亀戸天神社(かめいどてんじんしゃ)で御朱印をいただきました。

所在地:東京都江東区亀戸3丁目6-1
駐車場:あり(無料)
アクセス:JR総武線「亀戸駅」北口または「錦糸町駅」北口より徒歩約15分

都会の喧騒を離れ、スカイツリーを間近に仰ぐ下町の一角に、江戸時代から「花の天神様」と親しまれてきた場所があります。
今回は、学問の神様として名高く、四季折々の美しさで訪れる人を魅了する、ある歴史ある神社をご紹介します。

■亀戸天神社の歴史
寛文元年(1661年)菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官・菅原大鳥居信祐が元々あった天神の小祠に道真ゆかりの飛梅で彫った天神像を奉祀したのが始まりとされる。
寛文2年(1662年)四代将軍・徳川家綱は鎮守神として祀るよう現在の社地を寄進し、地形をはじめ社殿・楼門・回廊・心字池・太鼓橋などが太宰府天満宮に倣い造営された。
本殿の扁額は、御本社である筑紫国太宰府天満宮宮司であった西高辻信貞による揮毫。
古くは総本社に当たる太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」「本所宰府天満宮」と称されていたが、明治6年(1873年)に府社となり亀戸神社、昭和11年(1936年)に現在の亀戸天神社となった。


■学問の神様・菅原道真公を祀る場所
亀戸天神社は、福岡の 太宰府天満宮 を総本社とする天満宮のひとつ。
つまりここは、「学問・合格祈願」のご利益で有名な場所です。
受験シーズンになると、多くの学生や家族が訪れ、絵馬には切実な願いがずらり。
その光景を見ていると、自然と背筋が伸びるような気持ちになります。


■過去・現在・未来を渡る「三つの橋」
鳥居をくぐるとまず目に飛び込んでくるのが、心字池に架かる鮮やかな朱色の太鼓橋です。
手前から「過去」「現在」「未来」を表すとされる三つの橋。
これらを渡ることで、身も心も清められて本殿へと向かうことができます。
橋の上から眺める、池に映るスカイツリーのコントラストは、新旧の日本が融合した絶好のフォトスポットです。


ゆっくり一歩ずつ渡ることで、日常から少し離れていくような感覚に。


橋の上から見える心字池の景色も、思わず足を止めたくなる美しさです。


藤棚、藤の季節には絶景となります。
管理人が行ったのは季節外・・・(-_-;)

■春は藤の花、秋は菊 ― 四季の表情が魅力
亀戸天神社といえば、なんといっても「藤の名所」。
境内に広がる藤棚から、淡い紫の花がシャワーのように降り注ぐ光景は「東京一」と称されるほどの美しさです。
特に有名なのが毎年開催される
👉 亀戸天神社 藤まつり
紫色の藤が棚いっぱいに咲き誇り、水面に映る姿はまさに絶景。
夜のライトアップも幻想的で、昼とは違う雰囲気を楽しめます。

また秋には菊まつりも開催され、季節ごとに違う顔を見せてくれるのも魅力です。


■心を整える、静かな時間を
亀戸天神社は、単なる観光地ではなく「願い」と「静けさ」が共存する場所。

・何かに挑戦しているとき
・気持ちをリセットしたいとき
・ただゆっくり歩きたいとき

そんなタイミングで訪れると、きっと心に残る時間になります。


■知恵を授かる「神牛」と災いを嘘にする「うそ鳥」
本殿のそばに鎮座する「神牛(しんぎゅう)」。
自分の体の悪い部分と同じところを撫でると病気が治り、頭を撫でると知恵を授かると言われています。
また、毎年1月には、前年の災いを嘘(うそ)にして幸運に変えるという、愛らしい木彫りの「うそ鳥」を求める人々で境内が活気にあふれます。


■亀戸天神社のおみくじ
亀戸天神社のおみくじは、ちょっとユニーク。
なんと祭神である「菅原道真さん」をかたどった可愛らしいおみくじが用意されています。

おみくじの結果を読む時間もまた、心と向き合う大切なひととき。

・今の自分の状態はどうなのか
・これからどう動くべきか

そんなことを静かに考えさせてくれます。

御朱印は「過去の記録」、おみくじは「未来へのヒント」。

どちらもただの形式ではなく、自分自身と向き合うきっかけになります。
忙しい日常の中で、少し立ち止まり、願いを言葉にする時間。

それが、亀戸天神社で過ごす価値のひとつなのかもしれません。


直書きでいただいた御朱印。

■参拝のあとに残るもの
亀戸天神社を訪れて持ち帰るのは、御朱印帳やおみくじだけではありません。
静かな時間の記憶や、「よし、頑張ろう」と思える気持ち。
それこそが、この場所が多くの人に愛される理由なのだと感じます。
江戸時代から続く庶民の信仰と、現代のスカイツリーが交差するこの場所で、あなただけの「一期一会」の御朱印を授かってみませんか?
2023.07.31 14:18 | comment(0)

上野大仏の御朱印を頂きました。
参拝日:2023.07.14

「東叡山寛永寺上野大仏」
東京都台東区上野公園4-8

上野大仏が「落ちない大仏」と呼ばれる理由
上野公園の一角、寛永寺の境内にひっそりと佇む上野大仏。
一見すると少し不思議な姿をしていますが、その理由を知ると、この場所の見え方が変わってきます。

上野大仏はもともと、江戸時代初期に建立された大きな釈迦如来像でした。
しかし、その後の長い歴史の中で、関東大震災や戦災などの影響を受け、徐々に損壊していきます。

そして最終的に残ったのが、現在の「顔」の部分だけ。

この“落ちてもなお残った顔”という姿から、
いつしか「これ以上落ちない大仏」として知られるようになりました。


「パゴダ薬師堂」
大仏殿の跡地に建立された薬師堂、薬師三尊像がお祀りされています。


寛永8年(1631年) 越後村上藩主・堀直寄により「戦乱の犠牲者を弔い、世の中の平和を願うため」に建立されました。
元は高さ6メートルもある座像でしたが、度重なる罹災により何度も損壊、胴体部分も第二次大戦の際、勅令で制定された金属類回収令により供出されて、現在は顔だけのお姿となってしまいました。
「これ以上落ちない」という意味で「合格祈願」の大仏様として、たくさんの受験生が祈願に訪れています。

■戦没者供養としての側面
また、上野大仏は単なる観光スポットではなく、もともとは戦死者供養の意味合いも持って建立された仏像です。
上野という土地自体が、江戸時代から戦いや歴史の舞台となってきた場所。
そうした背景を思うと、この大仏はただ「落ちない」だけではなく、多くの人々の祈りや鎮魂を受け止めてきた存在でもあると感じます。


直書きで頂いた御朱印、奉納料は500円でした。
2023.07.30 16:24 | comment(0)

寛永寺清水観音堂(きよみずかんのんどう)で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.07.14

「清水観音堂手水舎」

「東叡山寛永寺清水観音堂」
東京都台東区上野公園1丁目29
駐車場なし

■京都に行かなくても「清水の舞台」が味わえる?
実はここ、京都の有名な「清水寺」をモデルに建てられたお堂なんです。
最大の見どころは、崖にせり出すように作られた「舞台(ぶたい)」。
本家・京都ほどではありませんが、ここから見下ろす上野の景色は開放感たっぷり!
都会の喧騒をふっと忘れさせてくれます。

■浮世絵そのまま!不思議な「月の松」
舞台からぜひ探してほしいのが、枝がぐるりと円を描いた不思議な形の「月の松」。
実はこれ、江戸時代の絵師・歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』に描かれた景色を、約150年ぶりに復元したものなんです。
円形に切り取られた景色の中に、不忍池の「辯天堂(べんてんどう)」がすっぽりと収まる様子は、まさに動く絵画。

■「子授け」と「人形供養」の優しいお寺
清水観音堂は、子授けや安産のご利益でも知られています。
また、大切にしていた人形を納める「人形供養」でも有名です。
毎年9月25日には法要が行われ、長年寄り添ったお人形たちに感謝を伝えてお別れをする、温かな光景が見られます。

■歴史
寛永8年(1631年)東叡山寛永寺の開山である天海大僧正(慈眼大師)により京都の清水寺に見立てて建立されました。
建立当初は上野公園内の擂鉢山に舞台造りで建てられていましたが、元禄7年(1694年)に根本中堂の建設工事に伴って現在の場所に移築されました。
創建当時の建築物である清水観音堂は国指定重要文化財になっています。


書置きで頂いた御朱印。
2023.07.27 17:15 | comment(0)
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プロフ

関東を中心に御朱印巡りをしている夫婦です。
実際に参拝した神社やお寺の御朱印、アクセス、混雑状況をリアルに紹介しています。

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