


心臓破りの⁉「男坂」
💦 登りきれば、運気も一気に上昇!?
境内に入ってまず圧倒されるのが、本堂へと続くあの急な石段、通称「男坂」です。
一歩踏み出すたびに足に力が入るこの階段、実はただの通路ではありません。
一段ずつ登ることで、自分の中に溜まった迷いや雑念を振り払う「修行の道」とも言われています。

ちなみに、男坂の脇には緩やかな「女坂」もありますが、あえて男坂に挑戦して、登りきった後に振り返ってみてください。
眼下に広がる境内の景色とともに、なんだか自分の中の「停滞していた運気」がスカッと突き抜けるような、不思議な達成感を味わえるはずです!


本堂へと続く参道の「山王鳥居(さんのうとりい)」
この石鳥居は、本堂へと続く入口。
鳥居は“神様のいる場所と日常を分ける境界”とされていて、くぐることで心を整え、清らかな気持ちでお参りできると言われています。

⛩️ どうしてお寺に鳥居があるの?
この鳥居、よく見るとちょっと変わった形。
実は神様と仏様が一緒に信仰されていた名残で、少し特別な意味を持つ鳥居なんだそうです。

■ 屋根っぽい部分の意味
あの三角の部分は
👉 「神様の空間をより強調する」+「神聖さを高める装飾」
いわば
“ちょっと格式高めの鳥居”みたいなイメージです。

■ 目黒不動尊に鳥居がある理由
目黒不動尊 は
👉 お寺(=仏教)なのに鳥居がある珍しい場所
これは昔の日本が
👉 神様と仏様を一緒に信仰していた(神仏習合)時代の名残
なんです。


豪華絢爛な「大本堂」
ご利益:厄除け・災難除け、縁結び、商売繁盛、学業成就

🎯 江戸っ子が夢を託した「江戸三富」の聖地
男坂を登り切った先、パッと視界が開けた場所に現れるのが、朱色が鮮やかな「大本堂」です。

ここで知っておきたい面白いエピソードが、江戸時代の「ギャンブル(!?)」のお話。実はここ、江戸幕府公認の富くじ(今の宝くじ)が行われていた「江戸三富(えどさんぷ)」の一つだったんです。
当時の江戸っ子たちは、お不動様への信仰はもちろん、「一攫千金」の夢を抱いてこの本堂に詰めかけました。

現在でも、そのパワフルなエネルギーは健在。
本堂の前に立つと、何百年もの間、人々の「願い」や「希望」を受け止めてきた、圧倒的な包容力を感じることができます。

🙏 参拝後記
「厄除け」で有名ですが、実際に行ってみると、ただ厳しいだけでなく、包み込んでくれるような温かさがあるお寺です。
仕事帰りや週末の散歩に、ちょっと欲張って「縁結び」や「金運」までお願いしに行ってみてはいかがでしょうか?
2026.03.23 21:51 | comment(0)

世田谷八幡宮(せたがやはちまんぐう)で御朱印をいただきました。

世田谷八幡宮
所在地:東京都世田谷区宮坂1-23-20
駐車場:あり(無料)
アクセス:東急世田谷線「宮の坂駅」より徒歩約3分、小田急線「豪徳寺駅」より徒歩約10分

東急世田谷線のガタゴト揺れるリズムに誘われて、「宮の坂駅」からすぐの所にある「世田谷八幡宮」へ行ってきました。

ここは、ただの静かな神社ではありません。
一歩足を踏み入れると、思わず「おっ!」と声が出てしまう、ユニークな見どころがいっぱいなんです。

📝 参拝情報
参拝自体は24時間可能です。
社務所・授与所(お守り・御朱印):9:30 ~ 16:00
ご祈祷の受付:9:30 ~ 15:30 頃
予約制ではなく、当日の受付順となります。
※神前結婚式などの祭典がある場合は、時間が変動することがあります。

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
現在、世田谷八幡宮では「書置き」のみの対応となっています。
・通常御朱印
初穂料(料金): 500円
通常の御朱印のほか、季節や行事(秋季大祭など)に合わせて特別な仕様になる場合があります。

⛩️ 見どころ
・江戸三相撲の名所
奉納相撲で知られ、境内には立派な土俵があります。
現在でも秋季大祭では奉納相撲が行われており、江戸時代の伝統を今に伝えています。
・厳島神社と池
境内には弁天様を祀る厳島神社があり、鯉や鴨が泳ぐ美しい池に囲まれています。
・歴史的な狛犬
拝殿前には、子供を抱き寄せる珍しいポーズをした表情豊かな狛犬が安置されています。


いただいた「一月限定の御朱印」


「一ノ鳥居」
参道に立つ大きな石鳥居。
実は関東大震災で一度は倒れてしまった歴史があるんです。
今の鳥居は、地域の人たちが一丸となって再建したもの。
倒れてもなお立ち上がるその姿は、まさに

『勝負の神様』

にふさわしい、不屈のパワーを感じさせてくれますね。


🤼 境内に本格的な「土俵」がある!?
一番の驚きは、石段を上がった先の右手に現れる立派な土俵。
実はここ、江戸時代に「江戸三相撲」の一つに数えられた聖地なんです。
かつては奉納相撲の勝敗で、その年の豊作や凶作を占っていたのだとか。
今でも毎年秋の例大祭では、東京農業大学の相撲部による学生相撲が奉納されます。
神様の前で若者たちがぶつかり合う姿を想像するだけで、背筋が伸びる思いです。


幸せを呼ぶ「厳島神社」と池の鯉
本殿のすぐそばには、池に浮かぶ小さな厳島神社があります。
赤い橋を渡ってお参りしていると、池の鯉たちが「エサかな?」と寄ってくる姿に癒やされます(笑)。
勝負の神様だけじゃない、柔らかな空気感もこの神社の魅力ですね。


池のそばには鴨さんもいました。


「社殿」
🏯 旧本殿が「中に入ってる!?」
文化10年(1813年)に建立された旧本殿は、現在の社殿(昭和39年・1964年建立)の中に大切に納められています。
普通は建て替えで無くなることが多いので、これはかなり貴重です。

📜 ご由緒
世田谷八幡宮の起源は、寛治5年(1091年)にさかのぼります。
後三年の役の帰途、源義家がこの宮坂の地で豪雨に見舞われ、天候の回復を待つためしばらく滞在しました。

その際、戦勝は日頃より信仰していた八幡大神のご加護によるものと感じ、豊前国の宇佐八幡宮の分霊をこの地に勧請して祀ったのが始まりと伝えられています。

その後、天文15年(1546年)には世田谷城主・吉良頼康が社殿を再興し、この頃が実質的な創建と考えられています。

⛩️ 近代以降の歩み
明治5年(1872年)には郷社に列し、社号を「宇佐神社」と改めましたが、第二次世界大戦後に現在の「世田谷八幡宮」へと復称されました。


🐙 たこ坊 宮坂店さんの「招き猫」
一の鳥居を出て左に行った先の角にある、昔ながらのたこ焼き屋さん「たこ坊 宮坂店」さんの壁にはとってもカワイイ「招き猫」の絵が描いてありました。

管理人もしっかり招かれて(笑)「ソース」600円と「ネギ」800円をいただきました。
ハフハフしながら頬張る焼きたての味は、冷えた体に染み渡る最高のご褒美。
世田谷線ののんびりした風景を眺めながら食べるたこ焼きは、なんだか懐かしい味がしました。
地元では人気のお店らしく、本当においしくておすすめですよ!

⛩️ 参拝後記
都会の喧騒を忘れさせてくれる緑豊かな境内。
「最近、ちょっと気合を入れたいな」
と思っている方は、ぜひ宮の坂で途中下車して、土俵のある不思議な空間を体感してみてください!
2026.01.13 17:20 | comment(0)

大谿山 豪徳寺(だいけいざん ごうとくじ)で御朱印をいただきました。

大谿山 豪徳寺
所在地:東京都世田谷区豪徳寺2-24-7
駐車場:あり(無料)
アクセス:東急世田谷線「宮の坂駅」から徒歩約5分、小田急線「豪徳寺駅」から徒歩約15分

東京・世田谷の閑静な住宅街に、ひときわ静寂をまとう古刹があります。
そこは、幕末の大老・井伊直弼をはじめとする「近江彦根藩 井伊家」の菩提寺として名高い、歴史ある豪徳寺。

……と聞くと、なんだか少し敷居が高そうに感じますが、実はここ、世界中から観光客が押し寄せる

「招き猫発祥の地」

としても超有名なんです!

「由緒正しき大名家のお寺」と「圧倒的な数の招き猫」。

一見ミスマッチなこの組み合わせには、実は江戸時代から続く、ある“猫の恩返し”の物語が隠されていました。
今回は、歴史ファンも猫好きも虜にする、豪徳寺のディープな魅力に迫ります。

📝 参拝情報
豪徳寺の門が開いている時間は、季節によって異なります。
開門時間
通常(3月下旬〜9月中旬):6:00 ~ 18:00
冬季(9月下旬〜3月中旬):6:00 ~ 17:00
寺務所(受付)の営業時間:通年:8:00 ~ 16:30

🖌️ 御朱印の種類と納経料
豪徳寺では、招き猫発祥の地らしいデザインの御朱印をいただくことができます。
基本的に1種類です。
・「大谿山」の山号と、御本尊である「釈迦如来」の文字が記されます。
納経料(料金):300円
授与場所:山門をくぐって右手側にある寺務所でご対応いただけます。
受付時間:8:00 ~ 16:30
※混雑状況により、受付終了間際は締め切られる場合があるため、早めの参拝をおすすめします。
現在は書き置き(紙でもらう形式)での授与が主流となっています。
豪徳寺オリジナルの御朱印帳も販売されています。
招き猫が散りばめられた可愛らしいデザインが人気です。


いただいた御朱印。
御朱印はこの一種類だけでした。

📜 ご由緒
寛永10年(1633年)、世田谷の地は彦根藩の所領となりました。
もともとこの地には、文明12年(1480年)に建立された「弘徳院」という寺院があり、
彦根藩主・井伊家によって江戸における菩提寺と定められました。

その後、万治2年(1659年)、2代藩主・井伊直孝の法号

「久昌院殿豪徳天英大居士」

にちなみ、寺号は「豪徳寺」と改められます。
以降、大名家の墓所にふさわしい伽藍が整えられ、現在の姿へと発展していきました。

江戸時代の大名墓所の形態を今に伝える貴重な寺院であり、その規模と保存状態の良さから、周辺でも最大級の国指定史跡となっています。


「山門(さんもん)」
🐾 結界への入り口
この門をくぐると、一気に空気が変わる「結界」のような役割を果たしています。
現在の山門は明治17年(1884年)に再建されたものですが、ここを通る時はぜひ足元と屋根の裏を見てください。
井伊家の家紋である「彦根橘(ひこねたちばな)」が随所にあしらわれており、ここが徳川幕府を支えた名門・井伊家の菩提寺であることを無言で物語っています。


「常香炉(じょうこうろ)」
🔥 支えているのは「三匹の鬼」
香炉の本体を足元で支えているのは、実は三匹の鬼たちです。
一般的な香炉は足が獅子(ライオン)の形をしていたり、シンプルな三本足だったりすることが多いのですが、豪徳寺のものは鬼が重い香炉を一生懸命に持ち上げている姿をしています。
これは「邪鬼(じゃき)」と呼ばれる存在が、仏法を守るために重責を担い、改心して修行に励んでいる姿を表しているとも言われています。

🦁 屋根の上で遊ぶ「金色の毬と獅子」
香炉の蓋(屋根)の部分をよく見ると、獅子が金色の毬(まり)に足を乗せて遊んでいる姿が彫られています。
獅子は古来より魔除けの象徴ですが、ここでは「毬と遊ぶ」という少し愛嬌のあるポーズをとっています。

香炉の下では鬼が必死に支え、上では獅子が優雅に遊んでいる……

という、上下の対照的なビジュアルも面白いポイントです。


「仏殿(ぶつでん)」
🐈 350年前から残る「奇跡の建物」
延宝5年(1677年)に建立された、豪徳寺で最も古い建物の一つです。

仏殿の欄間(らんま)などの彫刻には、十二支に混じって猫の彫り物があると言われています。
普通、十二支に猫は入りませんが、ここでは特別。
参拝ついでに「隠れ猫」を探すのが通の楽しみ方です。

寄棟造(よせむねづくり)の重厚な造りで、東京都内でもこれほど綺麗に残っている江戸初期の木造建築は珍しく、区の指定有形文化財になっています。


🐱 豪徳寺の招き猫、ここが違う!
よく見る招き猫は「小判」を持っていますよね?
でも、豪徳寺の招き猫は何も持っていません。

「猫はチャンス(縁)を運んでくれるけど、それを生かして結果(小判)を出すのは本人次第だよ」

という、ちょっとストイックで粋な教えがあるんです。

深い……!


🐱 圧巻!「招福殿」はもはや猫のフェス会場
一番の見どころは、何と言っても「招福殿」の横にある奉納所。
ここには、願いが叶った人たちが返納した招き猫が……数千体!!
大小さまざまな白い猫たちが、これでもかとギッシリ並んでいます。

「どこを見ても猫、猫、猫!」

その光景は、可愛いというより、もはや圧倒的なパワーを感じるレベル。
SNS映え間違いなしですが、不思議と背筋が伸びるような神聖な空気も漂っています。

👉 実は「超エリート」な猫だった?
なぜこんなに猫がいるのか?
実は、江戸時代の大名・井伊直孝がこのお寺の前を通ったとき、門前にいた猫に手招きされて立ち寄ったのが始まりだとか。
その直後、激しい雷雨が!

「猫のおかげで濡れずに済んだし、和尚さんの良い話も聞けた!」

と喜んだ殿様が、このお寺を井伊家の菩提寺(代々のお墓を置く寺)にしたんです。
つまり、この猫ちゃんはお寺を大ピンチから救った「超やり手営業マン」だったわけですね。


「法殿(はっとう / 本堂)」
🕯️ 井伊家の歴史が眠る場所
「法堂」はいわゆる本堂のことで、現在の建物は昭和42年(1967年)に再建された近代的な建築ですが、中には御本尊の釈迦如来が安置されています。

幕末の大老・井伊直弼(いいなおすけ)の葬儀が行われたのもこの場所です。
桜田門外の変で倒れた直弼ですが、実はここ豪徳寺をこよなく愛していました。

招き猫エリアの賑やかさとは対照的に、法堂周辺はピリッとした静寂に包まれています。
「動」の招き猫と「静」の本堂、このギャップが豪徳寺の本当の魅力です。

⚔️ 井伊直弼とは?
井伊直弼は、江戸時代末期に活躍した彦根藩主であり、江戸幕府の最高職である「大老」を務めた人物です。
👉 幕末を動かしたキーパーソン
当時の日本は、海外からの圧力によって大きく揺れていました。

そんな中、井伊直弼はアメリカとの間で「日米修好通商条約」を締結し、日本の開国を進めたことで知られています。

一方で、幕府に反対する勢力を厳しく取り締まった

「安政の大獄」

を行ったことでも有名です。

⚠️ 最期は暗殺
強いリーダーシップで幕政を動かした直弼ですが、その強硬な姿勢は多くの反発も招きました。
そして万延元年(1860年)、江戸城桜田門外にて水戸浪士らに襲撃され、命を落とします。

これが有名な「桜田門外の変」です。


「江戸城 桜田門」
💡 ポイント!
江戸城の門の一つである「桜田門」のすぐ「外(門の前)」で起きた「変(政変・事件)」なので「桜田門外の変」といわれています。

非業の最後を遂げた井伊直弼は、日本の進路が大きく変わる幕末という時代において、重要な決断を下した人物の一人です。
評価が分かれる人物ではありますが、歴史を動かしたキーパーソンであることは間違いありません。

散策のあとは「猫スイーツ」で一息
参拝のあとは、近くの商店街へ。
招き猫の形をしたお菓子や、猫モチーフのカフェメニューが充実しています。
世田谷線の路面電車がゆっくり走る景色を眺めながら歩くのも、最高の癒やしタイムです。

🙏 参拝後記
癒やされたい人も、運気を爆上げしたい人も、ぜひ一度「猫の集会」に参加してみては?
ただし、あまりの可愛さに、気づいたら自分用の招き猫を連れて帰っているはずですよ(笑)

2026.01.12 14:06 | comment(0)
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関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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